モブ王女は蚊帳の外
「貴様との婚約を破棄する!」
うわっ、何か始まりましたよ。とてつもなく面倒くさそうなことが……。
それは宮中舞踏会での出来事でした。
お兄様の声に、舞踏場はしんと静まり返ります。煌びやかな衣装を身に纏った貴族達の間に、さっと道ができました。
「公爵令嬢リテーヌ・イェールド! お前がこのエイヤにした悪行の数々を聞くに至った。お前の傲慢さには、ほとほと愛想が尽きた」
お兄様は、どこか幸薄そうな顔の平民娘の腰に手を回し、蔑むような眼差しで公爵令嬢を指差します。どこからともなく、小さな悲鳴や、驚きの声、そしてひそひそ話が聞こえてきました。
しかし、公爵令嬢はキッと睨み返します。
「あら殿下、公衆の面前で……どのようなおつもりですの? その女は、わたくしの愛する殿下を略奪しようとしたのですわよ? わたくしは、ただ穏便にお引き取りいただけるよう促したに過ぎませんわ」
「この期に及んで言い訳か。見苦しいぞ!」
それでも公爵令嬢は冷静に、しかし威圧するような低い声で応じます。
「悪行と仰るならば、殿下はいかがですの? 公爵家との婚約を軽視し、自らの不貞を棚に上げ、あまつさえ、このような場を私物化することこそ悪行ではなくて?」
真っ赤なドレス、絹のように滑らかな黒髪、濃い化粧に吊り目がちなその顔――一見すると悪役そのものです。しかし、その主張には説得力がありました。一方、お兄様はというと――。
「……え? それはだな」
予想外の反撃に目を泳がせています。金色に輝くサッシュとのコントラストのせいでしょうか。一層情けなく見えますね。
公爵令嬢は、カツンと靴音を立てて、一歩踏み出しました。
「我がイェールド公爵家の体面を傷つけた以上、お覚悟がございますのね。ならば……決っ!闘!を申し込みますわ!」
「なっ、決闘だと」
「法によれば、何人たりとも! 決闘に応じ、その結果を受け入れなければなりませんわ。婚約とて例外ではございません。わたくしが勝利すれば、必ず結婚していだきますわ」
公爵令嬢は、ドレスのスカートを裂き、ピンヒールのパンプスを手に持ちました。そして、お兄様に向かって振り上げます。
「えっ、この私か?」
お兄様は後ずさりしながら、決闘する相手はこっちだろと必死に平民娘を指さすお兄様。けれど、怒れる公爵令嬢は止まりません。
「わたくしは、この愛に命を賭けておりますの。さあ、お覚悟なさいませ!」
ドスの利いた声が地鳴りのように駆け抜けます。刹那、お兄様に向かってパンプスが振り下ろされました。
慌てて剣を抜くお兄様。ガキンという重い金属音が、余韻を伴いながら王宮中に響き渡ります。パンプスにあるまじきその音に観衆はどよめきました。刃こぼれした剣身を見て、お兄様は目を白黒させます。
「なっ、なんだその靴は」
「タングステンカーバイドの超硬合金――淑女の嗜みですわ」
不敵な笑みを浮かべる公爵令嬢は、剣を脇に薙ぎ払うと、華麗に舞うようなバックステップで距離を取り、再び靴を構えます。
「そっ、そんな嗜みがあるか!」
ヒュンと風を切るピンヒールパンプス、弧を描く剣。火花が散り、金属音が耳を劈きました。
……。
なんだか不穏な騒動の真っ最中ですが、わたくしスタッカ・ロック=イントアレイは蚊帳の外です。わたくしは、この国の王女ですが、権力闘争には興味がありません。もちろん、恋の争奪戦にも。
「平和が一番です。ね~スイちゃん?」
わたくしの手のひらに、キラキラと輝きを放ちながら、小さな半球体がふわりと現れました。半透明でプニプニしていて、すいすいと空中を泳いでいます。幻の世界に生きるクラゲのような幻生生物、スイボです。
スイボのスイは、わたくしを見上げ、ぷるぷると身体を伸ばします。
「ぽふぃ~♪」
幻生生物は、政争とは無縁の世界からやってきた存在です。いつでも穏やかに、ゆらりゆらりと生きています。
「わたくしも貴方のように生きたいものです」
「……ぽふ! ぽふぃ~♪」
スイを撫でると、楽しげにゆらゆら揺らめきました。丸くて半透明の美しい傘に、くるりとカールした短い口腕。わたくしを見上げる、つぶらな瞳がとてもキュートです。
「スイちゃん、お腹が空きましたか?」
「ぽふ!」
「では、いきますよ。スキル発動〝C#〟! お手!」
目の前に光る文字が現れます。
``` csharp
var builder = WebApplication.CreateBuilder(args);
builder.Services.AddSwibo();
builder.Services.AddSkillDiscoveryMetadataGenerator();
var app = builder.Build();
app.ExposeSkillDiscoveryMetadata("csharp.お手");
app.MapPost("/", async (ISwiboContext context, CancellationToken cancellationToken) =>
{
var swibo = context.Swibos.OfType<SwiboBot>().First();
await swibo.PressAsync(cancellationToken);
return Results.Ok();
});
app.Run();
```
すると、スイが短い口腕を伸ばし、わたくしの指先にピトっと触れました。そして、わたくしを見上げて、ドヤ顔を見せます。
これが、わたくしのスキル、〝C#〟です。
……といっても、テイムしたスイボに簡単な命令を与えることしかできない、外れスキルなのですが。
「けふん」
「ぽふぃ?」
「……これは咳払いです」
「ぽふぃ!」
「よしよし良い子ですね。さあ、エーテルを食べてください」
スイに幻素水晶を与えながら、ふと、お兄様に目を遣ります。
お兄様は床に押し倒され、公爵令嬢のピンヒールが眉間に食い込んでいます。目を離している間に、既に勝敗は決したようでした。
……ああ、哀れなお兄様。
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