01 小姓と隊長②
十年前。
貧民窟で死体の傍に座り込んで動かない、荒んだ目をした少女を目にした。
死体は父であり、何者かに殺されていたのだと、後になって教えてくれた。
「だまされるもんか。どっかいけ!」
引き取ろうと差し伸べた俺の手は、バチンと激しく跳ねのけられた。
「そうは言ってもなあ」
保護者を失った少女がこんな場所でどうなってしまうかは、火を見るより明らかだ。
俺も育ちは良くない。とはいえ貧民窟に比べたら、ぬるま湯にも等しい下流平民の出身だ。学もなく、持っていたのは無駄に育った健康で頑丈な肉体だけだった。
王国の軍隊に入り、そこで国土を荒らす魔物の群れと戦って勝利を重ね、出世した。
異動で赴任した地にこの貧民窟があり、視察がてら足を踏み入れた先で偶然、この少女と出会ってしまったのだ。
少女の身体は小さく、ひょいと脇に抱えることができた。
「なにをする!」
暴れた。ポカポカと手足で叩かれたが、肉のついてない骨と皮だけの身体ではマッサージにもならなかった。
お持ち帰りした。
「うわ。隊長、そういう趣味が」
「違えから。いいからしばらく立ち入り禁止な」
「了解であります」
部下に命じ、人払いした兵舎の共同浴室に少女を放り込んだ。
「やだ! やだあっ!」
盛大に泣かれた。
勘違いされてるなあと思いながら、身に着けていたボロ布を破り捨て、全裸にして隅々まで石鹸で洗ってやった。
最後は湯船に浸からせた。
「え……?」
「少なくとも俺は子供になんて欲情しないから安心しろ」
だがあのままあの場所にいたら、子供だろうと容赦なくレイプするような奴の餌食になっていたのは間違いない。
それはどうにも寝覚めが悪かった。
「隊長。子供用の服、調達できましたぜ」
「おう。脱衣所に置いといてくれ」
少女は目をパチクリさせて俺を見ていた。
「さっきまでは酷いニオイだったが、うん、シャボンのいい香りになったな」
「……おじさん、誰」
「おじさんはやめてくれ。シビカ・ネガロだ。君の名前は?」
少し間があった。
褐色の肌に赤い髪をしていた。
緑の瞳が俺の顔をジッと見上げていた。
「ロゼ」
「いい名前だ。それじゃロゼ、改めて君の進路を提案させてくれ」