05 勤勉と怠惰②
──魔力灯。
大きな都ではよく目にする、街の中で等間隔に立つ、細長い柱の高所部に設置された灯具のことだ。
仕組みは簡単なもので、低所部に内蔵された魔石から生活魔法の灯明を発現させる。夜警が柱の一本一本を夕暮れ時にまわってスイッチをオンにし、朝焼け時にオフにする手間はあるらしいが、地味に住人の安心感、治安の維持に寄与するとのこと。
俺も軍人時代に手持ちタイプの魔力灯を扱ったことがあるので、その利便性は理解しているつもりだ。
わずかな消費MPで闇を照らすことができるとはいえ、使っている間は手が塞がってしまう。戦場でその切り替えの遅延は致命的だ。それを解消してくれる魔導具には感謝しかなかった。
「つまり魔石を補充できるってこと、だよな」
一応、確認を取る。
「私は生活魔法くらいしか使えませんので、灯明が精一杯になってしまうのですが……」
いやいやいや。
「十分だな」「十分です」
またハモった。
それくらい、俺とロゼのテンションは上がっていた。
「ロゼ」
「はい」
俺の意図を察し、ぴゅーとロゼが応接室を出て行く。
「あの、男爵様……?」
「うちにはハビィが空にした魔石が結構あるんだわ」
うちの部隊の後期を支えたのは、僧侶の職能持ちであるハビィ・バッシャだった。
激戦の中で傷つき倒れた隊員たちを回復魔法で癒してまわってくれたのだ。
とはいえ、そこまで練度の高くない回復魔法では一回分の消費MPも大きく、魔力切れの危険性は常にあった。
そこで魔石。
大型の魔物を狩ると得られる魔石には、高純度の魔力が宿っている。俺はこれまで貯めていた魔石をハビィに与え、魔力の回復剤代わりにさせていたのだ。
その空魔石をティアージュの前に何個か置いてみた。
「かなりの大きさですね」
テーブル上の、人の握った拳大の魔石をティアージュは摘み上げ、感心したようにつぶやいた。
市場に流通している魔石は、これより一回りは小さい。この大きさともなれば、冒険者ギルド内で秘匿されてしまうか、一般の市場ではなく高値で売買される特定ルートに流れてしまうせいだ。
「できるか?」
「やってみますね」
ティアージュは魔石を両手で包むようにして、顔の前まで持ち上げると、静かに目を瞑った。
祈るように。
「“ライト”」
ぽう、と魔石が白く輝いた。
ん……?
違和感があった。
隣を見ると、ロゼも難しい顔をしていた。
「終わりました」
「え、もう?」
早すぎだろ。見たことはないが、確か魔石の補充って一時間単位の作業だと聞いたんだが。
「限定用途ですから」
ティアージュは恥ずかしそうに微笑んだ。
灯明に限った補充だから、自分程度でも早くできるのですよと、そんな含羞が透けて見える、力のない、どこか居心地の悪さすらあるつくり笑いだった。
「確認してくれ」
「はい」
ロゼが携行用の手持ち式魔力灯に魔石をセットしスイッチを入れると、応接室が白い光で一杯になった。
あまりのまばゆさに、たまらずスイッチがオフにされる。
検証は済んだ。
「…………」
「…………」
俺もロゼも、言葉なく視線をテーブル上の魔石に落としていた。
「いつも、どれくらい補充してたんだ」
試しに聞いてみた。
「公爵領の分はすぐに終わってしまいますので、主に王都や各都市の分を、その日ごとにやっておりました」
つまりキィーフの都の夜の灯を、ティアージュがたった一人で担っていたということか。
「なあ、生活魔法なら俺も使えるんだが、ちょっと見てくれないか」
「はい」
俺はティアージュの前に、上に向けた手のひらをかざした。
「“灯明”」
明かりが灯った。
黄色い光が。
「違い、分かるか」
「はい。色が」
「そう。普通はこれなんだ」
「…………」
ティアージュは唇をきゅっと結んだ。それはまるで、これから自分が否定されることへの準備行動──対ショック姿勢のように見えてしまい、俺は無性に腹立たしい気持ちになった。
ティアージュをそういうふうにした連中に。
俺は息を吸って、吐くと、彼女の目を見据えた。
「ティアージュ」
「え、あ、はい」
突然、俺から名前を呼ばれて面くらったような顔のティアージュが可愛かった。
「あなたはすごい人だ」
「────!」
「正直驚いた。こんなことができる人だったなんて」
「こんなのは」
「誰にもできない」
自虐の言葉は言わせない。
「あなたがいまやったことは、誰にもできないことなんだ。そもそも魔石の補充からして魔導師の領分で、それもそこに特化したスキル構成の魔導師だけができることなんだよ」
そう。いわゆるイメージ上の、多彩な攻撃魔法を駆使する魔導師では、魔石の補充すらおぼつかないのだ。
「それじゃ、どうして、お父様は……」
「何か言われたのか?」
「……『石コロの補充なんて、誰でもできる』って」
またドラナーク公か。なんて父親だよ。




