ピアリング
「あぁ……疲れました。いつタングステンカーバイドの靴が飛んでくるかとヒヤヒヤしました。スイちゃんの癒やしが必要です」
リテーヌ様がその気ならば、靴一つでこの場の近衛兵全員を倒すこともできたことでしょう。恐ろしいことです。
「ぽふぃ~」
スイはわたくしの頬に口腕をピトっと押し当てます。
「ありがとうございます、スイちゃん」
「ぽふぃ♪」
スイの頭を撫でると、スイはわたくしの手にすりすりと顔を擦り付けました。本当に可愛いスイちゃんです。
朝食のために集まっていたアピちゃんチーム、パリちゃんチーム、ラックスやラクシアも次々にわたくしに飛び込み、すりすりとしはじめます。
「はぁぴ♪」
「ぱぴっ」
「きゅっ」
「きゅむ」
「きゅい!」
ぷにぷに達にまみれ、わたくしは幸せです。
「ぇあ!」
ピケだけは空中を漂流し、わたくしの頭に軽くタッチした後、エイヤの頭の上に流れ着きます。直後、エイヤの髪を布団にしてスヤスヤと眠り始めてしまいました。まったくピケはマイペースな子です。
エイヤは頭に目玉焼きを載せたまま、放心状態で言いました。
「私はあの人に『殿下に近づくな』とか『立ち振る舞い』がどうのとか色々言われたけど、教科書を切り裂いたのはあの人じゃないんだよねぇ」
「まあ、あの御方なら、そんな陰湿なことをせず法廷闘争や決闘を選びそうなものですからね」
「……取り巻きか。私が言うのも何だけどさ、偉くなるというのは大変だよね」
「そうですね」
「……正直、あのバ……王子様、この教科書のことで怒ってくれたのは嬉しかったんだ。今日も、スタッカ様が怒ってくれて嬉しかった。王族ってその辺は思ったよりはマトモなんだね」
「王族なんてそこらの貴族と何も変わりませんよ。ただ、大きな責任を背負う対価として、ちょっと良い思いをしているだけです。リテーヌ様もいずれは自覚なさることでしょう」
「かもね」
「『人は学ぶ、故に人である』ことに期待いたしましょう。その教科書、わたくしから商会に修復を頼んでおきましょうか」
「……あまり完璧に直さないで欲しいかな。無かったことにはしたくない」
「分かりました」
エイヤは遠くを見つめます。
「……私、もう誰にもこんな思いをしてほしくないな」
「そうですね」
「……ねえ、私にできることはないかな」
「『全国民スローライフ』を目指すのでしょう?」
「何やるか分かんないでしょそれ」
「言ったのは貴女ですよ」
「そーだった。てへっ」
自分の頭をコツンと叩き、ペロリと舌を見せます。
「そうですね。例えば、市民講座とかはどうですか? 市民と一緒に野菜を育てるのです。畑作業をしながら、学園で学んだ知識を織り交ぜて民に伝えるのはどうでしょう?」
「それいい!」
しかし、近衛兵がピクリとして、何かを言いたそうにそわそわとしはじめます。
「……ダメそうですね。警備的に」
近衛兵達が激しく頷きます。
「だめかぁ。じゃあさ、王宮外の広場にピケのステータスウィンドウを開いたままにしておけば、畑の様子を見られるんじゃない?」
「しかし、ステータスウィンドウは、一人一つの対象につき一つしか開けません。ピケちゃんのステータスウィンドウは、ピケちゃん自身と、スイちゃんと、わたくしが開けます。つまり最大三つまで開けるということです」
「じゃあ、三箇所の広場に置けるね」
「いいえ、実際には一つも無理です。まず、ピケちゃんはマイペースですし、スイちゃんの分は畑で近衛兵用に使ってしまっていますし、わたくしの分は皆の健康確認に使っています」
「あぁ~」
「せめてエイヤもピケのステータスウィンドウを開けたら良いのですが」
「我の力が見たいか」
エイヤはポーズを構えます。
「はいはい」
どうせ不発です。
「出でよ、スキル〝ピアリング〟!」
その時でした。
エイヤが『キラキラぼわーん』と光に包まれます。そして、光の筋が現れ『きゅいんきゅいん』とエイヤとわたくしを結びました。
「えっ、マジで!? 何か出た!」
エイヤが驚いている間に、光の筋はすっと溶け込むように消えてゆきました。
「えぇあぃあぃ!」
と、ピケが目を覚まします。
そのとき、エイヤの前に、ステータスウィンドウが展開しました。
わたくしの顔が映っています。ピケのステータスウィンドウが、ピケのテイマーであるスイや、スイのテイマーであるわたくしの前ではなく、全くの無関係のエイヤの前に展開しているのです。
「これは一体」
「ぽふぃ!」
スイが目を輝かせます。
「ぽふぃ! ぽふぃ!」
スイは何やら興奮した様子で、わたくしをそのステータスウィンドウを見るように促します。
わたくしはそのステータスウィンドウを見て、普通のステータスウィンドウとは異なる点を見つけました。それは、映像以外の情報が「取得不可(403)」となっていることです。過去映像を見ようと操作しても「取得に失敗しました(403)」とポップアップが出るだけです。
「スイちゃんは〝ピアリング〟を知っているのですか?」
「ぽ~ふぃ……?」
スイは傘を傾けます。
「知らないけれど、何かを感じるのですね」
「ぽふぽふ!」
スイは頷いて肯定します。
見る限り、スキル〝ピアリング〟は、〝鑑定〟に類似するスキルのようです。しかし、〝鑑定〟は他人のステータスウィンドウの内容を覗くことはできても、ステータスウィンドウをその場に展開することはできません。
思い返してみれば、わたくしは、ピケのステータスウィンドウをエイヤが開けるようにしたいと願いました。そして、エイヤが〝ピアリング〟を発動することで、それが実現したのです。
「もしかして、スキル〝ピアリング〟とは、〝鑑定〟の逆なのでしょうか。お母様は他の人のステータスウィンドウを覗くことができますが、エイヤのスキルを使えば他の人にステータスウィンドウを見せることができる……とか」
「ぽ~ふ……ぽふぃ!」
当たらずも遠からず、ということのようです。
「いずれにしても、これがA++ランクの力というわけですね」
「いやぁ~それほどでも~」
エイヤは胸を張って頭を掻きます。自分のスキルの解明に興味はないのでしょうか。仕方ありません。
「近衛兵!」
「はっ」
「貴方が実験台になってください」
「はっ! ……え?」
「エイヤ、あの近衛兵にもピアリングを発動してください」
「おほほ~お姉様にお任せあそばせ。出でよ、〝ピアリング〟!」
同じようにキラリンぼわーん(以下略)により、近衛兵の前にピケのステータスウィンドウが開きます。
「うわ、すっげー……であります。これが〝鑑定〟でありますか」
「いや、〝ピアリング〟です」
そうこうしているうちに時間は過ぎ、近衛兵の一人が切り出します。
「そろそろお時間です」
そう、いよいよ婚姻の儀が執り行われるのです。




