商会
一般に大手の商会といえば、ロビーのあちこちが黄金色に輝いているものです。国際的な商会の支社となれば尚更です。富と繁栄こそが商会の価値だからです。
しかし、それにしては、レッドフォード=レイクロフト商会のロビーはやや質素な印象を受けました。調度品は上品で上質なもので揃えられていますが、華やかな美術品の類は最小限です。例えるなら歴史ある古参貴族の屋敷のような雰囲気です。十二分の実力を持ち、富や名誉を見せびらかす必要がない、そんな印象を受けます。
わたくし達を出迎えたのは、プラチナブロンドの美しい髪の若い女性でした。
「この度はご来店賜りまして、大変光栄に存じます。わたくし、代表取締役社長ウルリカ・レイクロフト=レッドフォード128世と申します。どうぞウルリカとお呼びくださいませ」
ウルリカ社長は、優雅で洗練されたカーテシーを見せます。
「うむ、苦しゅうない」
エイヤの軽薄な返事に、眉間を突き刺すような頭痛が走りました。しかし、ウルリカ社長は和やかに微笑み、気にするそぶりを見せません。
「失礼いたしました。お初にお目に掛かります。わたくし王女のスタッカ・ロック=イントアレイと申します。こちらは、わたくしがテイムしているスイボのスイ」
スイは、カーテシーのように傘をふわりと広げて挨拶します。ウルリカ社長の仕草を真似してかどこか所作が優雅です。
「ぽふぃ♪」
「そしてこちらが養女のエイヤです」
「ども」
エイヤは友人にヨッスと挨拶するような気軽さで片手を挙げました。まあ、公爵令嬢であるエイヤが平民の商人相手にカーテシーをする必要はありませんが、とはいえ、相手は大商人。雑にも限度というものがあります。
「ええ、よく存じておりますわ。先日はグロッケンのご注文賜りましてありがとう存じます。今後もぜひご贔屓に――と申し上げたいところですが、本日はエイヤ様のご両親の件ですわね。さあ此方へどうぞ」
ウルリカ社長は、そう言ってわたくしたちを奥へと案内しました。その立ち振る舞いは、商会の経営者というよりも、まるで模範的な公爵令嬢、いえ、もはや外交をこなす女王の風格です。
「ねぇ、王女様。王女様より貴族っぽいよね、あの人」
エイヤがわたくしに耳打ちします。
「どういう意味ですか……。まあ、実際、各国から叙爵の打診をされているそうですよ」
それは我が国とて例外ではありません。しかし、彼らはその打診を断り続けています。彼らは一つの勢力に取り込まれることを嫌っているのだとか。しかし、これを見て確信しました。彼らには爵位など必要なかったのです。公爵位でさえ、彼らには相応しくありません。なぜなら、もはや彼らは国土がないだけの国家だからです。
「ねえねえ、社長さん。気になったんですけど、本当に128代も続いているんですか? それともそういう芸名だったり?」
エイヤが尋ねると、ウルリカ社長はふふっと笑みを浮かべます。
「確かに芸名みたいなものですわね」
「申し訳ございません。エイヤが失礼なことを」
「いいえ。実は記録がどこまで正確なのか、わたくしどもにも分かりませんのよ。いくつもの国家が生まれては消え、もはや私どもの存在を証明する史料は散逸してしまいましたわ。けれど、当家の記録が正しければ、128代よりももう少し多いですわね」
「えっ、128でも逆サバなんですか」
エイヤの不躾な問いにもかかわらず、ウルリカ社長は表情一つ変えません。
「ええ。わたくしの祖先にはウルリカの名を持たぬ者もおりますわ。男が当主を継いだ代もあれば、家名を捨てた時代も、名を継ぐことが伝統になる前の時代もありますもの」
「じゃあ男の子が生まれたら、名前はウルリクだったりするんですか? ウルリク64世とかもいたり?」
「いいえ、初代ウルリカに婚約破棄を突きつけた男の名前を我が子に付けるような者はおりませんわ」
何だか笑顔の奥に凄まじい怨念を感じます。婚約破棄とはそれだけの禍根を残すものなのですね。お兄様もリテーヌ様の末裔に代々呪われるところでした。数千年の時を超えて。
話題を変えた方が良さそうです。
「ところで、本日は突然押しかける形となり失礼いたしました。まさか社長直々にお出迎えいただけるとは」
「お気になさらず。貴国には、ユージン王太子殿下の婚姻の儀のために滞在しておりましたの。ちょうど暇を持て余しておりましたところですわ」
「へえ、大商会の社長って意外に暇なんですね」
「エイヤ、言葉を慎んでください。本当に暇なわけがないじゃないですか」
「え~!? ガチで意味不なんだけど!?」
ウルリカ社長は否定も肯定もせず、ただくすくすと口元を押さえます。なんと寛容で忍耐強い御方なのでしょう。わたくしならば、そろそろ近衛兵に摘まみ出すよう命令するところです。
さて、従業員用の通路に入ると、景色は一転します。そこは質素を通り越して、もはや異世界でした。真っ白で歪み一つない平面の壁がどこまでも続いています。
「驚きました。腕の良い左官職人を雇っておられるのですね」
王宮の壁面がコテコテに装飾されているのは、壁の歪みや漆喰の塗りムラを隠すためでもあります。これだけの距離を真っ直ぐに仕上げられる職人がいるとしたら、王宮の雇う職人より腕が良いということです。
しかし、ウルリカ社長は顔を横に振ります。
「いいえ、これはスキル〝レプリケート〟により作り出した建材ですわ」
スキル〝レプリケート〟は、Bランクスキルです。一般に生成系スキルは重宝されるのですが、その中でも〝レプリケート〟は、既に存在するものしか複製することができない上に、同等かつ同量の原料を必要とするので、微妙なスキルと言われています。けれど、一度完璧なものを作れば、大量生産できるのです。
「ということは、どこかの伯爵家に依頼されてらっしゃるのですか?」
「いいえ。わたくしどもは、世界中の自社工場で、各地の平民のスキル持ちを雇っておりますのよ」
「平民のスキル持ち」
「ええ。スキル持ちは存外に多いのですわ。けれど、彼らは大抵自分がスキルを持つことすら知らないのです」
「ステータスウィンドウを見れば分かるのではありませんか?」
「まず、ステータスウィンドウはどう開かれますか?」
「『ステータスオープン』と」
「ええ。『ステータスオープン』という言葉自体、古代語ですわ」
「!」
そんなことは思ってもみませんでした。ステータスウィンドウを開くこと自体が、古代語の教養を要するだなんて。
「そして、たまたま偶然ステータスウィンドウが開いたとて、識字率の壁がありますわ。その壁を独学で乗り越えたとしても、彼らはスキルとは何か、そのスキルをどう使えば効果的なのかを知りません」
知識が与えられず、自らのスキルも、その効果的な使い方も知らない。故に平民のスキル持ちは存在すら知られていない。もしそれが真実ならば、スキルランクに踊らされている貴族は何と滑稽なのでしょう。
「そのことに、なぜお気づきになったのですか?」
「そもそも、わたくしの母国は共和政ですわ。貴族制もございません。教育の機会も無償で皆に開かれておりますわ。その結果、スキル保有率は他国に比べて明らかに高いことが判明しておりますの」
「なるほど」
「けれど、王妃陛下は既にご存知ではありませんの?」
「……〝鑑定〟ですね」
スキル〝鑑定〟を持つお母様は、自由に他人のステータスウィンドウを覗き見ることができます。馬車から外を眺めているだけでも、スキル持ちの平民がそれなりにいることぐらいすぐに気付くことでしょう。
「ええ。やむなく見て見ぬふりをなさっているのですわね。もっとも、A++ランクスキルともなれば見過ごせないのでしょうけれど」
それはつまりエイヤのことです。
「婚約破棄騒動がなかったとしても、いずれ王家に取り込まれていたでしょうね」
わたくしがそう言うと、ウルリカ社長も頷きます。
「ええ。先を越されて残念ですわ。ぜひ弊商会でご活躍頂きとうございましたのに」
ウルリカ社長はそう冗談めかします。
お母様はただ人道的配慮というだけで、エイヤをわたくしの養子にするというアイデアに協力したわけではないはずです。お兄様の件がなくとも、王妃と同等のランクのスキルを持つ平民であるエイヤは、パワーバランスを狂わせかねない危険分子です。理由をつけて国外追放するか、身内に取り込み懐柔するかの二択だったのでしょう。もしかすると、国外追放の後に保護するよう、お母様は秘密裏に商会に打診していたのかもしれません。
エイヤは照れくさそうに頭を掻きます。
「いやぁ~スキル〝ピアリング〟とかいう何の役に立つか分からないスキルですけどね」
わたくしが介入しなければ、どうなっていたか分からないというのに、お気楽なものです。
ウルリカ社長は諭すようにエイヤに言いました。
「役に立たないスキルなど何一つございませんわ。我が家の言い伝えによると、スキルとは、前文明が崩壊した際、文明を復興する後世の人類のために遺した産業遺産であるとされておりますの。その証拠に、おとぎ話にあるような『火属性』『水属性』など魔法チックなものはありませんでしょう?』
「キラリンぼわーん、きゅいんきゅいんもないですね」
「ええ、そうですわね。キラリンぼわーん、きゅいんきゅいんもありませんわ」
何でしょうか、この居たたまれなさは。そもそも、きゅいんきゅいんとは何なのでしょう。
「――けれど、その代わり〝血液検査〟や〝CTスキャン〟のような、やけに実用的なスキルは多数ありますわ」
「確かに。地味なのばっかりだよね」
「ええ。それ故、スキルとは人々の生活の質を向上させるためのものだとわたくしは考えておりますの。エイヤ様のスキル〝ピアリング〟も、きっと人々の役に立つよう設計されたものに違いありませんわ」
きっと、スキルランクが爵位に結びついている現状は、きっと設計者が意図したものではないのでしょう。
「そうだったらいいんですけどね~。出でよ〝ピアリング〟!」
エイヤはポーズを決めますが、当然のように何も起きません。
「さあ、ご両親はこちらですわ」
ウルリカ社長は、会議室と書かれた扉を開き、わたくし達を中に招き入れました。
いつも応援ありがとうございます!
初代ウルリカ・レイクロフトやレッドフォード商会の原点にまつわるストーリーは「ポップアップ誤タップ令嬢、王太女として人生をやり直します」をご覧ください。
https://ncode.syosetu.com/n5047ju/




