派遣
「お母様、スタッカが参りました」
「入りなさい」
お母様はろうそくの光で読書をしていました。凸レンズのモノクルを外します。
「完成したのね」
「はい」
わたくしの手には四号君の入ったオルゴール箱。そして、頭上には消灯状態の三号君が浮かんでいました。
「お母様、この箱の蓋をお開きください」
「ええ」
箱の中には四号君がみっちりと詰まっています。
「きゅみ」
「きゅい!」
三号君が点灯し、部屋が真昼のように明るくなりました。
「閉じてみてください」
「きゅむ」
「きゅい!」
部屋は暗闇に包まれ、再びろうそくの光に支配されました。
「開けてみてください」
「きゅみ」
「きゅい!」
お母様は箱の中に視線を落とします。
「あら、箱の中にもスイボがいるのね。狭くないのかしら」
「はい、お母様。この子はここがお気に入りのようです。蓋を閉めても通り抜けられるので心配ありません」
「そうなの」
「紹介します。箱の中にいるのが四号君、天井で光を放つのが三号君です」
「名前はないのかしら?」
「はい。……実はこの子達をテイムしているのは、スイなのです」
「そうなの? スイ」
「ぽっふぃ!」
スイは自慢げに胸を張るようなポーズを取ります。スイボに胸はありませんが。
スイボがスイボをテイムすることは世紀の発見級のできごとですが、お母様は驚く素振りを見せません。もしかすると鑑定スキルで、スイとこの子達の関係を見抜いていたのかもしれませんね。
「――それ故に、わたくしには名前が付けられないのです」
しかし、お母様は顔をしかめます。
「いけないわ。家族には名前が必要よ」
「ぽふぃ~……」
スイは少し気まずそうです。
「お母様、スイは人の言葉で名前をつけられないのです」
お母様はスイに視線の高さを合わせて、そう問います。
「ならば、わたくしが代わりに名前を付けても良いかしら?」
すると、スイは嬉しそうにくるりと宙返りしました。
「ぽふぃ~♪」
「四号君はオス、三号君はメスかしらね」
「ぽふぃ!」
お母様はA++ランクの鑑定スキルの持ち主です。他人のステータスウィンドウを覗くことなど朝飯前ということでしょう。
「さすが、お母様の鑑定スキルは素晴らしいですね」
しかし、お母様は、ふふっと笑います。
「あら、スキルは使ってないわ。知識だけよ」
「知識……ですか?」
「四号君はセキジュウジクラゲに、三号君はコクカイビゼンクラゲにそっくりだわ。スイはキャノンボールジェリーかしら」
「……? クラゲの種類ですか?」
実はわたくし、クラゲには詳しくないのです。興味がないので。
「ええ、海のクラゲの特徴からの類推よ。雌雄の特徴も似ているようね」
「お母様、どうしてそのような知識を」
「昔はね、クラゲが好きだったのよ、ユージンがね。おかげで、わたくしのほうが詳しくなってしまったわ」
「え……あのお兄様が?」
スイを見ただけで恐れおののいて逃げ惑うあのお兄様が、クラゲ好き? にわかには信じられません。
「ええ、昔の話だわ」
お母様は遠くを見据えて微笑みました。そして、再びスイに視線を戻します。
「さて、名前だったわね。四号君はラックス、三号君はラクシアはどうかしら? 光という意味よ」
「ぽふぃ♪」
すると、二匹が青く光りました。
ステータスを開くと、二匹の名前が更新されています。四号君はラックス、三号君はラクシアです。なるほど、遠慮せずにスイの代わりにわたくしが名前を付けてあげれば良かったのですね。やはり、お母様には及びません。その、天然の……図々しさというか。
「ラックス、ラクシア、よろしくお願いするわね」
お母様は二匹に微笑みかけます。
しかし、二匹はぼんやりと曖昧な笑みを浮かべただけでした。
「きゅい?」
「きゅみ?」
まるで、話を聞いていない時のお兄様のようです。
「……この子達は人の言葉を解さないのだったわね」
それが今までスイボが役立たずと誤解されていた理由でした。テイムしても言うことを聞かず、ただゆらゆらと宙を漂うだけ。しかし、それは人の言葉が彼らに理解できなかっただけだったのです。
「はい、お母様。けれど、わたくしのスキル〝C#〟なら、ラックスが開閉を感じ取った時、スイを介して、ラクシアに点灯消灯を指示できるのです。お母様は箱を開け閉めするだけです」
「ぽふぃ♪」
すると、お母様はふと真剣な表情を浮かべました。
「……スタッカ。今でなくても良いわ。その力を民のために使いなさい。王族はね、スキルランクでも、嫁ぎ先でもなく、最後は民に何を成したかで評価されるのよ」
「……わたくしは無力です」
「人は皆、無力なのよ。けれど、あるものを工夫して使うのが人の力だわ」
お母様が箱の蓋をパカパカとすると、ラクシアが点滅しました。
次の瞬間、部屋の外で待機していた侍女達が堰を切ったかのように雪崩れ込みます。背後には近衛兵まで控えていました。
「王妃殿下、何かございましたか」
「この光を見たのね」
「はい、左様でございます」
「スタッカ、光は照らすだけでなく、このように意思を伝えるためにも使えるのよ。活路を見出すことも民への貢献だわ」
「……はい」
「アニー、新しい家族を紹介するわ。ラックスとラクシアよ」
「……スイボですか?」
「ええ、スタッカから借りたのよ。お世話を貴女たちに任せるわ」
「スイボを……」
お母様の侍女アニーの目は灰色に沈んでいました。
「そういえば、女官の公募制が始まるそうね。なんでも主の推薦状が必要だとか」
アニーの目がキラリと光りました。
「はっ! このアンネリーゼ・オーペランド、全力でお世話いたします!」
さすが新興貴族、オーペランド男爵家のご令嬢。現金な感じがダダ漏れです。
この国において、侍女は私的な従者で、女官は正式な官職です。同じ王家に仕える従者でも、ステータスは女官の方が高く、古代語風にいえば公設秘書のようなものです。役人との折衝を担当し、事実上は国政に携わることになります。
……この王宮、本当に大丈夫でしょうか。