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公爵令嬢と新たな理想

「何て言っていいか……ガチ感謝です! 王女様殿下?」


 わたくしの執務机に、エイヤがバンと音を立てて両手をつきました。


「……貴女を助けたことを既に後悔しはじめています」

「えぇ~!?」


 お兄様と結婚していたらどうなっていたのでしょう。お兄様にそのような態度を取っていたら、少なくとも侍女や女官達に目撃され、お父様に伝わり、何らかの処罰を受けていたことでしょう。そうですね、離宮の塔に幽閉とか。


 ……幽閉先でスローライフ。認めたくありませんが、ちょっと羨ましいですね。


「ぽふぃ?」


 スイが積み上がった本の陰から顔を出します。


 するとエイヤは黄色い声を上げました。


「あ! かわいい~! クラゲだぁ」

「クラゲではありません。わたくしがテイムしている、幻生生物のスイボです。名前はスイ」

「ぽふぃ♪」


 スイは丁寧にエイヤにお辞儀します。


「えっ、お辞儀もできるの!? かわいい~」

「そうです。スイちゃんは賢いのです。貴女も見習ってください」


 エイヤはスイの顔を覗き込み、手を振りました。


「スイちゃん、エイヤだよ。よろしくね~」

「ぽふぃ~」


 スイは嬉しそうに揺らめきながら、口腕を振り返します。


 それにしても、どこまでも馴れ馴れしいですね、この人は。


「貴女は自らの立場を弁えてください」

「王女様も、平民は貴族にペコペコしろって言うんですか?」

「今の貴女はペコペコされる側です」

「は?」


 エイヤはきょとんとします。 


「今の貴女の立場は、ロングアレイ公爵令嬢です」

「え、でも、ほら! 貴族の養子は貴族じゃないって、学園で」

「……その通りです。よくお勉強なさっていますね」

「え~それほどでも?」


 ……褒めてません。


「いいですか? 爵位の相続ルールは、一律ではありません。それぞれの勅許状に定められているのです」

「ちょっきょ?」

「ロングアレイ公爵位は、王家の威光を拡大するための戦略的な爵位として、あえて女系相続が定められています。そして、当主に娘がいない場合、その爵位に見合うスキルランクを持っている第一養女が法定推定相続人になります。貴女はその条件に当てはまります

「私が!?」


 エイヤは愕然としてプルプル震えています。


「……貴女は王妃陛下に並ぶA++ランクのスキルをお持ちでしょう。だから平民ながら学園にも入学が許されたのです」


 そう。希に平民の中に生まれるスキル持ちの中でも、さらに希な存在でした。


「た、確かにそうだけどさ……そんなことが」

「重要なのは、あくまでも形式上ですが、貴女は今この国の公爵令嬢の序列では最高位の存在だということです。リテーヌ様が王太子妃になるまでのあと数週間は、貴女の方がリテーヌ様より高位なのです」

「ガチ!? あっ、ガチですの? あの意地悪女よりも? おほほほほ」


 ……軽い。軽過ぎます。


 この人は……いえ我が養女は、その重さを理解していません。


「……貴女はわたくしが良いと言うまで、自ら公爵令嬢を名乗ってはいけません」

「なっ、何でなんですの?」

「『どうしてそのようなことを仰いますの?』」

「どうして……? ええと……仰いましですの?」


 わたくしは天を仰ぎました。


「貴女は言葉遣い以前に、礼儀がなっていません。礼儀作法さえ心得れば、無理に言葉遣いを変える必要はありません。実際、わたくしが、『ですの』とか『ですわ』とか使っているところを見たことがあり『まして?』」

「……そういえば、見たことがない……かも?」

「わたくしは平穏なスローライフを目指しています。それ故に、手を抜くところは徹底的に手を抜くのがマイルールです」

「ぽふぽふ」


 スイが賛意を示して、頷きます。


「え? スローライフ? 王宮で?」

「はい。しかし、スローライフを維持するために、手を抜いてはならない、ただ一つのことが、礼儀作法なのです。挨拶の順番や晩餐会での席次を間違えたりでもしたら、身の破滅を招きかねません。わたくしは貴女……エイヤにも平穏に生きてほしいのです」


 それは偽らざる本心です。エイヤにはエイヤの人生があります。事実上、貴族となった今、彼女は大きな力を手にしました。それは彼女自身を破滅に至らしめるかもしれない力です。実際、リテーヌ様でさえも上手く立ち回らなければ、今ごろには国外追放の身となっていたかもしれません。


「スローライフって? 王宮生活はどう見ても充分スローライフでは? 私、ここに来てから、すっごい暇してますけど?」

「……それは貴女が。いえ、何でもありません」

「ハブられてるからですかね?」


 それではわたくしも『ハブられ』仲間ということになってしまうではありませんか。わたくしは望んで距離を取っているのです。一緒にしないでいただきたいものです。


「確かに民の暮らしに比べれば、のんびりと暮らせるように見えるかもしれません。けれど、心穏やかな時間はここにはありません。貴女もこれからは妬みや僻みに晒され、政争や謀略に巻き込まれることになるでしょう」

「えぇ~やだなぁ」

「だからこそ、わたくしは王宮のいざこざから距離を置いているのです」

「あぁ~それな~」


 あまりにも軽薄な反応に、こめかみを押さえます。


「……誰のせいで、わたくしの平穏が脅かされているのか分かってますか?」

「馬鹿王子でしょ」

「ぷっ……」


 思わず顔を背けます。


 ……。否定できないのがつらい。しかし、彼女を諌めるのもわたくしの責任です。


「そういうところですよ、エイヤ」

「やっと笑ってくれた」


 エイヤはニヤニヤとしています。こういうところはスイと少し似ている気がします。


「……笑ってません。王太子殿下が元凶とはいえ、これからの貴女は公人です。貴女には、自らの言動一つ一つに責任が生じるのです」

「ねぇ、本音ぶっちゃけてもいい?」

「……ええ、構いませんよ。今更です」

「だったらさ、一生、波風立てずに大人しく過ごすのが理想なわけ?」

「それが貴族社会で無難に生きる術です」

「……私はやだな、そんな人生。なんて言うか、ちっさくない? 無難に孤立するのが、真のスローライフなの?」

「……いえ、そういうことでは」

「ぽふぃ?」


 考えてみればそうです。わたくしは無難に孤立することでスローライフを目指してきましたが、それをエイヤに押しつけることが本当にスローライフといえるのでしょうか。


 スイが次々と仲間を引き入れてくれたおかげで、スローライフ実現に向けて前進してきました。けれど、スローライフとは押しつけることではないのです。


 確かに私たちはテイマーとテイムされた幻生生物の関係であり、対等な関係とはいえません。それでも、仲間であり、家族です。


 わたくしに寄り添ってくれるスイ、縁の下で黙々と働くことを好むアピィ、お母様やその侍女達にも愛想良く振る舞っているラックスとラクシア――。彼らのそれぞれの性格や能力に合わせて、過ごしやすい環境を整えるのが、主であるわたくしの務めです。そして、彼らが平穏に暮らせてこそのスローライフなのです。


「だったらさ、バーンと行こうよ! バーンと」

「はい?」

「目指せ、全国民スローライフ!」

「ぽふぃ♪」

「そんなの無理に決まってるじゃないですか」

「出来る! 絶対出来る! やる前に諦めてどうすんの!」


 彼女の背後に爆炎を幻視します。まるで新兵を鍛え上げる近衛長官のようです。マイナス十度の湖に飛び込み、湖を沸騰させるような御方です。


「はぁ」


 このわたくしが気圧されていました。


「だからさ、養子とか侍女とか、堅苦しいこといわずにさ、まずはスローライフ仲間ってことにしない?」

「……そんなことを言う侍女がどこにいますか」

「いるよ、ここに」

「ぽふぃ♪」


 ……わたくしは言い返せませんでした。


 スイがエイヤを助けるように言わなければ、わたくしは、気の毒だと思いながらも、見て見ぬ振りをしたことでしょう。ある意味、スイのおかげで、王宮では絶対に得られなかったものが、今、目の前にあるのです。


 きっとスイは分かっていたのでしょう 。スイはスイなりに考えて、わたくしが〝テイム〟するのにちょうどいい人間を探し、エイヤを選んだのかもしれません。


「では、そういうことにしましょう」

「おーけー!」


 固い握手を交わします。全力を込めて。


「ちょま、痛い!痛いって」

「ところで、これはスローライフ仲間としての忠告ですが、だからといって礼儀作法を学ばなくて良いというわけではありません」

「痛い~」

「いきなり馴れ馴れしいんですよ」

「いてててて、ギブ! ギブぅう!」

「ぽふぃ~♪」


 エイヤの悲鳴と、スイの嬉しそうな声が同時に部屋に響きました。



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