婚姻の儀
わたくしはエイヤを私室に残し、王座の間へと向かいました。王座の間で婚姻の儀が執り行われるからです。
この国の法では、原則として婚姻地の領主が婚姻を認証する形が取られています。認証というのは、古代語で言うところの身元確認ではなく、証明の方の意味です。王や領主が、その婚姻の手続きが正当に行われたことを認め、それを公に証することにより、はじめて婚姻関係を貴族籍に記載できます。
貴族同士の結婚式は原則、上位の貴族の領地で執り行われます。当然ながら、王族との婚姻は王宮で執り行われることになるというわけです。
この豪華絢爛な王座の間には、わたくしですら立ち入るのは数年に一度あるかないか。招待客の立ち入りが許されるのは、お父様とお母様の婚姻の儀以来のことだと聞きます。
警備が一層強化されるのは致し方ないことではあるのですが――。
「えっ、えっ、何あれ?」
下女達の声が漏れ聞こえてきます。
それもそのはず。わたくしの周りには、まるでパレードのマスゲームのように近衛兵が行進しています。彼らがあまりにも密集しすぎているせいか、わたくしの姿は周りから見えず、ただ、近衛兵の一団が不審な行進をしているように見えているのです。
わたくしが王族席に到着すると、近衛兵達はさっと背後に回りました。そこで、ようやく近衛兵達の謎の行進がわたくしの護衛であったことが明らかになります。わたくしが国王よりも手厚い護衛をされていることに気付いた諸外国の王族や使節団は、何かを囁き合いながら、わたくしをチラチラと見ています。その中には周囲からわたくしに関して質問攻めに遭うウルリカ社長の姿もありました。
ああ、何か重要人物と誤解されていますね、これは。
「近衛兵の皆さん、人数が多すぎて悪目立ちしているようです。二人ぐらいで充分なのですが」
「いいえ、ご遠慮なさらず。殿下に何かあれば困りますので」
……そういうことではないのですけれど。
ある意味、エイヤは欠席して正解でした。もしエイヤが一緒だったなら、近衛兵の数で、リテーヌ様よりエイヤが注目を集めてしまっていたことでしょう。
お兄様以外の王族が全員揃ったところで、全員が着席します。
「えぇあぃあぃ!」
わたくしの横に設けられたサイドテーブルの上で、目玉焼きが鳴きました。ピケです。
今回、スイボ達の中でピケだけが同伴を許されたのです。目玉焼きにしか見えないので、お兄様とお父様に恐怖を与えないというのがその理由です。
「スイちゃん達見えていますか?」
『ぽふぃ♪』
『はぁぴ♪』
『きゅい!』
『きゅみ』
『きゅっ!』
一斉に可愛い声が返ってきます。そう、スイ達は、わたくしの私室でお留守番をしながら、ピケのステータスウィンドウ経由でこちらの様子を見ているのです。
「エイヤは見えてますか?」
『はい。観てなきゃダメですか』
「王太子の婚姻の儀は、滅多にない機会ですよ。せっかくなら、参列できない皆様にピアリングしては?」
『へーい。〝ピアリング〟』
気のない返事を返すエイヤです。
まあ、散々迷惑を掛けられた二人の結婚式など、エイヤにとってはどうでも良いのかもしれませんが。
いよいよ、新郎新婦の入場です。
軍楽隊の演奏とともに、扉が開かれ、お兄様とリテーヌ様がゆっくりと入場します。近衛兵の儀仗隊が一糸乱れぬ動きで剣を掲げ、アーチを作りました。
二人は拍手で迎えられ、アーチの下を歩いてやって来ます。
リテーヌ様の顔には白いヴェール。
――ん。
閃きました。
野菜をリテーヌ様のように覆えば、鹿だけでなく鳥からも守れるかもしれません。
王宮には、婚姻の儀のため、国内の織物業者から大量のヴェール生地が納入されます。その中でも最も質の高い物が選ばれ、残りは式の後に処分されます。中には蚊帳に再利用されたり、民に下賜されることもありますが、明らかに低質なものは焼却処分になります。
それらを集めれば、おそらく、野菜に巻き付けるには充分すぎるほどの量になるでしょう。
構想を膨らませている間にも式次は進行し、気付いたときには終盤に差し掛かっていました。
「陛下。私、王太子ユージン・ロック=イントアレイは、イェールド公爵令嬢リテーヌ・イェールドを我が妃として迎えたく存じます」
お兄様がそう言うと、お父様が王笏を二人の頭上に掲げました。
「我が王権によりそなた達の婚姻が成立したことを証する。皆、祝福せよ」
王宮の外では、祝砲が上がります。
王都が歓声に包まれ、盛り上がりは最高潮に達します。
『ぽふぃ♪』
『はぁぴ♪』
『きゅい!』
『きゅみ』
スイたちもつられて喜んでいるようです。
二人は皆の祝福を受けながら退場し、馬車で王宮の外周道路を一周した後、宴に参加します。
そういえば、あれだけ揉めたケーキ入刀の話はどうなったのでしょうか。
それは、数時間後、宴の最中に明らかになりました。
「これより、夫婦初の共同作業、ステーキ入刀の儀を執り行う!」
「!?!?」
熱々の鉄板の上で、巨大なステーキがジュワーッと音を立てています。お兄様が剣を抜き、リテーヌ様が手を添えました。
突然始まった謎の儀式に、参列者の動揺が広がる中、切り分けられた肉が皆に配られました。
……聞くところによると、お兄様的には、剣はケーキを切るものではないが、肉を切るならOK。しかし獣の死骸をそのまま出すのは縁起が悪いのでステーキを……というのが落とし所になったようです。直前も直前になって、リテーヌ様も折れたのだとか。何か心境に変化があったのでしょうか。まあ、わたくしには関係のないことです。
まあ、無事に婚姻の儀を終え、ほっと一安心です。
ふと手元に目を遣ると、ステーキに添えられた目玉焼きと化したピケが、肉汁とソースのお風呂に浸かりながら満足げに、
「えぇあぃあぃ!」
と鳴いたのでした。




