夜
廊下を歩きながら、わたくしは溜息をつきました。
「それにしても、お母様も難題を仰いますね。民の役に立てと」
「ぽふぃ~」
「わたくしの力では、王宮すら変えられないというのに」
「ぽふぃ?」
「……まあ、それは、追々考えることにしましょう。まずは理想のスローライフを実現しなければなりません。わたくしにできるのは、そのお裾分けだけです」
「ぽふぃ!」
「そういえば、二号君の名前はまだ決まっていませんでしたね。わたくしが付けても良いですか?」
「ぽふぃ!」
「では、明日の朝、朝食後に二号君と話して決めましょう」
「ぽ~ふぃ♪ ぽ~ふぃ♪」
スイはうれしそうに、わたくしの周りをくるくると泳ぎ回りました。
しかし、そんな楽しい時間も終わりを迎えます。わたくしの私室の扉を開いたとき、目前には暗闇が広がっていました。
ああ、そうでした。ここ数日、三号君……もといラクシアのおかげで、ろうそくに着火する作業から解放されていたのでした。
「……ラクシアはお母様のところでしたね」
「ぽふぃ……」
今日に限って、燭台にろうそくを立てることもしていません。その上、今日は新月です。僅かに差し込む廊下の光を頼りに、ろうそくを探します。
「結局、ろうそくに頼る生活に逆戻りですね」
「ぽ~ふぃ」
スイの声とともに、部屋がふわりと淡い光に包まれます。まるで月明かりが部屋に差し込んだかのように。
振り返ると、発光石の欠片の上で、スイが傘をパタパタとさせていました。石が放つ僅かな光はスイの体内で乱反射し、まるでランタンのように、それでいて、ろうそくのようにゆらゆらと部屋を照らしていました。
「ぽふぃ♪」
「ありがとうございます、スイちゃん」
わたくしはその光を頼りに就寝の支度をし、ベッドに横たわりました。
「理想のスローライフからは一歩後退ですが……こういうのも悪くないですね」
「ぽふぃ~」
スイは声量を落とし、囁くように応じました。
「おやすみなさい、スイちゃん」
「ぽふ~」
わたくしが眠りに落ちるまで、スイは淡い光で部屋を照らし続けてくれました。