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ロゼ①


 市場(いちば)まで買い物に出掛けた妹が、そこで貴族の少女に出会ったと、夢でも見てるような面持ちで報告してきた。


 ふわふわの金髪を揺らした、お人形みたいな女の子で、汚れ一つすらない上等な服を着て、お忍びで旅行に来ているのだと教えてくれたのだという。


 残酷だ、と思った。

 仲が良くなればなるほど、妹は自分では届かない世界を見せつけられることになってしまう。


 それでも私は、明日も会いに行っていいかなと聞いてきた妹に、ノーを突きつけられなかった。


 父は優しかったが、生活は苦しかった。


 広いアリス王国でもここより下などない、そんなふうに呼ばれる町の、路地裏の奥にあるボロ小屋で、父と私、妹の三人は暮らしていた。


 母は父と私たちを捨て、新しい男とどこかへ行ってしまった。


 かつての父は名の知られたギャングで、仲間と共に王都ランスを中心に荒稼ぎしていたらしい。

 母ともその時に出会い、トントン拍子に私たちが生まれたのだと聞かされた。


 つまり、父は悪党だった。


 上手くいってるうちが華。


 強盗行為をエスカレートさせた父のグループは、やがてアリスの軍警察に目をつけられ、ある日、一網打尽にされた。


 父は運良く逃げおおせることに成功したが、その際に攻撃魔法を左脚にくらってしまった。


 以来、杖を手放せなくなった。


 普通の町では潜伏できず、ワケアリの吹きだまりである貧民窟に落ちることを余儀なくされた。


 母が男をつくって逃げたのは丁度その頃だ。


 先の見えない生活に耐えられなくなったのだろうなと、父は寂しく笑った。


 物心ついた時にはもう、父はこうなっていた。

 ギャング時代の父は、気にくわないことがあれば手下は勿論、母にもすぐ手が出るような乱暴者だったらしい。


「脚を駄目にしてからだな。すっかり気が弱くなってしまってな」


 私は父が好きだった。昔は知らない。私の前では優しかったのだ。


「あの子に……ティアージュ様に誘われたの。うちに来ないかって」


 私は妹の背中を押した。父も了承してくれた。


 貴族の子の従者なら、いまよりはマシな暮らしができるだろう。良かった。


 幸せになってほしい。そう願った。


 私は父と一緒ならそれでいいのだ。

 たとえドン底の町でも、暮らしでも。



「ざまあみろ!」



 父を刺した男はそう言って、笑いながら去って行った。

 縋りついた私の顔に手をやった父は、「報いだな。すまない」と言って、事切れた。


 ギャング時代の被害者が、復讐を果たすため父を探しまわっていたのか、それとも手下が自分たちを捨てて逃げた父を恨んでいたのか、いまとなっては分からない。


 当時の自分は父の亡骸を前にして、何もできずに茫然と座り込んでいた。


 あっけない。そう思った。


 最悪な環境の町で、それでも生きてきたじゃないか。

 不自由な脚を引きずって、それでも何とか暮らしてきたじゃないか。


 刺されただけで終わるのか。

 なんだその理不尽は。


 ぐるぐると、わけの分からない考えが頭の中で渦を巻いていた。



「おい、大丈夫か」


 太い声が、上から降ってきた。


 見上げると、大きな男がいた。


 でっか。


 そう思った。


 こんなにでかい男、見たことがなかった。


「この倒れてる人は、おまえの知り合いか。あー、結構時間が経ってるな。んー、感染症とかこえーからさ、一旦、ちょっと一旦離れようか」


 ごちゃごちゃと何か言っていた。

 けど多分、私を父と引き離すつもりなのだ。


 差し出された大きな手を、私は払い除けた。


「だまされるもんか。どっかいけ!」


 男は「お」と払われた手を見て驚いて、困ったようにしていたが、やがてウンと頷くと、私を小脇に抱え、強引に私をこの場から剥ぎ取ってしまった。


 ──人さらいだ、間違いない!


 私は手足をバタつかせ、力の限り抵抗してみせたが、男はどこ吹く風と涼しい顔のままで、結局むなしいほどの非力を思い知らされるばかりだった。



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