04 悪虐領主と囚われの姫君⑤
想像が足らなかったと反省するしかなかった。
生きてきた世界が違えば、これほど考えかたに開きができてしまうのだと。
ケッツの肥大した万能感から来る、次元を跳躍した思考は、到底俺の許容できる範囲を超えていた。
見通しが甘かった。
気晴らしに男爵領で遊んでもらい、ドラナーク公の頭が冷えた頃、どうにか上手い着地点をつくれたらいいやくらいの、楽観的な考えだった。
知らなかったのだ。
こんな連中が、ティアージュの周りにいるんだってことを。
心底から、ティアージュという一人の人間を、時空魔法継承のための牝馬としか見ていない。それをいま、ハッキリと分からされてしまった。
「血が」
ケッツは、鼻から垂れる赤い液体を手のひらで拭うと、べったりとこびり付いたそれを見て、まるで初めて目にしたものであるとばかりに震え出した。
「げ、下民の分際で、この、高貴なるボクに手を出すだとォ……?」
どういう心境なのか理解できないが、半笑いで俺を見ていた。
キシキシと、聴いたことのない音がした。
「キサマ、許さんぞ! 高貴なるボクへの不敬、後悔しながら苦しませてあの世へ送ってやる!」
キシキシ、キシキシと、音を立てて、ケッツの身体が宙に浮かび上がった。
「へえ」
感心した。同じことなら風魔法でもできる。しかしケッツは、周囲に強風を起こしておらず、その身に風の精霊の助けを受けてもいなかったのだ。
左の手のひらを下に向けて、軽く前に出していた。
「驚いたか下民! これぞ空間操作の成せる業よ!」
さっきからしていた音は、空間の軋む音ってわけか。
なるほど、こりゃケッツくんが評判になるわけだ。
既にその身体は酒場の天井近くまで浮き上がっていた。
「……で、そっからどうすんだ。俺はまだピンピンしてるけど?」
デモンストレーションには悪くない魔法だ。
これほど本人の時空魔法の才を分かりやすく示すことができるものはあるまい。もしかするとケッツはこれを披露するたび、周りのオトナたちから称賛を浴びてきたのかもしれない。
だがここはキィーフではなかった。
確かにその高さまで浮かび上がれば、いきなり殴られはしなくなるが、伝え聞いた限りだと時空魔法に分かりやすい攻撃手段はなかった筈で、浮かび上がってそこから何をしてくるのかは謎だった。
「減らず口を」
ケッツは右手を掲げた。
その手のひらの先に水の魔法陣が展開されていた。
「串刺しにしてくれるぞ! “氷槍”」
ああ、攻撃は普通の魔法を使うのか。
確か、水属性の中位魔法。
仮にケッツが冒険者であったなら、中位魔法を扱えるというその事実だけでパーティから引っ張りだこになるほどだし、俺も軍人時代、部下にそんな魔法使いがいたらおそらく大歓迎していただろう。それくらい有用だし、厄介なのだ。
ただし通常、発動までには時間がかかる。
ゆえに魔法使いは後方に控え、術を撃ち出すまで戦士職などにガードしてもらうのだ。
近距離で向かい合った状態で、いきなり中位魔法なんて、阻害してくれと言ってるようなものだった。
「射て」
俺の命令と同時に、ケッツの後方に隠れていたロゼが矢を放った。
「びゃっ!?」
それはケッツの右手首と両足首を正確に射抜いていた。
──三連射。
「的が浮いてると、当てやすくていいですね」
右手首だけで十分だったんだが、ロゼもケッツに怒りを溜めていたのかもしれないな。
俺に向かって射出されるべく、魔法陣の先でカタチづくられていた大きな氷の槍は、ケッツが射られた激痛で術を保てなくなり、魔法陣と共に霧散してしまった。
どちゃっ!
そして空間操作の魔法も維持できなくなったようで、ケッツの身体が床に落ちてきた。
「あー、痛ッ、痛い! 抜いて! これ抜いてェ〜〜〜〜!」
あまりの痛みからか、ケッツは身も世もないといった形相になっていた。歯を剥き出しにしていた。
右手首から血が噴き出していた、両足首に矢を受けて、立つこともままならなくなっているのか、床を這いつくばって俺に助けを求めてきた。
さっきまで、残酷な方法で殺してやると気分よく宣告していた相手に、命乞いをしてきた。
「助けて! ねえ、助けてよォーーーーッ!」
「こう言ってるけど、どうする?」
俺は酒場のカウンター奥で待機するようお願いしていた人物に声をかけた。
「……私に決めろとおっしゃるのですね」
シキを連れたティアージュが姿を見せた。




