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04 悪虐領主と囚われの姫君④


 メルサム・テラスエンド子爵に二人の息子あり。


 兄ポッツと弟ケッツ。


 共に優れた時空魔法の使い手であるのだという。


「悪くはないぞ。便所みたいに小さな町だがな!」


 ワハハハ、と気分良さげに笑う。


 いま、ケッツ・テラスエンドを名乗る男が俺の対面に座っていた。


 黒い前髪の耳から上を切り揃え、まるでお椀をかぶせたようにし、その下側はすべて刈り上げてしまう、いわゆる坊っちゃんカットをしていた。


 男児なら微笑ましいが、目の前の男は酒をガブ飲みできる年齢だった。


 平素から暴飲暴食が(つね)なのか、皮膚は弛み、顎肉は首を隠すほど垂れていた。


「たまたま事故の被害者になれたからと、温厚なドラナーク公を脅し、あの可憐なティアージュを強引に連れ去った、憎っくき卑劣漢の領地にしては、荒廃を極めていなかったのが意外であったがな!」


 ほう。


「いい町でしょう」


 小さい町であるのは事実だ。アクトラーナ領は南北と西を険しい山、東を海に囲まれ、孤立した土地だった。

 かつての統治者であるイブニクル侯爵も、半ば放置し持て余していたほどだ。


 山から降りてくる魔物の脅威にさらされるため、人口もわずかだった。


 そこを男爵領として切り取られ、与えられた。


 厄介な土地だと表面上は愚痴っていたものの、いざ誰かのモノにされれば面白くないのが人間だ。俺に対する悪意に満ちた風聞(ゴシップ)は、その大半がイブニクル侯爵とその派閥から流されたものであるとの調査結果が出ていた。


 軍人時代も似たような感じではあったので、俺は特に気にしなかった。

 昔はゴロツキ部隊で、いまは野獣男爵。

 立場は変われど、あることないこと言われるのには慣れていた。


 あー、でもロゼに妙な噂がまとわりつくのは何とかしなきゃだよなあ。この先、あの子に好きな男とかできてしまった時、毎晩俺の相手をしてたなんて噂が原因で駄目になったら、それこそ申しわけなさすぎる。


 脱線したな。


 話を戻すと我がアクトラーナ領には町は一つしかない。


 北にうちの屋敷が位置し、東に漁村、南に畑作農家の農場と集落、西に畜産農家の畜舎と集落があり、中央に市場を兼ねた町があるのだ。


 軍人時代の俺の部下の何人かは、戦場を退いた後は店を持ちたい、農業をしたいという希望のある者がいたので、いい機会だと積極的に支援した。


 だからこの酒場のマスターも、かつて俺と共に魔物の大軍を蹴散らした戦友だった。


「秩序があり、治安の保たれた町だ。だが許せん」


 鼻息荒く、ケッツくんはギリリと歯を軋らせた。


「おお、どこか、お気に召さないところでもありましたか?」


「未来の大貴族である、高貴なるボクへの敬意が足らんぞ! どいつもこいつも遠巻きにして、何も言わず見てきおってからに! 我がテラスエンド領ではな、この高貴なボクの姿を見たら、地面に頭をこすりつけて平伏するのが習わしなのだぞ!」


 地獄かよ。


「はあ、どうもとんだ御無礼をいたしたようで。なにぶん、異国の貴人様であるとは分かりませんから」


「フン! キサマは多少、高貴なボクの偉大さが分かるようだな。ではキサマに勅命(ちょくめい)をくれてやる。この高貴なるボクの前に、意地汚い野獣男爵が拉致ったティアージュを連れ戻してくるのだ!」


 ……?


 なんだろう、何を言ってるんだ、こいつは。


「はあ、その御令嬢さんを連れてきて、一体どうするんで?」


「その時点でこの酒場は高貴なるボクが接収する」


 ケッツくんはその後の想像を加速させたらしく、表情をだらしなく歪ませた。


「そうしてここで、ティアージュに高貴なるボクが種をつけてやるのだ! どうせ本国では兄や父上が割り込んでくるだろうが、さすがにココなら邪魔はできまいよ! じっくり味わうのだ! それがイチバンだ!」


 ゴン。


「あびゃッ!」


 気がつくと、俺はケッツくんの脳天に鉄槌──握った(こぶし)の小指側の面を振り下ろしていた。


「は、はえ……?」


 盛大に顔面をテーブルに打ちつけたケッツくんは、鼻血を吹き出しながらも未だ理解が追いついていないらしく、涙目で俺を仰ぎ見てきた。


「ごめん、つい」


 高貴なるケッツくんは、もしかするとこれまでの人生、誰からも手を出されたことがないのかもしれないなと、そんなことを思った。


 知らんけど。



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