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05 勤勉と怠惰①


「仕事をいただけないでしょうか」


 ケッツを撃退した翌日、ティアージュがそんなことを言ってきた。


「いきなりだな。何でまた」


「私だけ、ここですることもないまま、日々を過ごしています。そのうえ、男爵様にご負担ばかりかけてしまって」


「それを承知で連れて来たんだがな」


 ドラナーク公の申し出を辞退し、ティアージュをキィーフに残したまま、あの夜とっとと退散していたら、果たして今頃どうなっていただろうか。


 そんな、仮定の話を考えることもある。


 ドラナーク公が王族以外にティアージュを嫁がせるとは思えなかったから、そうなった場合、彼女はどこか人目のつかない場所に幽閉され、一生を終えたかもしれない。


 あるいは難癖をつけられ、貴族たちに身柄をさらわれていたかもしれない。


 いずれにしろ、彼女にとって平穏とは縁遠い生活になっていたであろうことは間違いない。


 その一方で俺は、ティアージュ絡みの厄介事から逃れ、以前のように何も変わらず、縁談を断られてはその愚痴をロゼにこぼす日々を続けていただろう。


 まあ、仮定だ。


 現在そうなっていないからこそ、ふと考えてしまう、そんな他愛もない「もしも」だ。


 いま、俺は自分の屋敷に異国の美しい公女とその従者を(かくま)っている。俺が好きでやったことで、そこに後悔はない。ところが公女様は、いまの状況に申しわけなさを感じてしまっているみたいなのだ。


「俺が想像する貴族の御令嬢ってのは、アハハ、ウフフと笑いながら、テラスでお茶菓子とか頬張って、日がな一日を誰かの噂話で終えてしまう、そんな生き物なんだがな」


「否定はしませんが、それは誇張が入っておりますし、私にそういう、仲の良い貴族の友人などは……」


「あー、すまん。そういうつもりで言ったんじゃあない」


 幼くして親のゴリ押しで王太子との婚約を決められるも、血統魔法を発現できず「無能」と(あなど)られてきたティアージュにとって、おそらく友人と呼べるのは従者のシキだけだ。


 妬み嫉みが渦を巻く貴族の令嬢世界で、この子は一体どれだけ傷ついて来たのだろう。ましてや家に帰ったとて、そこに待つのはあの父と妹なのだ。


「…………」



 シビカ、食べ物はどうしたんだい。()ってきなって言いつけたよね。

 おーい、おめえのそのガタイは何のためにあんだァ。さっさとあの酔っ払いどもをブチのめしてカネを奪ってこいよや。

 兄ちゃんお腹すいたー。

 あの淫売、よそに男つくってやがんな。シビカ、父ちゃんな、少し経ったらあのババア追い出して新しい母ちゃん迎え入れようと思うんだ。だからさ、祝儀、頼むわ。軍人になったんだろぉ? きれいなカネ、もらえてるんだろぉ?

 兄ちゃんお腹すいたー。

 聞いとくれよシビカ! あの宿六(ヤドロク)に殴られたんだよォ〜〜! おまえは母さんの味方だよねぇ?



「男爵様?」

「ああ、すまない。何だっけ。仕事か」


「当然ですが人前に出る仕事はご遠慮ください」


 ロゼが先手を打った。


「ええと、その……簡単な文字の読み書きや算数を子供に教えたりとかなら」

「まさにそれですね。危険です。ご遠慮ください」

「はい……」


 ティアージュは食い下がったが、ロゼはバッサリ切って捨てた。


 将来的な需要はあるかもだが、いますることではなかった。


 農家も漁村も、まだまだ子供の人手を必要としている。そこへ領主の勝手な、自己満足的な方針で強引に子供を差し出させるのは、後々(のちのち)の禍根の種となろう。


「料理とかどうです。うちには料理長がいますが、手伝う分には文句も言わないでしょう」


 ロゼも簡単な料理ならできる。自身に照らし合わせ、悪くない提案だと思ったのだろう。


「いや、あの……それは……」


 しかし、当の本人は露骨なまでに及び腰だった。


「お嬢様に料理は無理です」


 シキが沈痛な面持ちで言葉を絞り出した。

 それがティアージュの態度の正体。

 実感のこもった、説得力に満ちた一言だった。


「そっか。そうかー、駄目かー」


 学問と料理に✕がついた。

 この流れ的に針仕事も難しそうな気がした。


 そうなると考えられるのは帳簿関係の仕事だが、それはうちだと家臣が取り仕切っており、安易に素人が奪っていいものではなかった。


 あれ? することなくないか?


 せっかく手を挙げてくれたのに、「やっぱ何もしなくていいわ」と厚意を無下(むげ)にするのは避けたかった。


「んー。どうしたもんかな。……そういや、公爵領では普段どうやって過ごしてたんだ?」


「王城へ行く用事がない日は、午前中にダンスレッスンや式典・儀礼作法のレッスンをして、午後からは魔力灯(まりょくとう)の補充作業をしておりました」


 ん……?


「え、なんですと?」


 聞き違えたかな。


「ですから、魔力灯の補充作業を──」


「それだ!」「それです!」


「はぁ……」


 俺とロゼの声がハモる、その理由が分からないのか、小首を傾げるティアージュがいた。



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