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襲来

 いよいよ婚姻の儀の日がやってきました。


 王宮には豪華に装飾された馬車が続々と到着しています。


 国内の貴族や、周辺国の王族や使節団などの来賓で、王宮はごった返していました。民衆達も披露パレードを一目見ようと王宮の外周道路に集結しているようです。


――ああ、そういえば、お兄様はこの国の王太子でしたね。


 窓から見下ろしながら、そんなことを思います。


 万が一に備え、王族にはそれぞれ数人の近衛兵が割り当てられていますが、なぜかわたくしの私室には、五十人ほどの近衛兵がひしめいていました。


「いや、多くない?」


 と、エイヤ。


 今回ばかりはわたくしも同感です。


「私どもは、殿下のズッキーニを残してしまいました。名誉挽回をかけて、何としても殿下のお命をお守りいたします!」


「……構いませんのに。あと、きゅうりです」


 ここ数日の近衛兵の態度のせいでしょうか。侍女達のわたくしを見る目が一層冷たいものとなっていました。とんだ大迷惑です。


「お話中失礼いたします。王女殿下、リテーヌ様がお越しになりました」


 若い近衛兵が飛び込んできました。


「え……」


 歩く渦中がやってきました。こちらの歩く渦中と接触させまいと思っていましたのに、予定外です。


「ねえ、あの意地悪女、まだ私より格下なの?」

「そうですが……エイヤ。人を値踏みするとき、貴女もまた値踏みされるのですよ」

「そうじゃなくてさ、ガツンと言いたいことを言ってやれるのは今だけってことでしょ」

「ほどほどにしてください。口は禍の元です」

「大丈夫大丈夫」


 その軽薄な態度が心配ですが、きっとリテーヌ様も、わだかまりが残ったまま婚姻の儀を迎えたくないと思ったのでしょう。


「……通してください」


 真っ白なドレスに身を包んだリテーヌ様が、大勢の侍女達を連れて入室します。

 

 それ以上の人数の近衛兵に囲まれたわたくしを見て、リテーヌ様御一行は、一瞬ギョッとした表情を浮かべました。


「おはようございます、リテーヌ様」

「ご機嫌麗しゅう、スタッカ殿下」

「お忙しいところでしょうに、どのような御用向きで?」

「ご挨拶と――」


 リテーヌ様はエイヤに目を遣りました。


「は? 私に何か用があんのですの?」


 エイヤはけんか腰に応じます。やはりこの二人を会わせたのは失敗だったでしょうか。


「いえ、わたくしの非礼をお詫びしたいと」

「非礼? 私が立場を得たからお詫び? 結婚の前にスッキリしておきたい? それは都合がよろしくてですね」

「……そういうことではありませんの。ただ、わたくしの非礼をお詫びしたく」

「そう、あれを非礼の一言で済ませやがりますの。ちょっと待ってなさいですわ」


 エイヤは私室から鞄を取ってきました。


 侍女達が警戒する中、エイヤは鞄の中からボロボロに切り刻まれた教科書を取り出します。


 近衛兵達がざわつきます。彼らの殆どは学園の卒業生で、下級貴族の子息です。彼らは教科書の貴重さはよく知っているのです。


「学園でのご丁寧な対応、感謝いたしますですわ。学園に入学して、生まれて初めて手にした大切な本を、こんな風に丁寧に切り刻んでくださって、感銘を受けましたのよ。さあご覧あれ」


 エイヤは笑顔を浮かべていますが、涙声が混じり、その手は震えています。


「一ページ目。私が入学したとき、このページを見て頑張ろうって思ったんだよね。ここに何て書いてあったか、ちゃんと覚えてる。『人は学ぶ、故に人である』。まぁ、破かれて残っていないけど。貴族様って、こんな紙一枚を平民から奪わなければならないほど、慎ましやかな生活を送っておられますのね。おほほほ」

「……っ、わたくしはそんなこと……!」


 リテーヌ様は見るからに動揺しています。驚き、憤り、後悔――様々な感情の間で表情が揺れ動いていました。リテーヌ様ほどの貴族令嬢が、平静を装いきれていません。


 恐らく、リテーヌ様本人は手を出してはいないのでしょう。取り巻きが忖度して、あるいはリテーヌ様の言動に乗じて、エイヤに嫌がらせをしたに違いありません。


「――分かりませんか? 平民風に言えば『心が貧しいなお前ら』ってことですよ」


 リテーヌ様の侍女が割って入ります。


「黙りなさい! リテーヌ様に無礼です!」


 わたくしも即座に反論します。


「無礼なのはそちらです。何を以てわたくしの養女であるエイヤに命令するのです」


 もはや、傍観者ではいられません。大切なエイヤのためなのです。


 しかし、侍女は収まりません。


「リテーヌ様は将来王妃になられる身! 殿下こそ敬意を払われるべきでは」

「リテーヌ様は現時刻において、まだ、王妃でも、王太子妃でもありません。それに、敬意を求めるなら、侍女の貴女も含め、敬意に値する振る舞いをなさってください。『心が貧しい』と民に思われるようでは、妃どころか貴族にも相応しくありません。刑事告発されないだけでもマシではありませんか」

「……なっ!」


 怒りに顔を歪める侍女。しかし、リテーヌ様は侍女を手で制します。


「全く仰る通りですわ。わたくしはエイヤ様の言い分を聞きもせず、軽率な言動をいたしました。その結果、辛い思いをさせてしまったのですわね。償いとして、その教科書はわたくしが必ずや弁償いたしますわ」


 しかし、エイヤはきっぱりと断ります。


「いいえ。要りません。お養母(かあ)さまに修復してもらうので」


 まあ、あの商会に頼めば、何とかなるでしょう。最悪〝レプリケート〟の素材として使って再構築すれば新品に蘇ります。エイヤがそれを望むかは分かりませんが。


「リテーヌ様。ご覧になったでしょう。エイヤは素直に言いたいことを言います。お兄様……王太子殿下に対して恋愛感情がなければ、そう言ったはずです。貴女には何度も真相に気付く機会がありました。違いますか?」

「……そうですわね。わたくしはてっきり見え透いた嘘だと思っておりましたわ」


 貴族は直接的な物言いに慣れていません。エイヤの裏表のない物言いに対して、言葉の裏を勘ぐってしまったのかもしれません。しかし――。


「リテーヌ様。貴女は聡明な方とお見受けします。それ故に、残念でならないのです。もし、もしもです。貴女がエイヤの話に真摯に耳を傾け、あの舞踏会の前に王太子殿下の誤解を解いていたならば、殿下は恥を晒さずに済みました。貴女も決闘などというリスクを冒さずに済みました。そして何より、エイヤはこのように殺伐とした王宮に閉じ込められることはなかったのです。エイヤは今も温かな家庭で平穏な日常を送っていたことでしょう」

「……ええ」


 もっとも、そのスキルランク故にエイヤが平穏な人生を送ることは難しかったでしょうけれど。


「それに――」


 わたくしは、エイヤのボロボロになった教科書を撫でます。


「本来ならば、この教科書から何千、何万もの民が学びを得るはずでした」

「……?」


 リテーヌ様はきょとんとした表情を浮かべました。わたくしは続けます。


「学園は民にとって狭き門。入学が認められるのは、十数年に一人。民の中でも高ランクスキルを持つ者だけです。それ故に、入学を許された一人の民から、間接的に多くの民が学ぶのです。平民入学者に無償で教科書を与えるのは、まさにそのためではありませんか」

「……」


 リテーヌ様は絶句します。


「貴女はこれから王太子妃になられる身。取り巻きを統べることができなかったという事実を、よく反省なさってください。償いと仰るならば、これからは王太子殿下への愛を、民にも向けてください。次にお目にかかる時は、広き視野を持ち、民に慕われる善き妃となられていることを期待いたします」

「ええ、しっかりと肝に銘じますわ」

「本日は目出度き日。わたくしからはこれ以上何も申しません。近衛兵!」

「はっ」

「未来の王妃陛下(・・・・)がお帰りです。お見送りを」

「はっ」

「リテーヌ様、この度はご結婚おめでとうございます」

「ちなこれ、社交辞令ってやつね」


 エイヤはわたくしを両手で指差しながら、ウィンクをして見せます。


 侍女達は不愉快そうな顔をしています。リテーヌ様は、形式上、今この時点においては格下ですが、数時間後には格上になる身。近衛兵達の前で公然と批難したわけですから、後で仕返しされるリスクがあります。リテーヌ様の腹の内が分からない以上、牽制はしておくほうが良いでしょう。


「ああ、それから、一つだけ。リテーヌ様の侍女の皆様。わたくしは国王、王妃両陛下の娘であり、エイヤは、わたくしの大切な養女です。お忘れなく」


 五十人の近衛兵が、わたくしの意を汲んでか、一斉に姿勢を正します。リテーヌ様の侍女達は顔面蒼白になりました。


 都合良く近衛兵の威を借りるのもどうかと思いますが、まあ、きゅうりの件の迷惑料ということで。


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