03 虚報と流言④
「ミカド陛下は厳しい実力主義を敷かれています。キィーフでは陞爵も降爵もすべて陛下の一声で決められ、異を唱えることは許されません。お父様にはライバルが多く、特に二人のご子息に時空魔法の発現が認められたテラスエンド子爵や、王国でも屈指の使い手と認められたメーギッド伯爵などが、虎視眈々とドラナーク家の追い落としを画策していると、常々おっしゃっておりました」
優秀な時空魔法使いであるか、もしくは平凡な才能であれ、素養のある人数を揃えているか。
キィーフ貴族の間で重視されるのはそこなのだとティアージュは言った。
そしてあの場に乱入してきた生意気な妹──ラトゥージュは時空魔法をわずかながらでも使えるらしく、ドラナーク公は以降、姉妹の扱いに差をつけたという。
自由時間。
食事の量。
人前に出る時だけ、ティアージュは着飾ることを許された。
くつろげる筈の我が家が針の筵。
まだ未成熟な十代の少女にとって、それはどれほどつらいことだろう。
「私に血統魔法が発現しなかったせいなので仕方ありません。お父様をどれだけ落胆させてしまったか」
けれどその境遇を話す際にも、ティアージュは自分を責めるだけで、父や妹への不満を口にすることはなかった。
単に俺への警戒を解いてないだけかもしれない。不用意な言質を取られまいとしているだけかもしれない。
それでもティアージュの在りかたは眩しく、好ましく感じられた。
「ロゼ、夜メシは豪華なものにしよう」
「はい。農家や漁村に話を通し、帰るまでには準備してもらえないか、ベギナラさんにお願いしてみます」
今日の朝食はパンと簡単な卵料理、それからスープだった。
当然、ティアージュとシキにも同じものが出たことになる。やむを得ないとはいえ、公爵令嬢様のお口には合っただろうか。
「あの、アクトラーナ男爵様……?」
突然あわただしく動き出したロゼを見て、何が起こったのかとティアージュは困惑していた。
無理もない。いまのはロゼが有能すぎた。
「いつまでの滞在になるか分かりませんが、せっかく
男爵領にお越しいただきましたし、初日くらいは奮発して、いいものをお召し上がりになってもらえればな、と」
とはいえうちは、ぽっと出の貴族の小さな領地だ。
アリス王国東端の、かつてトモロッタ・イブニクル侯爵が治めていた領地の「一部」だったところ。
険しい山を越えなくてはならないため、通常の行路ではアクセスが悪く、また魔物の発生率の高さなどから討伐費ばかりかかるため、王国に返還できないかと会合の席でトライハント伯に相談していたらしい。
押しつけられた。
男爵おめでとう! 君の領地だ! と。
まあ住めば都とはよく言ったもので、そこは小さいながら山や海にも面した面白い土地で、住まう人々は皆たくましかった。
「お代官さまの税の取り立てまわりじゃなく、お貴族さまが自らここに住まわれるんですか」
はあ、という顔をされたのをおぼえている。
最初はあまりよく思われていなかった。
むしろ厄介者が来たと、そんなムードだった。
何しろ俺はこんな、貴族とは言いがたい風貌で、家臣にしても軍人時代の俺の部下をほぼそのまま雇用するカタチにしたおかげで、傍目には野盗の一団と何ら変わらなかったのだ。
「隊長、手頃な平地がありやすぜ! あそこに隊長の屋敷、建てちまいやしょう!」
「もう隊長じゃないぞ」
「へへ、クセになっちまってんで!」
特に俺と同じ、育ちのよくない平民出のベギナラは第一印象が悪すぎた。
赤髪のモヒカン頭で、顔にまで刺青が入っていた。当時は肩当て付きのレザージャケットまで着ており、その姿は完全にワルモノの手先だった。
一応、いまは落ち着いている。ジャケットも脱いで、家令っぽくタキシードなんかを好むようになった。
モヒカンのトサカも、全盛期の半分だしな。