波乱の予感
「おはようございます、スイちゃん」
「ぽふぃぽふぃふぃ」
寝ぼけ眼のスイはわたくしにお辞儀のような仕草をします。きっと「おはようございます」と言ったのでしょう。
「よく眠れましたか?」
「ぽふ~」
なんだかまだ眠そうです。
昨夜はわたくしが眠りに落ちるまで、発光石を光らせるために頑張ってくれたからでしょう。
「よしよし。わたくしは、支度をするので、その間は寝ていてください」
「ぽふ~……」
わたくしの枕の上で、すやすやと眠っています。
――大手を広げて、無防備な姿ですね。そんなところも可愛いスイちゃんです。
わたくしはいつものように顔を洗い、宮廷ドレスに着替え、髪を整えます。スイに苦労をかけるわけにはいかないので、ろうそくを――。
いいえ、お母様も侍女にラックスとラクシアの世話を任せるのです。わたくしもスイに任せるべきでしょう。扉に近い、一つだけ燭台にろうそくを立て、スイを起こしにいきます。
「スイちゃん、朝食に参りましょう」
「……ぽふぃ~」
わたくしの肩に乗り、こくりこくりとしています。
この、わたくしが職人に作らせた〝コルセット着けてる風に見える宮廷ドレス〟の生地には一種の幻素樹脂が編み込まれています。そのため、物理干渉が難しいスイでも、あまり力を使わずに肩に留まることができるのです。ちなみに、スイによると幻素は幻素でも美味しくはないようです。
「二号君の名前を考えておきましょうか」
「ぽふ~……」
やはり眠そうなスイちゃんです。
壁一面に細やかな彫刻が施された荘厳な通路を一人と一匹で歩いて行きます。
その時でした。
「あのぅ、すみません~」
背後から声を掛けられます。振り返ると、見るからに挙動不審な下女がそこに立っていました。
思わずむっとします。これは王宮では……いえ、貴族社会では非常に無礼な行為だからです。許されてもいない下位の者が、目上の者に対して自ら話しかけるのは御法度です。ましてや、背後から呼び止めることなど……。
そこまで考えて、ふと気付きます。いくら下女とはいえここは王宮。平民の中でも上流層の子女達です。その程度の常識を弁えぬ者が混じっているとは思えません。
「あっ、あの……、炊事場ってどこでしょうか? 行けと言われたのですが、道に迷ってしまって」
下女が王宮の中で道に迷う。そんなことがあるでしょうか。
侵入者……?
じっと彼女の顔を見ます。どこか幸薄そうな顔つきです。亜麻色の髪に翡翠のような瞳。制服にはしつけ糸が付いたままです。スパイや暗殺者ならこんな目立つ者を寄越すでしょうか?
「ぽひ?」
わたくしの警戒を察知したのか、スイが目を覚まします。このまま、当たり障りなく接しながら近衛兵に引き渡すのが良いでしょうか。
……。
いえ、この幸薄そうな顔には見覚えがあります。
「まさか、貴女は……」
「あ、はじめまして。私、エイヤです! 貴女は!?」
そう、この下女の制服を着た女は、お兄様が婚約破棄騒動を起こした原因の平民娘、そして今の側妃候補です。
わたくしは頭を抱えました。