第六話「脱出、そして蜂起」
「おい小娘、こいつらの一味だったんじゃないのか?」
「それだけじゃないんです! 私、こいつらに脅されて色々汚い仕事されて……」
「どうしてだよ……ライラ……」
ピースサインをして、憎たらしいほどの愛嬌をふりまいてみせる。
「だって、当然でしょ? ライラは強い人の味方なんだもん!」
「連れて行け」 ベルディオが命じると、屈強なゴブリンが次々とリクスたちに手錠をかけた。
ライラは高らかに笑った。
ベネディクトは黙ったまま座り込んでしまった。
「お前らは知らなかったのか? あいつが裏切るつもりだったってことを」
ハーゲンはわめいた。
「僕だって知らなかった!」
リクスが失望に満ちた声で。
「まさか妹がそんな卑劣な人間だったなんて!」
「妹じゃないでしょ……」
テレーゼがあきれる。
「でも、一つだけいいことがあるよ。ライラは、私が半分獣人だってことを教えなかった」
冷たい檻をつかんで、
「でも、この牢獄じゃ私の力でも破壊するのは無理かも」
「そうか……」
ハーゲンはただただ、苛立ちの溜息をつくばかり。
「くそう、あの小娘を連れて行かなきゃよかったんだ!」
誰もが、絶望にくれていた。
ライラは失望していた。もう少しベルディオが喜んでくれるものだと思い込んでいたのだ。
ライラはおずおずと。
「あのー、ちゃんと報酬教えてもらえますよね?」
「何言ってやがる?」 冷淡に突き放すベルディオ。
「てめえごとき裏切り者に報酬なんて与えるわけねえだろ。おいラドクリフ、こいつに銅貨一枚をくれてやれ」
きっとなるライラ。
「はあ? 銅貨一枚じゃ一か月も過ごせないじゃない!」
「ふざけるな。お前ごときにやる金なぞねえ!」
ライラはいきなり腰のあたりを両手で抑え、
「ちょっ、ちょっと用を足したくて!」
「勝手にしろ!」
ライラは廊下を歩きながらぶつくさと。
「何なの、あの男! 悪魔! 枯れ木!!」
ライラは文句をぶちまけた。寝返りさえすれば何かもらえると思った自分が馬鹿だった。
カスティナが脅かされているなどライラにはどうでも良かった。さっさとこんな城塞から抜け出して、リクスたちとはもう二度と出会わないように遠く離れなければならない。
とりあえず、この城塞の内部だけは知っておきたい。
「あれがベルディオ殿だ。気前のいい方じゃないだろう?」
ライラの側には、褐色の鎧を着たオークがいる。首元に何かの鍵を提げている。
「申し訳ないが、最近あの方は何かと機嫌が悪いのだ。水分の少ない所にいるせいもあるが、何かと功を焦っている」
「で、」
すると、廊下の壁際に巨大な檻が広がった。それを見るや、ライラから損得勘定に関する考えがぱたりと消えた。
「何なのこれ……」
人々が座り込んでいる。きっと疲れ果てているのだ。子供もいる。それを見た時、ライラは
別に義憤などではなかった。
許せないと思った。自由に人が生きていけない世界がある、ということが。
「貴様に」
「我々の目的は世界を管理することだ。そのためには自由を奪わなければならん」
ライラは個人的に怒った。
「冗談じゃないね。私は、誰かに拘束されて生きているのが一番嫌なんだ」
「誰かの奴隷になることでしか生きていけん奴もいる。俺もそうだった」
「でも、私はそうじゃない」
「つうか、あのベルディオって奴が気に食わないの。あいつが人を苦しめている限り、誰かが不幸になりつづける……」
ライラは笛を取り出した。
そして音色を奏でた。
「ん!? あーっ……」
オークは耳を塞いでそのまま泡を吹いて倒れ込んだ。この音色もまた、笛を与えてくれた人から伝授した呪いの音楽。この笛の怖ろしい力に、ライラは感心しつつも恐怖を感じずにはいられない。
ライラはオークの首から鍵をもぎとると、リクスたちのいる牢屋へと駆け込んだ。
「まだ、希望はある」
長い沈黙を破るようにして、リクスは言った。
「希望があるだって? どこにあるんだ?」 ハーゲンが投げやりに。
「まだ僕はみんなのことを何も知らないんだ。みんなにどんな力があるか、」
「何か起きたらしいな」
「おい! 何が起きたんだ!?」
「貴様らが知る必要はないことだ」
その時、とっさにテレーゼは一芝居を打った。
「ねえ、あなたたちは私みたいな半獣でも歓迎してくれるのよね? こんな奴らと一緒にいるのなんて嫌なの!」
その意図を汲んだリクスは、
「テレーゼ、君だけは助かるつもりなのか!?」
ハーゲンだけは真に受けて、
「この人でなしが!!」
レカフレドがハーゲンの肩をつかむ。
「落ち着け!」
リクスが懐にもうない武器をつかもうと。
「この半獣め、僕が成敗してくれる!!」
「くそが!!」 看守たちがついに鍵を開ける。
その時だった。テレーゼが門番を蹴倒した。ベネディクトとリクスがその腹を蹴り、顔を殴りつける。
看守がもう動かないのを確認してから、一同は慌ただしく外に出た。
「ここがどんな構造になっているかは分からないけれど、とにかく走って逃げるしかないみたいね」
ハーゲンはテレーゼをにらみつけていた。テレーゼは、ハーゲンの視線を避けるようにリクスの表情を注視。。
「困ったな。武器があればいいんだが」
「あとで考えようよ、そんなこと」
リクスたちは走った。
すると目の前から看守の一団が迫って来た。
「脱走者だ!! 追え!」
「……テレーゼ、やってくれるか」
リクスは半獣の瞳を正面から見据えて。
テレーゼは、一瞬どきりとして、それから葛藤した。この力を、誰もが求めてきたのだ。半獣という兵器に。
そもそも人を傷つけることが、テレーゼにとってこの力は今すぐにでも捨てたいものだった。
「分かった」
十秒後、魔物たちが壁にめりこんでいた。
「この悪魔……」 ハーゲンは思わずつぶやいた。
「悪魔なんかじゃ……」
否定するテレーゼ。
「いや、悪魔でいい。どうせ、私なんて誰からでも恐れられるんだから」
リクスは、頭をかきたい気分だったが、
「そうやって自分を責めるんじゃないよ。僕は君をそんな人だなんて思いたくないんだ」
それから、
「さっきはあんなことを言ってすまなかった。演技でも、やっぱり人を傷つけることは言いたくない」
テレーゼは冷たい天井を仰いだ。少しだけ、前よりも明るく見えた。
「人、人、か……。全く、人間にしか興味のないお方ですな」 ハーゲン。
やがて前からライラが近づいてきた。
「ライラ!」
一番最初に彼を見て声を上げたのはリクスだった。
「やっぱりあんな奴らには付き従わないことにした。人々を不自由にしておいて、何が正義だよ……ほら、あんたたちの武器はここにあるよ。向こうの部屋に置かれてたのを持って来たの」
リクスの棍棒と、ベネディクトの剣を引きずるようにして。
「おお、それは助かる!」
ベネディクトは袋を指から吊り下げるようにして見せびらかした。
「実はこっちも敵から金貨の袋を奪ってきた所なんだ」
「え、それまじ!?」
ライラは目を輝かせた。
「ああ。向こうの倉庫からくすねてきた。お前も見て行ったらどうだ?」
「分かった! 探してみる!」
そして、リクスから袋を奪い取った。
「お、おいっ」
ライラはあかんべをして、
「よーしっ、じゃあライラはここでずらかるから! じゃーねー!!」
反対側へと走り去る。
「おい、小娘!」 ハーゲンが憤る。
しかし、リクスは涼しい表情を崩さない。
「いや、彼はじき戻って来るさ。腹が立っていたから、こっちもあいつを騙すことにした」
「では、どう騙したんだ?」 少年に目を向けてベネディクト。
「それは……」
「ふざけんなぁ!!」
ライラは地団太を踏んだ。金貨の袋だと教えられていたものは、ただ布などを固定するように、石を詰めただけの袋だったのだ。
「くっそー! こうなったら、思い切りぐれて、神聖帝国の仲間になってやる!」
彼は元来た道をたどって、再び四天王の間へと駆け込んだ。
「ベルディオ様ぁ! ベルディオ様いるぅ!?」
木の四天王はまさに怒髪冠を衝いていた。頭と肩から枝や蔦が伸びて、頬にひび割れた模様。
「何だ小娘!? 奴隷どもが脱走したのは貴様のせいだろう!?」 枝の何本かがライラに押し寄せ、首筋をしめつけようとする。
「ち、違います! あのリクスとかいう奴らが脱獄して奴隷どもを逃がしたんです!」
ライラは巧みな演技を駆使し、涙を流した。そして、もっともらしい嘘をついた。
「騙されんぞ。どうせまた」
ライラは弱々しい雰囲気をまとってはいるが、その心はいかにベルディオを欺くかに全神経の歯車を回転させている。
「いや、今度こそ私は奴らを裏切ることにしました。その証拠に、今から軍事機密に関してお教えしようと思います」
「ほう、機密とは何だ?」
「カスティナ市は、短期決戦を行うつもりです」
「短期決戦だと?」
「はい。彼らには三日間の備えしかありません。そのため、籠城戦という選択肢がないのです。また、彼らは街の外に兵士を分散させています。ゆえに街そのものの防備は手薄。ここから北西の方向に、彼らの駐屯地があります。そこにいる兵士が、街の兵力の七割。これをつぶせば、もはやカスティナ市を守れる者はおりません」
「……いいだろう。奴らを我が軍勢で急襲しひねりつぶしてくれる」
(くすくす。ここまで馬鹿になってくれるなんて)
ベルディオは不敵な笑みを浮かべ、側近に向かって号令する。
「今から軍勢を集めろ。これよりカスティナ軍征討のための軍議を始める!」
ベルディオのその表情こそ、ライラが一番浮かべたいものだったのだが。
その時、ラドクリフが戻って来た。
ライラはすかさず彼を指さし、
「ベルディオ様、こいつです! 彼が、リクスたちを脱獄させたんです!」
「何だと!?」
ライラが走り出した。
「私がリクスたちを捕まえて参りますっ!」
「貴様、まさか奴らを逃がしたな!?」
「ち、違います! 私はただ――」
ラドクリフはベルディオによって干からびてしまった。
その悲鳴を聞いた時、ライラは恐怖を覚えながらも、一瞬だけ振り向いた。
その時、妙に部屋の隅の植木鉢が揺れていた。
「ライラが戻ってこないが、どうする?」
ベネディクトは、リクスに問うた。
リクスは言った。
「あの子は、間違ってもあいつらに利益をもたらすことなんてしないさ。ずっと、自分のために生きて来た奴なんだって」
リクスにとっても、ライラの破天荒な行動は理解に苦しむものだった。
「きっとあれは、僕たちの味方じゃなくて、神聖帝国の敵なんだ」
「なら、なおさら厄介な奴らしいな。神聖帝国に抗うために、俺たちの邪魔すらするなんて」
「まあ、最終的な目的が同じならそれでいいさ。僕たちはそのために共闘できるんだから。お、来たようだな」
腕を振り回しつつ、慌ただしい舞を踊りながらライラが近づいて来る。
「ベルディオにみっちり嘘を叩きこんでおいたよ。カスティナ市を襲わせないように、わざと違う方向に城塞を進めるように教えておいたんだ」
それから頭をかき、
「……さっきのこと、怒ってる?」
テレーゼが腕を組み、
「怒ってるよ。本物の金貨を手に入れるまで、あんたにつきまとってやる」
レカフレドも眉間にしわを寄せていた。
「君にはほとほと困り果ててるんだ。全くこの一日で予想外のことがどれだけ起きたか」
「でも、私のおかげで作戦は有利に進んだでしょ?」
「何を言っている。お前はとんでもなく危険な賭けに我々を巻き込んでいるんだぞ」
ベネディクトはかなり怒っている様子だが、この状況では相手を責める暇などない。
ライラは全く悪びれていない様子だった。
「私は、みんなを解放する。わけもわからずに苦しめられるなんて耐えられないからね」
「そして、あんたたちはベルディオを相手するの。あいつにカスティナ市を攻撃させちゃいけない」
「この城塞を内部からぶっ潰そうってわけか。全く、大した作戦だよ」
ライラはさらにしたり顔を浮かべた。
「でも……捕まった人はどうする?」
リクスの懸念にベネディクトはすぐ答える。
「それなら任せとけ。俺が彼らを安全な場所に避難させる」
彼は、もう個人の感情を出さずに冷静な口調で語った。
「時間の猶予は少ない。俺達だけでこの土壇場を乗り切らなきゃいけないんだ」
「で、どうやって囚人を助ける?」 とハーゲン。
「じゃじゃーん!」 鍵を見せるライラ。一同がたじたじになってしまった。
「この戦いが終わったら、あの偽物の金貨の袋のこと、謝ってよね」
「僕たちを騙したことをわびてくれるなら、考えてやるよ」
二人は怒りを含んだ笑いを浮かべながら、人々が収容されている場所へと向かった。そこは地下だった。侵入した通路よりももっと薄暗く、情緒の感じられない場所だった。
ライラとリクスは檻の前に立った。人々は二人の姿を見ると、口々に「助けてくれ!」とわめき立てた。
「今助ける! だから、落ち着いて聞いてくれ。今から僕たちはベルディオと戦わなきゃならない。みんなの力が必要なんだ。手を貸してくれるか?」
「おう!」「やるとも!!」 人々はみな、自分を虐げたベルディオに対して怒りを募らせていた。
なるべく大衆を刺激しないよう、注意を払いながら人差し指を立てて静まり返らせるリクス。
「僕の名前はリクス・カレイド。今、ベネディクトさんが上で戦っている。ベネディクトさんに従えば僕たちはみんな助かるんだ。敵は」
檻の南京錠に差し込んだ。すると、うまく穴が合った。
鍵を開けた。人々の瞳に光が戻り始めた。
ライラは叫んだ。
「さあ、これであんたたちは自由だよ!」
囚人たちが次々と脱走を始めた。ライラはいい気味だった。
(さてと、この混乱にまぎれて雲隠れしようっと)
人々の狂乱を何とか抑えるべく、リクスは声を張り上げる。
「これからベネディクトさんと合流する! その時まで誰一人としてはぐれるんじゃないぞ!!」