モブ王女ですが、外れスキル〝C#〟とDIYと作業配信で全国民まったりスローライフを目指します!
「皆様、こんにちわ。わたくし王女のスタッカ・ロック=イントアレイと申します。以後お見知りおき――」
エイヤがわたくしを尻で押し退けます。
「はぁ~い、元平民のエイヤだよ」
「いきなり何するんですか!」
「堅いんですよ! 殿下は」
「堅くありませんよ」
「さぁて、私は今、スタッカ殿下の領地、この『御前菜園』でスタッカ殿下と一緒に、野菜を育てていまぁす。この配信をご覧の皆さんと一緒に学び、試行錯誤しながら野菜を育て、全国民スローライフを目指していきたいと思います!」
そこへ、スイとアピィが飛び込みます。
「ぽふぃ♪」
「はぁぴ!」
「おっと! スタッカ殿下、この可愛い子達は?」
「わたくし達の挑戦を支えてくれる仲間達です。まずは、こちらがわたくしがテイムしているスイボのスイちゃん」
「ぽっふぃ♪」
「そして――」
王都前広場にはピケのステータスウィンドウを特大サイズで開いておき、誰でも見られるようにしています。
スイ達を紹介し終える頃には、人だかりができはじめたようです。その様子は城壁の上の番兵から手旗信号で伝えられます。
「――では仲間達の紹介が終わったところで、この配信の今後の日程について。スタッカ殿下はお忙しい身ですので、今日のような配信は週に一度、水曜日だけの予定です。その他の日は、畑の状況を垂れ流す無人配信となる予定です。ぜひ一緒に野菜の成長を見守ってくださいね!」
「よろしくお願いします」
「ところで、殿下。野菜を育てるには水やりが欠かせないって聞いたんですが、殿下は週一回しか畑の世話ができないんですよね。水やりはどうしてるんですか」
「わたくしの代わりにアピィちゃんが水やりを担当しています。ね、アピィちゃん」
「はぁぴ♪」
「こんなに小さいスイボちゃんが水を運べるんですか?」
「いいえ。残念ながら、スイボはそこまで強い物理干渉を行うことはできません。けれど、制御用のレバーを押すことはできます。『お手』で」
「『お手』」
「はい。実演してみましょう。スキル〝C#〟アピィちゃんお手」
「はぁぴ!」
アピィは口腕を伸ばして、わたくしの指にピトっと触れました。
「可愛い~」
「はぁぴ♪」
アピィはにっこりと微笑みます。
多くの民にとって、これが初めて見るスキル発動の場面となりました。
伝え聞くお貴族様のスキルは派手なものばかり。しかし、見るからに使い物になりそうにない『お手』が、畑の灌水に役に立つ様を多くの人々が目の当たりにしたのです。この日を境に人々のスキルに対するイメージが大きく塗り替えられていったのでした。
そして、その後のお話を少しだけいたしましょう。
わたくしたちの通称『ボンサイ配信』は、意外にも『元平民の公爵令嬢が、公爵令嬢らしからぬ言動で王女を困らせながら野菜を育てる』というスタイルがウケたのか、回を重ねるごとに上映場所が増えて行きました。今や王都前広場だけでなく、各地の公園、市場、飲食店などにまでピケのステータスウィンドウが設置され、国民達の娯楽の一つとなっています。
時には、宝石をジャラジャラさせたエイヤの両親がお騒がせ役として登場したり、近衛兵舎の料理人が料理講座という名の爆破ショーを行うなど、わたくしの領地だからこそできる、名物……いえ迷物コーナーも人気となっています。
視聴者が増えてゆくにつれ、自らのスキルに気付く平民も増えてきました。学園への入学希望者が急増したため、新たに平民向けの教育機関の設立が検討されています。スキルランクだけに頼った権力構造は今後揺らぐことになるでしょう。
評価が一変したと言えば、スイボ達です。かつては『幻空間から時々現れては空中を漂うだけの何の役にも立たない幻生生物』と評されていた彼らでしたが、その愛らしさや、実用性が再評価され、一躍人気者となりました。
レッドフォード=レイクロフト商会は、スイちゃん達のグッズをスキル〝レプリケート〟で大量生産して大儲けしたのだとかなんとか。スイボ型のアクセサリーを身に付ける貴族令嬢も増え、お父様とお兄様は日々恐怖に怯えているようです。
もちろん、スイボをテイムしたいと考える人々も増えてきました。
とはいえ、神出鬼没のスイボは、テイムの途中で幻空間に帰ってしまうことも多く、テイムに成功した例は片手で数えるほどです。たとえテイムしても言葉が通じず、ただボンヤリと漂う彼らを世話をするのは困難を極めます。これまでスムーズに事が運んでいたのはスイのおかげなのです。
ここでも、エイヤの〝ピアリング〟が活躍します。〝ピアリング〟を活用すれば、他人がテイムしているスイボを預かり、準テイム状態にできることも判明しました。今ではスイが教師となり、預かったスイボたちを訓練しています。
「ぽふぃぽふぃ」
「みゅ!」
「きゅわ!」
「きゅん!」
そして、わたくしの仲間も増えました。
畑の拡張に伴い、スイがアピィやアピエッタの兄弟姉妹甥姪達を探してくれました。今やアピちゃんチームは三十匹を超える大所帯です。ハブにクラスチェンジしたアピィがテイマーとなり、皆を率いてくれています。
「はぁぴ!」
「はぴっ!」
配信や王宮警備のために、ピケの仲間も増えました。ピケちゃん配信チームや、ピケちゃん警備チームが組成され、王宮のあちこちに目玉焼きが転がっています。
「ぇあ!」
「あぃ!」
パリちゃんチームもメンバーが増え、仲良し組ごとに五チーム体制となりました。鹿対策だけでなく、王宮警備用の警報灯や、舞踏会の盛り上げ役として活躍しています。
「きゅ!」
「きゅう」
ラックスとラクシアも仲間が増え、ラクちゃんチームを結成して王宮の照明を担っています。
「きゅみ」
「きゅい!」
そして思わぬ効果として、王宮内の労災事故も劇的に減少したのだとか。高所の燭台にろうそくを灯すという危険な高所作業が減ったからかもしれません。その分、暇になった侍女や下女達は、今日も生産性のない噂話に興じています。
そして、わたくしはといえば。
今日もわたくしの部屋に侍女はやってきません。わたくしは書斎に籠もり、誰にも邪魔されることなく、静かに研究に打ち込んでいます。目下のテーマは、皆が〝C#〟スキルの恩恵に預かることができるようにすることです。これまで、スキルは個人が授かるものだというのが常識でした。しかし、わたくしの〝C#〟とエイヤの〝ピアリング〟を組み合わせれば、その壁を打破することができるかもしれません。
「ねえ~、スタッカ様~」
「うるさいですね、静かにしてください」
「ねぇ、そろそろ配信の時間だってば!」
「ああっ、もうこんな時間」
わたくしは羽根ペンを置き、パタンと書物を閉じます。そして、駆け足でエイヤのもとへと向かいました。
わたくしたちの挑戦は道半ば。語り残したことはまだまだありますが、残念ながらお別れの時が来てしまったようです。
いつの日か再び皆様のお目にかかる機会が訪れることを心より願っております。
「ぽふぃ♪」
これにて一応の完結となります。
ここまでお付き合いくださった皆様ありがとうございました!
本作品はあえてC#の技術ネタをほとんど解説せずにファンタジーの枠に押し込んで、勢いで流してしまうという実験作でした。
皆様に頂いたご評価を参考に、新作や続編、関連作の方向性を検討していきたいと考えています。よろしければ、感想や★評価をいただければ幸いです。




