新たな仲間
朝。
「スイちゃん……?」
微睡みの中でスイの姿を探します。しかし、枕元にその姿が見当たらないことに気付き、慌てて飛び起きます。
「スイちゃん! どこ!?」
……そうでした。スイは今、野菜に水やりに行っているのでした。
いつものようにカーテンを開け、顔を洗い、髪に櫛を通します。けれど、鏡に映るわたくしの顔は、いつになくしょんぼりとしていました。まるで、信用取引で有り金をすべて溶かした商人のような顔です。
……スイの声が聞こえないのは想像以上に寂しいのです。
「……スイちゃん、迷子になっていないでしょうか」
スイボは長命ですが、繊細で儚い生き物です。
もし標識幻素水晶がどこかに流れてしまっていたら……。道の途中で力尽きてしまっていたら……。
良からぬことばかりが頭を巡ります。不安で不安で仕方ありません。
「ぽふぃ!」
その時、ドヤ顔を浮かべたスイが私の前にくるりと現れました。
「スイちゃん!」
「ぽふぽふ!」
自慢げに何かを話すスイ。胸をなで下ろし、思わず頬ずりします。
「ありがとう、スイちゃん。迷子になりませんでしたか? 心配しましたよ?」
「……ぽふぃ?」
「スイちゃんと離れることが、想像以上に寂しかったのです」
こんなに不安になるなら、やはり畑の灌水をスイに任せるのは難しいかも知れません。スローライフ推進とはいえ、人の感情とはままならぬものです。
「ぽふぅ……。ぽふぃ!」
スイは何かを思いついた様子です。
「もう一匹テイムすることは、わたくしにはできないのです」
「ぽふぃぽふぃ」
スイは身体を横に振ります。違うということのようです。
「何か良いアイデアがあるのですか?」
「ぽふぃ!」
机に置かれた幻素水晶に口腕を伸ばし、身体を傾けます。
「はい、食べていいですよ」
スイが覆い被さると、拳ほどある大きな幻素水晶が一気に分解され、光の粉となってスイの身体に取り込まれていきます。
スイの身体が眩く光り、そして一回り大きくなりました。
「ぽふぅ!」
「成長したのですか?」
「ぽふ!」
そして、幻空間からもう一匹の小さなスイボを引きずり出しました。
「はぴぃ?」
小さなスイボは、目をぱちくりとさせます。スイと同じ形ですが、小柄で、傘の縁に赤茶色の水玉模様がありました。
「ぽふぃ!」
スイが新たなスイボに口腕を乗せると、二匹がふわりと光ります。まるでテイムするかのように、スイと新米スイボの額に光の刻印が現れ、やがて消えました。しかし、それは不思議な正方形のモザイク柄で、王家の紋章ではありません。
「スイがテイムしたのですか?」
「ぽふぃ~♪」
「まさか……ステータスオープン」
ステータスウィンドウが開きます。わたくしのステータスには、テイム欄にスイの名前だけがありました。この新米スイボはわたくしがテイムしたわけではないようです。体力値も減少していません。
一方、スイのステータスを開くと、クラス欄が「ボット」から「ハブ」に更新されており、テイム欄に無名のスイボがありました。
「スイちゃん、すごいですね。幻生生物が幻生生物をテイムするなんて前代未聞です」
「ぽふぃ~!」
スイは自慢げです。
そもそも幻生生物にクラス欄があるのも珍しいのですが、「ボット」と「ハブ」の違いもよく分かりません。スイボは有用性が低い幻生生物とみなされており、あまり研究が進んでいないのです。ただ、様子を見るに、成長することで、選べる職が増えるのでしょう。そして、職によっては部下を持つことができる。まるで人間の社会のようですね。
ならばスイの部下には礼儀を尽くすべきでしょう。
「お初にお目にかかります。スイをテイムしているスタッカです。以後お見知りおきを」
「……はぴぃ?」
新米スイボは、人の言葉を解せないようでした。スイほどは表情豊かでもなく、自発的に動き回るわけでもありません。ぽやんと宙を見つめて漂うのが、普通のスイボなのです。
わたくしが直接テイムしたわけではないので、わたくしが正式名を命名することはできませんが、スイと区別するため当面は二号君と呼ぶことにしましょう。
その時、お兄様がノックもせずに部屋に入ってきました。
「スタッカ、朝食に来ないから心配したぞ。一体何を――」
「お兄様!?」
お兄様の視線が私の手元に向けられます。二匹に増えたスイボを見て、お兄様の顔はみるみる青ざめていきました。
「増え……増えて……きょぇえええええ」
そして、お兄様は半錯乱状態で走り去って行ったのでした。