朝のルーチン
その騒動の翌朝。
頬をツンツンとつつかれて目が覚めます。枕元ではスイが口腕を器用に使い、わたくしの頬をピトピトとつついていました。一日の始まりです。
スイの足元には文字が浮かんでいます。昨日、わたくしが発動した〝C#〟スキルです。
``` csharp
var builder = WebApplication.CreateBuilder(args);
builder.Services.AddSwibo();
builder.Services.AddSkillDiscoveryMetadataGenerator();
var app = builder.Build();
app.ExposeSkillDiscoveryMetadata("csharp.目覚まし");
app.MapPost("/", (ISwiboJobService job) =>
{
job.ExecuteJob(async (context, cancellationToken) =>
{
var botSwibo = context.Swibos.OfType<SwiboBot>().First();
await Task.Delay(TimeSpan.FromHours(8), cancellationToken);
while(!cancellationToken.IsCancellationRequested)
{
await botSwibo.PressAsync(cancellationToken);
await Task.Delay(TimeSpan.FromSeconds(1), cancellationToken);
}
});
return Results.Ok();
});
app.MapPost("/cancel", async (ISwiboJobService job, CancellationToken cancellationToken) =>
{
await job.CancelAllAsync(cancellationToken):
return Results.Ok();
});
app.Run();
```
「スキル〝C#〟キャンセル」
そう言うと、文字がフワリと消えました。
大きく伸びをして、目を擦りながら、スイに幻素水晶を与えます。嬉しそうに飛びつくスイを見ていると、わたくしも幸せな気分になります。
カーテンを開け、身体一杯に朝日を浴びながら、再び大きな伸びをしました。隣ではスイがすいすいと空中を泳ぎ、わたくしの真似をしてか、口腕を縦に伸ばしています。
昨夜に暖炉で煮沸したお湯は、すっかり冷水です。その水で顔を洗い、口をゆすぎます。王宮で暮らす最大のメリットは私室に排水口があることです。これぞ文明です。
しかし……。
「……侍女は今日も来ませんねぇ」
「ぽふぃ~」
わたくしが鏡台の前に腰掛けると、スイが櫛をちょこんと押し出しました。
「ありがとうございます、スイちゃん」
わたくしは、微笑んで櫛を受け取ります。
鏡に映るのは、お母様譲りのぱっちりとした金色の瞳。お父様ゆずりの太い眉。王家の血筋に希に生まれるという、このピンクがかったミディアムヘアを梳かしながら、色々な思いが脳裏を過ります。
この珍しい髪色を気味悪がられることもありますが、侍女達が来ないのは、きっと、それが原因ではありません。
……分かっています。
わたくしは、王宮では期待外れの存在なのです。
この国の貴族には、生まれたときにスキルが与えられます。付与されるスキルには血縁が影響し、王族ともなれば、最低でもAランクスキルが与えられるのが当然でした。ところが、わたくしに与えられたのは――。
「ステータスオープン」
――スキル〝C#〟
この〝C#〟という謎のCランクスキルだけでした。
王女の人生は実にシンプルです。外国の王族に嫁ぐか、国内の公爵家に嫁ぐか、従兄弟と結婚するかの三択です。しかし、Cランクスキルでは男爵家や子爵家に嫁ぐしかありません。ですが、王女の私では家柄が釣り合わないのです。よって、わたくしは、生まれたそのときから人生を脱線してしまったのでした。
出世しない王女より、あれでも王太子のお兄様に媚を売るほうが良いのでしょう。この十五年の人生で、侍女達にまともに相手にされた記憶がありません。
侍女達には陰で「モブ王女」だの「モブピンク」だのと嘲笑われているのだとか……。
けれど、心配無用です。
まったりスローライフを目指すわたくしには実に都合が良いのです。
面倒ごとには関わりたくありません。〝傍観者ギルド〟の唯一の会員であり、会頭でもあるわたくしにとって、政争の渦中から距離を取ることが義務、いえ矜持なのです。
「では、スイちゃん。参りましょう」
「ぽふぃ♪」
姿見で最終確認し、朝食に向かいます。
ところが、
「ごきげん麗しゅう、スタッカ様」
……火中の栗が歩いてやってきました。公爵令嬢リテーヌ・イェールドです。
「お……おはようございます、リテーヌ様」
脳裏を過るのは、ピンヒールが眉間に食い込んだお兄様。わたくしも、あんな風にされてしまうのでしょうか。恐ろしいことです。
わたくしは作り笑顔で最低限の言葉を交わした後、そそくさとその場を立ち去りました。
朝食はどのようなときも一家揃って取ることが我が家のルールです。しかし、今日ほど朝食を欠席したいと思った日はありません。
「ユージン、お前が悪いのだ」
朝食の席で、お父様がお兄様を咎めました。ただでさえ王族の朝食は会話が少なく、気が滅入る時間ですのに、これでは居たたまれません。
味のしないパンを口の中に押し込み、スープで流し込みます。
「お父様、リテーヌの恐ろしさをご覧になったでしょう。あの者が国政を牛耳ることになるのですよ」
「お前は優柔不断が過ぎるのだ。あれぐらいがちょうど良い薬になろう」
「毒薬……劇薬……いや爆薬です」
お兄様は顔を真っ青にして反論します。
決闘に勝利したリテーヌ様は、法により王太子妃になることが確定しています。しかし、優柔不断なお兄様を放っておけば、さらなるトラブルを招きかねないと、婚姻の儀を急ぐことになったのです。
「あのエイヤとやら、平民娘はどうするのかしら?」
お母様は溜息を漏らします。
「……こうなった以上、野放しにするわけにはいかぬ。側妃にするしかないやもしれぬな」
「……国外に放り出せばよろしくなくて? ユージンを、この国の王太子を誑かし、その名誉を汚したのです。本来ならば大逆罪で処刑を免れませんわ」
「そんなことをすれば、我が王家の醜聞となろう」
「既に醜聞ですわ」
眉間に皺を寄せるお母様。
お母様には同情を禁じ得ません。王宮には、わざわざ好き好んで災いを持ち込もうとする人々ばかりです。
「そんなことより、スタッカ。お前は平民と婚約したりはしないだろうね。外国の将来安泰で堅実で聡明な王族と結婚するんだよ」
……うわ、なんか、こっちに飛び火してきましたよ。無理だと思っていながら、そんなことを仰るなんて、お父様も趣味が悪い。
「お父様? わたくしはどなたとも結婚するつもりはありません。お兄様が二人も娶られるのですから、わたくしは独り身で充分です。ねぇ、スイちゃん」
「ぽふぃ?」
スイが現れた途端、お父様とお兄様は顔を真っ青にします。
「そ、そんなものを出すでない! 朝食の平穏を乱してはならぬ」
「そうだぞ、スタッカ! クラ……名前を出すのもおぞましい生物を――!」
しかたありません。
実力行使です。
「〝C#〟頬つつき」
``` csharp
var builder = WebApplication.CreateBuilder(args);
builder.Services.AddSwibo();
builder.Services.AddSkillDiscoveryMetadataGenerator();
var app = builder.Build();
app.ExposeSkillDiscoveryMetadata("csharp.頬つつき");
app.MapPost("/", (ISwiboJobService job) =>
{
job.ExecuteJob(async (context, cancellationToken) =>
{
var botSwibo = context.Swibos.OfType<SwiboBot>().First();
while(!cancellationToken.IsCancellationRequested)
{
await botSwibo.PressAsync(cancellationToken);
await Task.Delay(TimeSpan.FromSeconds(1), cancellationToken);
}
});
return Results.Ok();
});
app.MapPost("/cancel", async (ISwiboJobService job, CancellationToken cancellationToken) =>
{
await job.CancelAllAsync(cancellationToken):
return Results.Ok();
});
app.Run();
```
スイをお父様の頬に運んで、ピトッ。
「や、やめなさい。やめるのだ!」
お兄様の頬に運んで、ピトッ。
「きぇえええ」
二人は半錯乱状態で逃げ回ります。
「スイちゃんはクラゲではありませんよ」
「クラゲのような見た目で、クラゲのように泳ぐなら、それは……それはっ! クラゲなのだ」
お父様は柱の陰から顔をひょっこり出して、そう主張しました。
「お父様?」
ピトっ。
「わ、わかった! わかったから! スタッカは結婚しなくていい! 結婚しなくていいから。な? そいつをしまいなさい」
「ありがとうございます、お父様。〝C#〟キャンセル。スイちゃんは戻っていてください」
スイに幻素水晶を与えます。
「ぽふぃ!」
スイはふわりと消えました。
何はともあれ、言質は取りました。まったりスローライフに一歩前進です。