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ネオ②


「どーもどーも、ドラナーク公。ゴキゲン(うるわ)しゅうございますぅ。儲かりまっか〜!」


 わしの前に月イチでやってくる卑しい商会の女狐(めぎつね)が、額に手刀を当てるような崩れた敬礼をだらしなく決めながら公爵家の執務室に入ってきた。


 何とも虫酸が走る、カネの欲に(まみ)れたつくり笑いだった。


 エマ・サヒージュ。


 大陸を駆けずりまわって手広く商売をするサヒージュ商会の長だ。


 片目が隠れるほどの黒い前髪を伸ばし、不健康なまでに痩せた身体をした、不自然なまでに若い女。


 色気のカケラもない、青色荒い木綿生地(ジーンズ)の肩紐付きズボン型ツナギ、いわゆるオーバーオールを着て、背中に大きなバックパックを背負っていた。


「毎度おおきに! 今月分の魔石の回収に参りました〜。ちな、こちらは先月分の収入(アガリ)でありんす〜」


 エマがずっしりと金貨の入った布袋をテーブルの前に置いた。


「うむ」


 馬鹿にならない額だった。


 あの無能とこの女狐は、王都スノーフィールで出会っていたらしい。その時からこの内職(・・)を無能に頼み込んでいたと、見張りに付けていた使用人がわしに(しら)せてくれた。


 発覚してからは、わしが間に入った。


 無償に近い端金(はしたがね)でやらせていたのを叱り、ガッポリとカネを取るようにした。


 エマはそれでも平気な顔をして釣り上げた金額をポンと支払った。

 バカにされているようで不快だった。


 石コロに魔力を補充するだけでこんなにカネを得られてしまう、そのカラクリが理解不能ではあった。しかしまあ、下々の生活の細々としたことなど、天上人であるわしら大貴族にとっては些末事に過ぎない。捨て置いた。


 何よりも月イチで大きな収入が確保された、その事実のほうが重要だった。


 大貴族は、生活するだけで激しくカネが出ていく。領民からの税収、わしの転移スクロールの売り上げ、それだけではずっと厳しい状況が続いていたのだ。


 タダ飯を食わせていた無能の娘ティアージュにも使いみちがあったかと、口の端が歪む気持ちになった。


 所詮は王太子にくれてやるのだ、それまではせいぜい石コロ相手の内職にでも励んでもらおうと、量をどんどん増やしてやった。


「え、おかわりしてもいいんでっか? そんじゃガンガン上乗せしまっせ!」


 エマは際限なく補充する魔石の量を増やした。


 最初は王都の要所だけだったのが、そうして王都全域へと拡大し、やがて主要都市、ついには王国の南端、国境の町トリルバスの分にまで及んだ。


 ドラナーク家は潤った。


 だから婚約破棄されたとて、ティアージュを修道院に行かせるつもりなどなかった。可能であれば座敷牢に閉じ込めて内職だけさせてもよかったのだ。まあ、さすがに王家の婚約者という縛りがなくなれば、メーギッドやテラスエンドが動き出すのは目に見えており、そうなる前にアリスの野獣男爵にくれてやったのは、我ながら迅速機敏な対応であったと自画自賛したい。


「ほな、今月いただいてく分の魔石をば〜」


 ニッコリ笑い、エマが両手を差し出してくる。

 妙に空気が生温い。


「ほれ」


 わしは用意していた布袋をエマの手のひらに放り投げた。

 さっさと帰れとばかりに。


「ん? ん、ん〜〜?」


 エマは小首を傾げ、まるで我慢できなくなったとばかり、歯茎を見せた。


「だいぶ軽くありまへんか」


 目だけが鋭かった。


 チッ!


 軽いのは当たり前だった。婚約破棄のゴタゴタで、本来なら無能にやらせる補充作業がまだ終わっていなかったのだ。


「ああ、すまんすまん。ちょっと忘れていた。少し待たれよ」




 こんな底辺がやるような内職を押しつけるのは、まったくもって忍びなかったが、背に腹は代えられなかった。


 無能ができることなのだ。ならばこれは、誰にでもできることに違いあるまい。


 そう、思っていた。


「できないだと?」


 無能の長女など遥かに凌駕する、わしの可愛いラトゥージュが、目の前に山と積まれた魔石を見て困惑の表情を浮かべていた。


「え……補充ってどういうことですの? こ、こんなのできるわけありませんわ!」


 …………は?


「あの無能にできたことだぞ? おまえならもっと早くやれるだろうが!」


 「無能」の二文字を出した途端、ラトゥージュは豹変した。


「こんな石コロを扱うなんて、底辺のすることですわ! 大貴族ドラナーク家の子女がやる仕事ではありません! そうでしょうお父様ッ!!」


 すさまじい剣幕で怒鳴り返された。


 むう。そう言われると、なるほどそのとおりに思えてきた。


 目先のカネに目が眩んだか、わしともあろう者が。


 二流三流の貴族なら、これまで得られた収入を失うことを惜しみ、みっともなく取り繕うような行動をした結果、大きなヘマをやらかすものだが、わしは違う。わしは大貴族なのだ。


「補充内職は打ち切りとしたい」


 キッパリと、三行半(みくだりはん)を突きつけた。


「やー、待っても状況は改善しまへんでしたなあ」


 その声には溜め息が混じっていた。


 ──ありえない。


 一瞬、商人風情がわしを憐れんだように見えたのだが……いや、いやいや、気のせいであろうな。


「なんだ、文句でもあるのか?」


 大貴族の威厳で(もっ)てエマを睨みつけてやると、卑しい女商人は怯えたように肩をビクつかせた。


「ヒェッ! 文句なんてありませんですとも〜」


 エマはわずかな補充魔石の入った布袋を急いでバックパックにしまい込み、一目散にわしの前から退散──しようとし、ドアの前で振り返った。


「それではどうも、長らくの御贔屓(ごひいき)、誠におおきにでありんした!」


 手を振って、わしの屋敷から走り去って行った。



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