03 虚報と流言⑤
まだ茫然としているティアージュとシキを尻目に、俺たちは農家と漁村に配る用、それから屋敷の調理場で今夜使う分と保存用の分の肉を確保して、意気も揚々に屋敷へ戻る途中だった。
出発前、領主が自ら魔物狩りに出るのですかと、ティアージュに呼び止められた。
すぐにロゼから「ここではシビカ様が一番強いので」と、これが最適解なのですよという助け舟が出されたものの、やや納得しかねている様子のティアージュに、じゃあ実際に見てもらえば分かりますからとロゼが提案し、護衛のシキを連れて狩りに同行する流れとなった。
二台の馬車に分乗して山の麓までの道を往復した。御者がそれぞれ一人ずつで、俺たち四人と家臣たち八人の計一四人の大所帯だ。俺たちの乗る客箱引きの高級馬車は男爵領には一台しかなく、もう一台の荷台部分が幌馬車型に、むさ苦しい八人のオッサン連中を詰め込んでいた。すまん。
「己の見識の甘さを恥じ入るばかりです。……その、噂は耳にしておりましたが、まさかあれほどまでとは」
ティアージュは素直に頭を下げた。
「やー、ほら、百聞は一見にしかず、みたいな? シビカ様のことをきちんと知ってもらえるのは私としても嬉しいので、謝る必要なんてないですよ」
逆にロゼのほうが申しわけなさそうになっていた。
ロゼは当たりがキツくなることもあるので、少し心配していたが、これなら大丈夫かな。
「ティアージュ様、お気になさらず。アリスの血統魔法はゴーレムの操役。普通、アリス貴族が自ら戦う姿なんて想像しづらいものです」
すかさずシキが主人であるティアージュのフォローにまわる。しかしその表情は硬く、身体は震えていた。
「シキ? どうしました。体調が優れないのですか?」
「いえ。そうではありません。ただ──」
「ただ?」
「それにしたって普通じゃなさすぎます。男爵様は何者なの?」
シキはロゼに問いかけた。
あの、そのすぐ横に俺がいるんだが。
まあ、本人に直接聞くのは憚られたのかもしれない。うん。そうであってほしい。
「シビカ様はアリス王国の長い歴史の中で唯一、武功によって貴族となられたかたです。口さがない、嫉妬に駆られた者たちが酷い呼び名をつけてシビカ様の名誉を貶めんとしていますが、どうか惑わされず、この滞在期間に人となりを知っていただければ」
質問の答えになってねえな。
けれどシキはそこを指摘することはなかった。黙って聞き入れた。
ロゼの言葉は自分と、そしてティアージュに向けられたものであると理解したからだ。
──野獣男爵。
平民出身のゴロツキ部隊を率いる、ただの軍人にすぎなかった。
たまたま勝ちを重ね、アリスの有力貴族であるトライハント伯の目に止まった。めぐり合わせの運と、強さだけで貴族に取り立てられたのだ。
自分を妬んだ者らが貼りつけたレッテルは、シンプルながら求心力を持っていた。
あることないこと、噂になった。
特に美しく成長したロゼなどは関心の的になり、それこそ毎晩ベッドで俺の相手をさせられているだの、とんでもない風評被害に遭っていた。
んなわきゃねえ。
俺はロゼを尊重しているつもりだ。
彼女にもいつか好いた男性と結ばれて、幸せな家庭を築いてもらいたい。こちとら祝福するつもり満々なのだ。それに第一、養子として育ててきた娘に手を出すわけがないっつーの。