03 虚報と流言②
キィーフ王家が一括管理する転移スクロールは、この世界の交通・交易の仕組みを大きく変えた。
基本は徒歩であり、馬車であり、船なのは依然として変わらない。
だがそこに、時空魔法の奇蹟が革命を起こした。
術者が「地点」を登録したスクロールを使用することで、そこへ転移できるようになったのだ。
その距離が一キロ先でも百キロ先でも変わらなかった。瞬時の移動を可能としてしまった。
勿論無料ではなく、非常に高価だ。
ほとんどの人はこれまでどおりの交通手段のまま。
だからこそ価値が生まれた。
カネ持ちの商人や他国の貴族こそ、転移スクロールを買い求めた。大きな災害や魔物に襲われるなどの生命の危機に瀕したとて、転移スクロールさえあれば生還が可能になる。なってしまうのだ。
四祖──。
かつてこの世界の人族は、魔族による度重なる虐殺の結果、後がない崖っぷちに追いやられていたという。ハッキリ絶滅間近であったと記されている文献もあった。
そもそも種族としての性能差が、人族と魔族ではかけ離れすぎていた。勝っているのはせいぜい繁殖力くらいだった。
いよいよ終わりが見えた頃に、彼らが降臨した。
四人の魔法使い。
それまで誰も見たことのない強大な魔法によって、魔族は駆逐されていった。
たった四人が世界を救ったのだ。
やがて彼らはそれぞれ国を興した。
南の諸侯を制圧した武闘派が帝国の初代皇帝を名乗り、西の穏健派は連邦の大統領となる一方、俺の生まれた東のアリス王国の祖は、請われて王の座についたという。そして四人の筆頭格であったキィーフ王国の祖は、絶滅させるまでに至らなかった魔族を封じた北の地を受け持った。
我がアリス王国の大王、テイダー・パスチャレスカは開祖の血を色濃く受け継いでおり、天を貫くほどの巨大な、王族専用のハニワ型ゴーレムを操役できた。
アーバージュロウ千代連邦の大統領トニロ・クロスや、カクテル帝国の女帝ラーラティワス・キャントゥ・スラエクトもまた、国のトップに相応しい血統魔法を行使できるという。
四祖の国の歴史は三百年以上に及ぶ。
キィーフ王国だけが、特別だった。
現国王、ミカド・ケンヨウインは初代なのだ。
即ち、人族を救い、魔族を北に追いやった四人の英雄の一人。そのもの。
魔族とは違い、人族の寿命は長くても八〇年だ。魔物の跋扈するこの世界での平均寿命は、良くて六〇年程度あろう。
お目にかかったことはないが、ミカドは四〇歳の外見だという。その正体は「肉体の時間を止めた」怪物。時空魔法を応用することで、キィーフ王は死の運命から逃れた。たった一人の不老の王が永遠に支配する国、それがキィーフなのだった。
新陳代謝のない国の歪みがドラナーク公のような血に固執する貴族を生み出したのか、それともほかの血統魔法に比べて価値のありすぎる時空魔法がそうさせたのだろうか。何しろ他国の事情は良く分からない。……なんて言いつつ、俺はアリスの貴族事情にも詳しくなかった。何せ平民からの成り上がり貴族なので、血統魔法のシガラミなんかとも無縁だったのだ。
それに、困ったらロゼに聞けばいいしな。