03 虚報と流言⑥
初日の宴は楽しく開催できた。
なにぶん我がアクトラーナ男爵領は田舎であり、王都ランスのような娯楽施設は望むべくもない。
だが、メシに関しては誇るべき領地だった。
熱意のある畑作、畜産農家がいて、海の幸に恵まれた漁場があった。
彼らにとっての悩みのタネであった魔物災害は、俺と家臣団が未然に防ぐことに成功し、副産物として獣型魔物の肉をゲットし、分配するカタチを取った。
調理にひと手間こそかかるものの、その肉は栄養価も高く、何より旨味の暴力とでも喩えたくなるほどガツンと来る美味しさだった。
「これは……噛むと舌の上でとろけるような」
口元を手で隠し、目を丸くして驚くティアージュを見て、俺はうんうんと頷いた。
そうなるでしょう、美味しいでしょうと。
「あの、ティアージュ様と同じものをいただいてしまって、いいのでしょうか」
遠慮しがちなシキのテーブルの前に、俺はおかわりのステーキを気にせず置く。
「うぇっ!?」
「まあまあ。ここはキィーフじゃないんだし、アリス流ってことで」
テキトーなことを言った。アリス流の歓迎など聞いたこともない。でもまあ、これでいい。多分この子はアリス出身、それもロゼと同じ地域だ。
褐色の肌、赤い髪、宝石のような緑の瞳がそれを物語っている。もっとも、容姿にかぎって言うならロゼが髪を長く伸ばしているのと真逆で、シキはざんぎりと短くしており、スレンダーなロゼと対照的にシキは肉付きの良い身体をしていた。
どうしてシキがキィーフでティアージュの従者をしていたのか、その経緯はさておき、おそらく故郷の国に帰ってきたのだ。そのお祝いってことでいいじゃないか。
「そう、ここはアリス王国なのですよね。シキ、せっかくです、もう少し肩の力を抜いてみてもいいのかもしれませんね。私もそう努めてみます」
「ティアージュ様……」
肩の力を抜くのに努力かあ。
その言葉だけで、どうにも彼女たちのこれまでの苦労が窺えてしまう。
遊んでもらおう、そう思った。
滞在二日目はゆっくり休んでもらい、三日目に二人を海に連れて行った。
磯遊びや釣りを教えた。
何もかも初めての体験だったらしく、ティアージュもシキも、子供のような顔をして楽しんでくれた。
明日はどんなイベントを用意しようか、電池が切れたみたいに客箱の座席で互いに寄りかかって眠る二人を見ながら、そんなことを考えていた。
「シビカ様」
「うん」
ロゼの警鐘と時を同じくして、馬車の速度が緩やかになり、止まった。
車窓から、もう屋敷の中なのが分かるが、いつもならまだもう少し走るところだった。
外に出てみると、馬車の進路を塞ぐように、細長い顔をした、片眼鏡の老人が立っていた。
「貴殿がアクトラーナ男爵か」
一目で執事と分かるタキシードを着ていた。
背は長身の部類に入るが、肉がまったく載っておらず、骨ばったシルエットばかりが強調されていた。
前額部が禿げ上がっており、その分を補うかのように両側と後頭部の白髪が肩まで伸びていた。
老執事の背後には、護衛任務の依頼でも受けたのか、四人の冒険者が控えていた。
見た目だけで判断するなら、大剣装備の一撃型戦士、大盾装備の守護型戦士、魔法使い、僧侶といったところか。なるほど悪くないバランスのパーティに思えるな。
「ええ、まあ。で、そちら様は?」
「わたしはホルダ・マレード。キィーフ王国の貴族、サクリ・メーギッド伯爵の執事をしております」
聞きおぼえのある名前だった。
確か、ドラナーク公がライバル視している貴族、だったか。
「今日は抗議に参りました」
──ん?
「抗議を受ける謂れはないのですが」
「それよりティアージュ嬢はどちらに。屋敷にはいらっしゃらないようでしたが。いま、話せますかな?」
「あー。無理させちまったせいで、客箱の中でぐったりしてるんだわ。しばらく起きないと思う」
「な……!?」
ホルダと名乗った老執事は、しばし絶句した後、歯を軋らせて俺を睨みつけた。
「噂どおりか! 野外に連れ出して凌辱三昧とは、さすが悪名高き野獣男爵よな!!」