第八話「王都へ」
陽光を浴びながら、リクスたちが歩く。
「王都ってどういう所なの?」
テレーゼがリクスに尋ねる。そもそも、人間の住む場所にどんな違いがあるのかを、彼はよく理解していなかった。
「そりゃ、この国で一番大きい街だよ。王様がいる所でもある」
「王様って?」
リクスが説明する。
「偉い人だよ。何でも他の領主より偉いそうだ」
テレーゼは腑に落ちない表情で。
「でも、そんな人が私たちに何の関係があるわけ?」
「そりゃ、王様が政策とかを決めてくれないと他の領主たちも動いてくれないからだよ。王様の行動いかんが僕たちに影響を与えることもあるじゃないか」
ライラは宙を眺めるように、
「私、そこをあんまりそういう場所として見たことないんだ。ライラは貴族さまとは全然縁遠い所にいたから、そういう人たちが世の中を動かすって言われてもあんまり納得できないんだよね」
ライラは首輪をつけられ、そこから伸びる縄はリクスの握る持ち手につながっていた。リクスにとって不本意な処置ではあるが、こうしないとこの盗賊は手が付けられないのだ。
テレーゼが、少し影のある顔を見せて。
「私がいた所も大きな街だったけど、街そのものにあまりいい思い出がないのよね。どこに行っても、半獣としてひたすら変な目で見られて……」
テレーゼの顔色が急に変わった。辛い過去が突然蘇ったらしい。
「嫌なら、言わなくてもいい」 リクスが慌てて言った。
そしてライラが親指を立てる。
「でもまあ、ここじゃ誰もテレーゼさんをそんな風に言う人はいないよ。だってテレーゼさんは、街を救った英雄だから」
テレーゼはライラの声を聴いて、その表情を次第に元に戻した。そして、安心した顔つきになっていった。
しばらくして反対側から、傭兵が近づいてきた。
「やあ、リクス、テレーゼ」
(私は無視か!)
「昨日はよく眠れたか?」
「ああ。激しく戦ったかいがあったよ」
「王都に出立しないといけないんだ。準備を速くしとけよ」
「はーい」
しばらくカスティナ市を歩いた。昨日、帰還した人たちがあちこちで城塞での体験を話していた。再会できた人もいたが、できなかった人もいる。
リクスは、あらためて自分が救えなかった命のことに思いを馳せずにはいられなかった。
成り行きで、あんな活躍をすることになってしまった。
英雄なんかでもないのに。リクスは少しも誇らしくなかった。むしろ罪悪感を感じた。テレーゼやベネディクトが、素直にリクスの功績に感心していたことに対しても。
「ちょっと、トイレ行ってくるけどいいかな?」
テレーゼは、申し訳なさそうな顔をライラに見せた。
便所に入った。二人から見えなくなった。
その直後リクスは震えながら、両手で頭を覆った。
誰も俺の言うことなんて信じないんだ。
俺は英雄じゃない。こんなことをする資格のある人間なんかじゃない。
(信じないはずだ。誰も、僕のことを。そう言われたはずじゃ――)
彼らにこんな姿を見られてはいけない。
リクスは立ち上がって、扉を開けると、
「おいーっす!!」
見せない。そんな弱い姿は。リクスは完全に理想の自分を演じていた。
「ごめん、すごく長く待たせて」
「いや、そんなに長く待ったつもりはないんだけど」
ライラとテレーゼがまごついているのも気にせず、リクスは、踊るように体をねじらせ、
「王都に向けて土産を買っていこうと思うから、売っている店を探してくれないかな。あと、見つけたからといって報酬は出ないからね?」
片目をつむる。
「この守銭奴!」 罵るライラ。
ライラはそろそろ首輪をつけられているのが我慢ならなくなった。まるで家畜のような扱いではないか。
こんな不格好な物をつけられ、周囲の視線にさらされるなど、屈辱の極み。
(そんなに私が信用できないっていうの?) ライラは苛立っていた。
「さっさとこれ、外してくれない? 動きにくいんだけど!」
「君は何をしでかすか分からないからね」
「でもライラだっていっぱいあんたたちの役に立ったじゃん!」
「役に立ったからこそ怖いんだよ。それくらい頭の回転が速くて、いざ敵に回った時に脅威じゃないか」
「ライラは二度と敵になんかならないから!」
「敵にならないなんて保証があるなら、解放してやるけど」
ライラはしたり顔を浮かべて、
「よーし、ならこれからは私がみんなのリーダーになってやろうじゃないの。そうすれば裏切ることもなくなる」
リクスが人差し指を立てて、
「じゃあみんなの旅費とか食費を用意してくれるよね?」
「えっと、ここら辺でおすすめの安い肉屋さんとか知らない?」 しらをきるライラ。
リクスはいよいよ、首輪を解こうとする考えを捨てるに至った。
テレーゼは、困った顔を浮かべたが、さほど嫌そうにもしていない。もうライラはそういう人間なのだという風にあきらめていた。
「私はね、自由じゃないってのが一番嫌なの。だからみんなをあの牢屋から解放してやったのに、何で私があの時のみんなの立場にならなきゃいけないわけ?」
「君は本当ならとうに昔にお縄についていただろうからね」
「本当は、僕たちをはめる前から他の人にも同じことをしてたんだろう」
ライラは歯を見せて、
「当ったり前じゃん。今更犯した罪の数なんて覚えちゃいないさ」
この件に関しては、深入りしないことにした。
やがて、ベネディクトたちと会った。
「時間通り、か」
「うん。食糧も十分買い込んできた。これから僕たちは王都に向かうんだよね?」
「王都だよ。数日の長旅だ」
テレーゼには、旅という感覚がよくつかめなかった。これまでずっと流浪の日々を送って来た彼にとって、生きていることは終わりのない旅と同じだった。
ある一つの場所にとどまっている人間の方が多いのだと知識で分かっていても、
長旅か……。
「あの、その首輪とリードは何ですか?」
リクスは嘘をついた。
「これ? 人形を動かすための綱なんだ」
「ちがうっ! 私を拘束するためだよ」 ライラはまたもや激昂する。
ベネディクトは冷ややかに言った。
「でも、小さい子供にあまりに冷酷じゃないですか?」
レカフレドが何とも形容のしがたい表情で、
「子供だから駄目? そんな理由があるのか?」 ベネディクトは不思議に思った。
「彼は社会の成員として、それくらいの仕打ちは正当だろう。今までどんな悪事をしでかしたかと思えば、本来生かしておく価値の人間でもないだろうが」
容赦ない言葉の数々だが、テレーゼには反論の余地がなかった。
「ライラはねー、弱い人から盗んだことはないんだよ。自分で――」
「本当にそのままでいいの、ライラ?」 テレーゼは段々こらえきれなくなって。
「もういい。これから神聖帝国について色々と言っておかなきゃいけないことがあるんだ」
ベネディクトはせかした。視線はただリクスとテレーゼにだけ向けられていた。
一行は馬車に乗り込んだ。
カスティナ市の城壁の外、左右に田園が広がる間を馬車は進んだ。
もう、この街ともお別れか。リクスは何となく物寂しい表情で後ろの城壁を眺める。
一方で、テレーゼはこれから訪れる日々への不安を抱きながらも、馬車の進む方向、地平線の果てに視線を注ぐ。
ライラは、何か言いたげな顔でリクスの頭に目をやる。しかし、なかなか自分から口を開こうとしない。
ベネディクトが話し始めた。
「神聖帝国の指導者が魔物か人間かは、まだはっきりしてない。奴は城の中に住んでいて、滅多に他の人間に姿を現さないそうだ」
レカフレドがつけ加える。
「一般の部下は居城に近づくことすらできず、四天王だけが面会を許されているそうです」
「じゃあ、奴の顔を知る人間はごく限られているんだね」「ああ」
ライラが言う。
「神聖帝国の指導者に次いで偉いのが四天王ってわけだね」
「ああ。その四天王の一柱を俺たちは討ち取っちまった。これに対して、神聖帝国がどう出てくるか分からない」
「問題なのは、神聖帝国は別に人間に対して必ずしも敵対的じゃないってことだ。何より、神聖帝国の支配になびく人間もいるそうだからな。最近はどの国も戦争でごたついているから、まともに生活できない人間が多い。だから神聖帝国の方がいい暮らしができると信じて、そっちに行くわけだ」
テレーゼは気色ばんだ声で、
「冗談じゃない。あいつらは人間も人間以外の種族も平等に奴隷にしているのよ」
「まあ、神聖帝国の支配地では人間じゃない魔物の方がよっぽど多数派だからな。歓迎される保証なんてどこにもない」
テレーゼは自信のない顔でうなずいた。
ライラが身を乗り出すように、
「なら、私たちがこっちの方に引きとどめてあげなきゃ。あいつらの方に行ってもどうせ私みたいにこき使われるって教えようよ」
「それはお前の責任だ(でしょ)」
一同、異口同音に。
夜が来た。実に静かな夜で、敵襲の気配はしなかった。このあたりは森に囲まれた山道であり、あまり人通りのない場所でもある。
まだ王都に至るには数日を要する。
ライラは焚火の前で座り込み、沈黙していた。
ベネディクトが寝ずの番をしていた。
まだライラは起きていた。眠れなくて当然だろう。相変わらず縄につけられていたし、その痛みがいよいよひりひりしだしたからだ。
ライラはあくびをあげながら、
「どこまでライラを苦しめるつもりなの?」
ベネディクトに尋ねる。ごく静かで、穏やかな声で。
だがそれがベネディクトにとっては不安を掻き立てる。
「その様子からすると、お前の怒りも相当たまっているらしいな。寝首をかくつもりじゃないだろうな?」
「まさか。ライラ、そこまで卑劣なまねはしないさ」
リクスたちはぐっすりと寝ている。レカフレドも藁をしいて伏しており、ハーゲンはまだうとうとしているらしい。
「まあ、執行猶予みたいなものだと思うがいい」
ベネディクトは彼らを指さして、
「こいつらは、俺と同じだ」
ひっそりとつぶやいた。
「俺も、こいつらと同じように成り行き任せで戦士になったようなもんだ。別に誰かの役に立とうとなんか思っていなかった。ただ、自分がやりたいこととか、やらなければならないことを果たしていった末に、ここにいるんだよ」
それから傭兵は盗賊に、
「お前はどうだ? お前も俺みたいに、ただ目の前の現実に翻弄され、気づいたらこんな風に生きていたんだろう。ずっと、翻弄されるだけの人生を送って来たんだろう?」
ベネディクトはライラの幼い顔を眺めた。
自分の娘と同じくらいの年頃だ。しかし、表情や、目つきはまるで違う。単に外見の話をしているのではない。生きて来た道があまりに異なるのが、はっきりと分かった。
ライラは誰からも必要とされず、誰にも存在の価値を求めてもらえないまま、娘と同じ年月を生きてしまったのだ。これは、内面をいくら推し量っても仕方ないだろう。ベネディクトには、無理をして理解できない者に寄り添おうとする優しさなどなかった。
この女の境遇を想像するなど、人が馬や犬の頭を理解しようとするものだ。
「私もここ数日翻弄されてばっかりだよ、ほんっと」
ライラはくどくどと、
「あんたたちはライラが翻弄しまくっているように見えるかもしれないけど、むしろあんたたちがライラを翻弄してんの。誰が好きで怖ろしい四天王の一人を仕留めるの?」
「だがの助力がなければベルディオを倒すことはできなかった。お前は、少なくとも有益な人間だよ。だから、生かされている」
「へー、有益か。なんかやだな。ライラ、そうやってだって私がみんなを道具として使い倒すんだもん。誰かに道具として使われるなんて想像するだけでも身の毛がよだつな」
しかしここから少し顔をあきらめ、
「でも、悪くないかな? この生活も。スリル満点だし、刺激にあふれてるし、何より他人を裏切るのが心地いい。こんな暮らし、渓谷にいた時じゃ絶対味わえなかった」
ライラは鋭い歯を見せて笑う。彼は実に単純で御しやすい人間だとベネディクトは思った。基本的に実利でしか動かない人間なのだ。
だが、一方でリクスは危うい奴だとも。少年は、まるで自分が善良であろうとして行動しているように見える。本当の気持ちを隠し、ただ、体面を重視して、人当たりのいい性格を演じている。
なるほど、それで救われる人間もいるだろう。あながちに否定することでもない。だが、その後は?
「俺は、お前を道具として使い倒す。その報酬としてお前はスリル満点の生活を楽しめよ。それで問題はないな?」
ベネディクトは、正直な人間だとライラは思った。一つ一つの言葉が冷酷で突き放すような雰囲気にあふれているが、それでも綺麗ごとを並べ立てるだけの人間よりはよほど誠実。
「ふん、やっぱりあんたと話しているとやっぱり飽きないね。少なくともリクスなんかより心地いいよ」
「仕事柄、それがマナーなんでな」 ベネディクトは、ライラのように笑った。
王都まであと数日の距離。雲一つない快晴の日。誰もが早めに目を覚ますことができた。
ベネディクトが馬の世話をしていた。
リクスは伸びをして、テレーゼが王都の方向を眺め、ライラがあくびをしている。
キジバトの鳴き声がしていて、本当に今が戦争の時代であるのかどうかと疑うほどだった。
草むらに座って、ひとり剣を研ぐハーゲンが一際深刻な顔をしていた。
「しかし、気が重いもんだな。俺たちがやり遂げたことはあまりにでかい。同じ功績を期待されるんじゃねえかと気が気でならねえよ」
レカフレドはさほど悩ましい表情はしていない。
「でも、リクスくんがいるからには、何となくやっていける気がするんだ」
ハーゲンは
「だが、奴らは俺たちの想像をこえて手ごわい相手だぞ。誰もが」
ライラが、二人の方に歩いてきて、
「でも、そこまで神聖帝国って怖ろしい奴らなの?」 ハーゲンの上から問う。
「私、ケルテスを出てからはずっと人のいない辺境ばっかほっつき回ってたから、神聖帝国と周辺諸国の衝突をあまり見たことがないんだよね」
「それはお前が単に鈍感なだけだろう。辺境ならいくらでも聞けるぞ」
ハーゲンは、やや気色ばんでいた。彼らがあまりにも呑気だとばかりに。
「フレーベル王国がどうやって滅びたか知ってるだろう? あいつらは――」
「ねえ、見てよ見てよ!」
リクスが叫んだ。
一同が声がした方向を向くと、草むらの中でリクスが腰まで、手を水面に叩きつけて、
「泉だー!」
「ただの草じゃん」 あきれるライラ。
リクスは強弁する。これが、決して怖ろしいものではないと確証させるかのように。
「これがどれだけ美しいか分からないのか? つやがあって、波がある。これの何が綺麗じゃないっていうんだ」
「感受性豊かなのねー」 腕を組むテレーゼ。
「大事な話の時にはぐらかしやがって……」 むっとするハーゲン。しかし、リクスの顔に邪気がないのを見るとうかつに文句は言えなかった。
一同の困惑に対し、ただ、リクスは笑顔を浮かべるばかりだった。
誰もが、リクスをつかみどころのない人間だと思った。
悪い人間ではないことだけは確かだ。しかし、それ以外、何も分からない。一体何が彼をそういう風に形づくったのか。
あらゆる関所や、山と野原を越えて、長い旅がついに終わった。
一同は、巨大な城門を前に立っていた。リクスが前に進み出て、勇壮な城壁の石垣をつらつらと読み、感慨にふける。
「ここが、王都ケルテス……!」
「めっちゃ懐かしっ。一体どんなものが盗めるのかなー?」
「よしなよライラ。私たちはあの戦いのことを報告しにいかなきゃいけないんだから」
まだ誰も、この戦いの行く末を知らなかった。




