惨状
スイとアピィとエイヤを引き連れて御前菜園に向かう道すがら、近衛兵は申し訳なさそうに謝罪しました。
「王女殿下、さきほどは申し訳ございませんでした。私がズッキーニだと思い込んでしまったせいで……」
そういえば、わたくしがきゅうりを託したのは彼でした。
「わたくしがきちんと伝えなかったせいです。お気になさらないでください。それよりも、あの料理人です」
「……あぁ。あの方は、傷病軍人の再雇用なのです。本業は爆弾を作ることなので」
「ある意味、爆弾ですね……」
「……ははは」
「お伝えください。似ているのは見た目だけです。ズッキーニときゅうりでは適した調理法が全く異なります。きゅうりは生で食べたり、塩漬けにしたりすると美味しいですよ。好き嫌いは人それぞれですが、適した調理をすれば、皆様もお気に召すはずです」
まあ、見た目もそれほど似ていないと思うのですが……。次はズッキーニでも育てましょうか。
庭園の小道を五分ほど歩くと、御前菜園が見えてきました。ですが、何か違和感を覚えます。その違和感は、足を進めるにつれ、確信へと変わっていきました。
「畑が……荒らされています」
そこには無残な光景が広がっていました。
「ぽ!?」
「ぴ!?」
やぐらは倒され、土は掘り返され、きゅうりは茎ごと食い荒らされていました。僅かに残った株も、根元に申し訳程度の茎が残っているだけです。同時に育てていた豆類も全滅でした。なぜか、ネギだけは無事のようですが……。
「ぽひぃ……」
「はぴ……」
スイとアピィは目に涙を浮かべてわたくしを見上げました。
アピィが昨夕に退勤し、幻空間に潜ってから、今朝わたくしの前に顕現するまでの間のできごとだったのでしょう。わたくしは、悲しむスイとアピィを抱き寄せました。
「え~、料理が美味しくないからって、これはやりすぎでしょ~?」
エイヤがそう言うと、近衛兵は必死に否定します。
「いえ、我々ではありません!」
「ここを知っているのはあんたらだけでしょ」
「エイヤ、根拠もなく疑うものではありませんよ。ここを荒らした犯人は、きゅうりをたいそう気に入って、葉や茎、根まで味わい尽くしたようです」
「は? あんたらガチでお腹空いてんの!?」
「ですから、我々では……」
「犯人は恐らく獣です。ここに獣の足跡があります」
きっと鹿か何かでしょう。
「ぽふぃ」
「はぴ……」
「スイちゃん、アピィちゃん、残念ですね」
「ぽひぃ」
「ぴ……」
スイとアピィの頭を撫でます。
「けれど、鹿さんが余すことなく食べるほど、美味しく育ったということではありませんか。個性的なお味のラタトゥイユにされるよりは良かったのです」
二匹はわたくしの胸に顔を埋めました。
そこへ、エイヤが軽薄な口調でネギを指差します。
「でも、ほら、あれは残ってるよ。ニラ」
「ネギです」
「そっちだったか~」
エイヤは一体何を食べて生きてきたのでしょうか。まさか、半額のネギはニラと見分けが付かないほど平たく萎びているのでしょうか。
「幸いにもアピィちゃんの小屋も、灌水設備も無事です。残っている野菜を守らないとですね」
「ぽふぃ……!」
「はぴぃ……!」
「アピィちゃん、今日のお仕事をお願いしますね」
「はぁぴ!」
アピィの作業小屋の扉を開きます。
すると、何かと目が合いました。そこにいたのは、知らないスイボです。
「えぇあぃあぃ?」
変わった鳴き声の子でした。




