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シキ①


「課題は幾つかあるが、そうだな、稽古の時は捨て身技を禁止にしよう」


 この日、何度目かの敗北を喫した後、わたしはシビカ男爵からそういう枷を付けられてしまった。


「え、あの」


 正攻法で勝てる相手ではなかった。


 わたしより背が高く、筋力もあり、戦闘経験が豊富なうえに、シビカ男爵は剣の倍はあろうかという槍を使うのだ。


 届かない。


 技量はもとより、そもそもわたしの剣が当たらないのだ。


「ロサリグ」

「へい」


 シビカ男爵の呼びかけを受け、並んでいた家臣団の列から地味な男が前に出た。


 モヒカン顔面タトゥーのベギナラさんと比べてしまうと、あまりにも特徴がなかった。


 身長は、高くもなければ低くもない。

 藍色の髪を短髪よりも長くして、額には前髪もかかっていた。

 体格もそう。極端に痩せていなければ太ってもいない。

 そんな男が、執事用の黒い上下のスーツを着ていた。


 街を歩いていても気に止められなさそうだった。


「ちょっと相手をしてみろ」

「へい」


 口数少なく、ロサリグという男は木剣を手にし、わたしの前まで歩み出た。


 構えは、普通。


 切っ先をわたしに真っ直ぐ伸ばす中段構えだ。


 プレッシャーが全然違った。


 絶望的なリーチ差がない。それだけでこうも変わるのか。


 ロサリグとわたしでは、ほんの少しだけ、向こうのほうが背が高くはあったけれど、ほぼ誤差の範囲内だった。


 なるほど、勝てる相手が選ばれたわけか。


 それを実感させるために、シビカ男爵は捨て身技を禁止にしたのか。







「ヘッヘッヘ。なんだよ、もうヘバッてんのか」


 ロサリグが、肩で息をするわたしを見て面白そうに笑った。


 まるで通じない。


 わたしの剣は、ロサリグにことごとく()なされてしまっていた。


「くっ!」


 幻惑(フェイント)を混ぜた打ち込みもあっさりと芯を外され、離れ際に細かい寸止めの打撃を当てられた。


「ただ漫然と挑んでるからこうなる。だから勝てねえんだよ」


 さっきから、ちょくちょく悪口がとんでくるようになった。


 黙っていたら地味な見た目のロサリグは、口を開けばチンピラだった。


「勝とうとしてないくせに!」


 後から振り返ると、見事なまでにロサリグの煽りに反応してしまっていて恥ずかしくなったが、あの場では反論せずにいられなかった。


 ロサリグのスタイルは「守り」だった。


 受けて、往なし、(かわ)し、隙があれば打ち込む。

 それに徹していた。


「そりゃそうだろ。負けなければオレらの勝ちなんだ。どっちが損か得か、よ~く考えたら分かる話だ」


 強烈な、崇拝にも似た感情を、ロサリグはシビカ男爵に向けた。


 もう、同じ(・・)だと察しがついていた。

 だからこそ、ハッキリ見えるものがあった。


「負けました」


 わたしは木剣を地に刺すと、両手を挙げて敗北を認めた。


「まだやれそうだけど、いいんですか」


 シビカ男爵は念のためか、聞いてきてくれた。

 手も足も出ないブザマをさらしたわたしに。


「十分です」


 力量差を分からされた。


 恥ずかしい。


 何をわたしは思い上がって……。


 シビカ男爵が、わたしを勝たせてくれる相手を選んだ、なんて──。


「悪いなロサリグ、仕事たまってるだろうに」

「いえ。いい運動になりやした」


 息を乱すことなく、ロサリグは頭を下げた。


 年齢は、わたしより間違いなく上。おそらくは30前後。


「あの、ロサリグさん!」


「ん?」


「剣の師匠とかって、いらっしゃるんですか」

「ブフォ」


 わたしの質問に、彼は平静な顔のまま吹き出した。

 周りの家臣団もドッとウケていた。


「いるわけねぇだろコノヤロー! オレの剣は戦場で振りまわしてたら勝手に出来上がっちまったもんでしかねーよ」


「ヨッ! 時間稼ぎ流開祖!」

「うるせーブッとばすぞコノヤロー!」


 やはりそう。


 ロサリグの剣には、明確な意志が宿っていた。

 自分が粘ることは勝ちに繋がるのだという信念。(すなわ)ち、シビカ男爵を待つためのスタイルだ。


 そこに一切の揺らぎ(ブレ)はなかった。


 たとえ稽古の場であってさえも。


 ああ、自分は何の考えもなく、ただ無目的な稽古をしてしまっていたのか。


 家臣たちとバカ話をしているシビカ男爵を見た。


 視線が合った。


 やさしく微笑んでくれた。


 なるほど。


 これはロゼが骨抜きにされるわけだ。



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