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第七話「信じてくれる者のために」

 リクスとベネディクトに率いられ、囚人たちは上の階層にかけ上がった。

 彼らは倉庫に蓄えられた鍬や鎌を手に取って、来るべき戦いに備えた。

「俺が殿しんがりになる。お前が指揮を取れ」

 ベネディクトは、リクスを信じた。

「分かった」 そしてリクスも、ベネディクトの信頼に答えたかった。

「みんな、そろったな?」 リクスは彼らの顔を一人一人注視した。

 誰もが怯えている。本当は、心の中で恐怖を感じている。

 だが、ここであきらめてしまえば全てが終わりだ。

「安心してくれ。僕に従えば、無事に助かる」

 彼らを心配させたくない一心で、リクスは彼らに説いた。

「だって、僕は勇者としてここにいるんだから」

「さあ、あの四天王の一柱を倒しに行こう!」

 囚人たちは、歓声をあげた。戦いへの恐怖をなくすために。敵に復讐することへの喜びで、心をみたすために。

 果たして、向こうから魔物の群れがやってきた。鎧に身を堅め、明らかに硬い鉄でできた槍や剣で武装している。

 だが幸運にも、最初から真正面から彼らと戦う必要はない。

 テレーゼとライラだ。

 ライラを笛を吹きならすと、魔物たちが耳を塞いで苦しみ始めた。

 テレーゼは耳を塞いでいたが、それでも船酔いのような気持ち悪さが胃の底から湧いて来るのを禁じえなかった。

 この笛は、明確に魔物を苦しめるために作られた魔法の笛だ。

 テレーゼは半分魔物なので、どうしてもその効果を受けてしまう。笛を吹き終わると、ライラは彼の肩を叩き、

「よし、テレーゼさん、今だよ」

「うん……分かった」

 ライラに言いたいことは沢山あったが、半獣の少女はこの戦いが終わってからライラに思い切り喝を入れることに決めていた。

 テレーゼは、すでに先ほど兵士を倒すのに一度力を発動してしまった。あまり時間を置かずに再びあの状態になってしまうと、恐らく力を制御できずに暴走してしまう可能性があった。だからこそ、ある程度だけ、獣人の状態に入る。

 本来の獣人にくらべれば数段力は落ちるが、それでもこの牙や爪を生やし、人ならざる体躯を宿した時のあの恐ろしさは、あの洞窟以前でももう味わっているのだ。その時のことなど、テレーゼは、もう思い出したくもない。

 テレーゼは、鋭い爪を生やしていた。敵の顔を切り裂いた。魔物たちがひるんだ隙を見計らって、リクスは囚人たちと共に突っ込んでいった。

 こんなことはしたくない。

 誰かに暴力を振るうことなど、耐えられない。しかし、今ここで立ち向かわなければ危うい人がいるのだ。

 あの時のリクスやテレーゼのように。

 だから、テレーゼは目をそむけそうになる。


「やはり、どいつもこいつも、役に立たんかったな」

 ベルディオはラドクリフの干からびた亡骸を恨めしげに見下げた。こうやって部下を罰したのは相手に非があるとベルディオは思いたかった。

「出世だ。出世しなければ俺は生きていけないんだ……」

 ベルディオは滅ぶべき種族の生き残りだった。かつて人間が増え始める前から、彼らは世界の片隅にずっと存在し続けていたのである。

 知性を持ち、歩行する植物。

 水と肥料すらあればどこでも生きていける、決して死に絶えるはずのない生命ではあるが、運悪くも彼らにはある弱点があった。彼らの体は様々な病気を癒す薬となったのである。ずっと誰も訪れない沼地の中にひっそりと生息していたこの種族はある魔術師が発見されたことで、格好の資源となってしまった。

 知性植物は生命力は強いが、抵抗する力を持たない。

 ベルディオの仲間は狩り尽くされたのである。元から知性植物は数が少なく、たちまち絶滅の危機が訪れた。

 人間の魔の手から逃れるため、ベルディオは逃げた。

 ベルディオに力を与えたのは『あのお方』だった。神聖帝国に仕え、力を尽くす見代わりに、『あのお方』はベルディオをより強い者に鍛え上げたのである。

『あのお方』に何としても報いなければならない。

 ベルディオは、扉を凝視した。騒音が、次第に近づいていた。


 テレーゼは、うつむいた。

 何とか敵を追い払うことには成功したが、囚人たちの中にも怪我人は多かった。

 敵であろうと味方であろうと痛みにあえぐ声を聴くのは、気が滅入る。

「ここの敵は全滅した」 ベネディクトは冷ややかに言った。

 レカフレドが、始末した兵士から剣を取り上げながら、

「だが……数人が犠牲になった……」 地面に倒れ込んだ人々を見る。

「犠牲は犠牲だ」 傭兵。こんな情景など、もう何度も見て来たと言わんばかりに。

「違う。僕たちの罪だ」 リクス。

「僕が不甲斐なかったせいで、みんなを傷つけてしまった……」

 ハーゲンはリクスをにらみつける。

 会ってまだ間もない若者だが、このきざな物言いは実に気に障る所がある。

「あんた、まるで自分が英雄にでもなったような物言いだな。自分で命を左右できるみたいな……」

「こんな時に言い争う必要はないだろ。この若者も、恐怖から逃れるのに必死なんだ」

 囚人たちは不安げにベネディクトとリクスを見つめていた。これから四天王と戦うことへの恐怖が募っていた。

(英雄なんかじゃない)

 リクスは本当のことを言いたかった。しかし言えなかった。

 全部嘘だ。ただ、相手の望んでいる姿を演じているだけだ。

 誰かを助けたいわけではなく、嫌われたくないだけでここにいるに過ぎない。

 ここにいること自体に、どうしても現実味がない。

「俺たちはここから四天王のベルディオを倒しに行く。危険な戦いだが、信じてくれ」

 囚人たちは黙って彼らに従うしかなかった。

「君たちは外で待っていてくれ。ここからは……」

「俺たちが決着をつける。ほら、こう言ってほしかったんだろ」 ベネディクトが面倒くさそうに。


 ついに扉に入った。

 四天王が果たして、彼らを待ち構えていた。

「人間ごときにこの俺が倒せると思うなよ」

 ベルディオは鋭く並んだ歯を見せて笑った。

「引け!」 叫ぶベネディクト。

 その直後、リクスたちに向かって鋭い何かが飛んできた。

 壁に穴が開いた。地面に、細い溝が流れた。

 腕や肩から生えた蔦が荒れ狂い、まともに近づくこともできない。

「くそ……」

 ベネディクトは剣で敵の枝を数本切り払うことができただけだった。

「剣の精霊よ、我に加護を!」

 傭兵は呪文を唱えた。すると剣に光が走る。剣をさばく手が軽く名り、

 ベネディクトは剣を振り下ろした。

 ベルディオの体に刃が刺さった。

 だが、ベルディオは少しも痛みを感じていない様子だった。

「それで何かやったつもりか?」

 ベルディオはベネディクトのみぞおちを蹴り上げた。肩幅の広い、体重が相当なはずのベネディクトの体が反対側の壁に吹き飛ばされた。

 ベルディオの蔦がベネディクトに走り寄り、脚に巻き付く。

「小娘ぇ! どんな方法で苦しめてやろうか!?」

 ベルディオは怒りの形相でライラに近づいた。

 ライラは、脚を崩していて、ただただ震えるばかりだった。

「もはやてめえの裏切りにはこりごりだ。八つ裂きにしてくれる」

「さ……さすがに今回は許されませんよね?」

 恐怖のあまり失禁してしまう。腰の服地を濡らしながらも、しかし口元は媚びるような笑みを隠しきれない。

「おい!」

 リクスが後頭部に一撃を喰らわせた。力の限り、二振りの棍棒で殴りつけたのだ。

 予期しない攻撃に、ベルディオの頭がへこんだ。

 眼球が飛び出そうになった。しかし、ベルディオは全くひるまなかった。

「どいつもこいつも、無駄なんだよ!」

 ベルディオは血走った目を見開き、叫んだ。すぐさま元通りにふくれていく後頭部の中に、棍棒がとりこまれそうになる。

 リクスは片方を何とか取り戻すことができたが、もう片方はベルディオの頭を貫いたまま、取り上げられてしまった。

 ベルディオは棍棒を頭に差したまま、ふらついた足取りでリクスに近づいていく。

 ベルディオは無言で、リクスの胸倉をつかんだ。

(俺は『あのお方』のために報いなければ……!)

(どうしたらいい!) 絶望するリクス。

(ここであきらめてしまえば……僕は……この名前を……)

「リクスさん!」

 ライラが叫んだ。

「部屋の隅に植木鉢があります! それを狙って!」

「待て!」 ベルディオの声がそれまでとは明らかに違っていた。

 その時だった。ほとんど昏倒していたベネディクトが立ち上がり、燭台を持ち上げて植木鉢へと走り寄る。

 だが、ベルディオの蔦が肩から伸びる。それはベネディクトの動きよりも速く――

「そうはいきませーん!」 頭に刺さったままの棍棒を、レカフレドが思い切り引っ張る。

「うおらあーっ!!」

 ハーゲンがベルディオの首を斧で切りつけた。

 ベネディクトは、燭台の火を植木鉢に植えられたサンセベリアに灯した。

「ぎ……やああぁ!!」 ベルディオが倒れ込み、苦しみだした。

 火がサンセベリアから伸びた根をつたい、ベルディオの元に火花となって接近。


「おい……離れろ!」

 血相を変えて、ベネディクトが叫ぶ。一同が慌ててベルディオから離れる。

 四天王は倒れ込み、燃え上がった。

「あいつの体そのものが木だったんだ。そして、恐らくうまく操作するために木の中の管に栄養が素早く行き渡るようにしていたんだな。だから一瞬でああなった」

 ベネディクトが説明する。

(まだ、『あのお方』に何もできていない……)

 ベルディオの体の自由がきかなかった。

(ここで朽ち果てるわけにいくか……!)

 絶望と、憎しみだけが彼の心を満たしていた。

 だがもう、体からあらゆる感覚が消え果てていた。もう、ベルディオにはただ現状に対するやり場のない憤りだけが満ち溢れていた。

 こうなるなら。いっそ会わなければ良かったのだ。


 数分後、もうベルディオの体は灰となっていた。

「敵とはいえ、何ともひどい方法だな」

 ライラが腕を組み、

「はん! みんなを苦しめた当然の報いよ。ざまーみろよ」

 ベネディクトがライラの両肩をつかんで、怒鳴りつけた。

「……最終的に勝てたから良かったが、お前のせいでどんな目に合うか分からなかったんだぞ! よくも我々をこんな目に遭わせてくれたな!」

「おー、怖い怖い」 ライラは全く、自分が悪いとは思っていないようだ。

 リクス以外にも、彼のこりない様子にすっかりあきれ果ててしまった。

 すると、ぎしぎし、と声が聞こえた気がする。

 そして、地面が揺れる。

「え、何これ。地震?」 うろたえるテレーゼ。

 その揺れ自体はごく小さく短かったが、揺れが収まった後には地面が何となく傾いているように感じられた。

 すると、石の粒がリクスの頭に当たった。

 一瞬だけリクスはぽかんとして、そして胸に緊張が走る。

「まさか……ベルディオがこの城塞を支えていたのか? あの伸びる蔦を、全体に走らせて……」

 ベネディクトも、冷汗をかく。

「だとしたら、さっさとこんな所から脱出しないとな。もう俺たちには一刻の猶予もないんだ」


 彼らは元来た道をたどって、地下道路から外に脱出した。

「まさか予想もしなかったぞ。四天王の一人を倒せたとはな」

 崩れる城塞を後にして、一同は囚人を連れて平原を歩いた。

「お前には感謝せんぞ。ただ運が良かっただけなんだからな」

 ライラはふてくされる。

 レカフレドがすかさず、

「でも、皆さんが一人でも欠けていたら、ここに生きて帰れませんでした」

「そうそう! だから私に――」

 ハーゲンがライラの言葉を遮る。

「いや、安心するのはまだ早い。なにしろ四天王の一人を倒した所でまた別の奴が補充されるだけなんだからな。あいつらの首魁には色々な部下がいるんだ」

「たとえ補充されなかったとしても、三人の幹部がいる。何も解決したわけじゃない」

 ベネディクトの声は重々しかった。

 これで神聖帝国はいよいよ本腰を入れて大陸の征服にかかるだろう。このカスティナ市の防衛戦は、彼らを本気にさせてしまった。

「木の力を司る奴の他にも、火の力、雷の力、水の力を司る奴らがいる。どいつもこいつも手ごわい奴らばかりだ」

 四天王。強大な神聖帝国の、情け無用の最高戦力。

「これからどうするつもりなの?」

 リクスは尋ねた。

「俺は、これから王都に行く。今回の件を伝えなければいけない」

 ベネディクトは、リクスに、

「あんたはどうする?」

 リクスはその言葉を待っていたかのように、表情を明るくする。

「ちょうど、僕もそこに行こうと思ってたんだ!」


 また、リクスは元の宿屋に戻った。

「おい、見ろよ、あの人たちだ!」

「英雄だそうだな!?」

 待ち構えていたように、客たちがそこに集まっていた。

 彼らはたちまち周囲から歓待を受けた。テレーゼは、リクスを『エドガー』と呼んだ人物が中に混じっていたのを見たが、言わなかった。

「酒なら無料だ! いくらなんでも飲んでくれ!」 カウンターから身を乗り出して、主人が叫ぶ。

 リクスはとしては、洪水のような彼らの好意は到底受け止めきれなかった。

「すっかり、英雄気分だね!」

 ライラがほめそやすように。

「え、英雄なんかじゃない」

 リクスはすっかり照れた様子で、

「英雄を謳歌してもいいんじゃないの?」

 疲れていたのと、ライラへのいら立ちで、つい語気を荒げてしまう。

「英雄の謳歌なんて、明日にする」

 空気を悪くしすぎないように、口を挟むテレーゼ。

「そもそもリクス、そんなの好きじゃないんじゃないかな。みんなに褒められるのって」

「そっかー。まあ私だって元悪人だし、あんまり善行を自慢できる身でもないかぁ」

 あまりに色んな事が置き過ぎた一日だ、とリクスは思った。テレーゼは二度も力を使った疲労のせいか、ベッドに寝るや完全に熟睡してしまった。

 ライラも、もう悪事を企むだけの余裕はあるまい。

 さすがに昨夜のようなことは起きないだろう……。






「えーん! また護符のせいで身動き取れなくされちゃったよー!!」

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