03 虚報と流言①
「心の負荷が一定値に達すると、お嬢様は糸の切れた操り人形のように崩れ落ちてしまうのです」
帰りの馬車の客箱の中だった。
行きは二人。
帰りは四人。
俺とロゼ、そしてティアージュとシキだ。
シキは毛布に包まれたティアージュの頭を、自分の膝の上に乗せていた。馬車の揺れから守ろうとしているのかもしれない。
まるで眠り姫だな、と柄にもないことを思った。
奇蹟のような黄金の髪に、白い肌。
長い睫毛、すっきりとした鼻梁、それ単体では妖しさすらある紅い唇が、さながら優れた造形師の繊細な、しかし情熱ある仕事の成果として、人の顔というありふれた記号の中に美を誕生させていた。
なるほどドラナーク公の言ってたとおり、ティアージュにその気さえあれば、婚約破棄にはなっていなかったかもしれない。
既成事実があれば。
むしろカルアン殿下とやらが、よく自分から押し倒さずにいられたなあと、そんな不思議な気持ちにすらなってしまう。
こちらから求めるなど王族の誇りが許さん! とか、そんなんがあったりしたのだろうか? だったら本当に勿体ないことだ。
俺が同じ立場だったら…………。
ともあれ、最低限の衣類と手荷物、そしてシキだけが許された。
「残ってもつらいだけでしょうから、特別についていくことを許してあげるわ。あ〜、アタクシってば何て慈悲深いのかしら」
ティアージュの妹、ラトゥージュ・ドラナークはそう言ってシキに重い荷物を運ばせようとしたが、それは俺が代行し、シキにはロゼと一緒にティアージュを扱ってもらうことにした。
彼女は目を覚まさなかった。
いまも客箱の座席の一方に横たえられていた。
「貴族交流会の後はすぐに意識を取り戻したのですが」と心配するシキが端に座り、彼女のケアを担ってくれている。
一方、俺とロゼは対面側の座席に並んで座っていた。
無駄にデカい俺の図体のせいで、ロゼは隅に押しやられる格好になってしまって、そのせいだろう、先ほどから不機嫌さを募らせていた。
「シビカ様、窮屈で苦しいのですが」
「すまん。これでも縮こまろうとはしてるんだが」
一刻も早くティアージュを連れて帰るべきと主張したのはロゼだった。
とっとと失せろだぁ? そうは行くかよこの野郎! ──やる気満々になっていた俺の顔を、強引にグイとティアージュを抱き留めるシキに向けさせたのだ。
(怒って暴れるだけならゴリトロールでもできます。シビカ様は人です。ですよね?)
(……ああ)
(ならば避難を優先させましょう。彼女たちをこんな場所から安全な男爵領に連れていってあげましょうよ)
胸糞の悪さに暴れたかったのは俺なんかより断然ロゼだ。そのロゼにこう言われてしまっては、振り上げようとした拳を収めるしかないわけで。
いやはや、俺の小姓なんかにゃ勿体ない、できた娘だった。