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第四話「宣戦布告」

 とんでもないことになってしまった、とリクスは悔いた。

 テレーゼを助け、ライラと会い、洞窟を抜けてここまで来た。これほど密度の濃い日を過ごしたのは久しぶりかもしれない。

 旅路に他の人を巻き込ませるのは不本意だった。今までリクスはほとんど一人で旅をしてきたからだ。しかし、リクスは彼らと勝手に別れるわけにはいかない、という重責を感じていた。ライラはほうっておくと何をしでかすか分からないし、テレーゼは一人だと明らかに危うい。

 そもそも、事の発端は……。

「起きてるの、リクスさん?」

 ライラがすぐ横で見つめてくる。ベッドに横たわったまま、顔だけはこちらを注視している。

「起きてるよ。昨日はぐっすり眠れたかい?」

 ライラは不満げな表情、険しい目つきに。

「眠れるわけないじゃん。あなたに色々説教されたんだから」

「申し訳ないね。これからは君に色々厳しく言ってやらなきゃいけないかもしれない」

 ライラは起き上がって、上からリクスを見下ろしつつ、

「言いたきゃ言ってなよ。私はそう簡単に悔い改めないんだから」

 テレーゼに挨拶しようかと扉を開けた時、ちょうど反対側の扉から、テレーゼが出てきた。

「二人とも、だいぶん長く話し合ってたわね」

「そりゃ縁談のことで話し合ってたからさ」

 溜息をつくライラ。

「何言ってんの。私なんかに言い寄る男なんているわけないでしょ」 自嘲気味に。

 自分が悪人であることを自覚しているライラは、そういう色恋沙汰を遠いものだと思っていた。。

「リクスって、なんか冗談多いわね」(その内、取り返しのつかないことになるわよ)

 テレーゼは、この点ではあまりリクスを好きになれなかった。

「こんあご時世だからさ、軽口叩かないとやってられないじゃん?」 リクスは軽薄なまでに口答え。


 酒場の方で、メイドから出されたパン切れと牛乳を分け合いながら、三人は話し合った。まずテレーゼが質問した。

「リクスは、これからどうするつもり?」

「王都に行くよ。神聖帝国から逃げなきゃいけない」

 ライラはいぶかしげに。

「逃げて、どうするの? どうせまたそこにも奴らが押し寄せてくるかもしれないのに」

「残念だけど、僕はそこまで悪に立ち向かう勇気なんてないんだ。流れるようにしか生きていけないんだよ」

 リクスは、静かにそういった。

 ライラはそれを聞いて、不満に思った。

(何だよ、こいつ。もうちょっと見込みのある奴だと思ったのに)

 あの洞窟での一件で、ライラはリクスに罪を償わされる目に会った。その時一瞬だけ、ライラは自分の所業に罪悪感を覚えた。

 だが一瞬だ。もうこの時点でライラは、罪悪感など忘れ去っている。それどころか、さらに彼らを陥れる策を思いついていた。

 ……そうだ。もうちょっとだけ、こいつらを困らせてやろうか。

「テレーゼ、君はどうするんだ?」

「決めてない。けど、あんたともう少し行動を共にしてもいいかどうか」

「王都まで行くつもりはないか?」

 リクスと別れることが、本当は怖かった。彼のような人間と今後出くわせる可能性は、限りなく低い。しかし、テレーゼにはリクスに心を委ね切ることのできない枷が、深く根を下ろしているのである。

「そこまで好意には甘えられないわね。私も私一人でこの先生きていかなきゃいけないし」

 テレーゼは諦めていたのだ。これまでの、誰かの奴隷として尽くさせられる生活の中で、もう他人を心の奥から信じられなくなっていた。

 だが、リクスは違う。リクスを信じることなら、できる気がする。しかし、それが恐怖なのだ。もしそれで、裏切られたらどうなってしまうだろう……?

「まあ、そこであんたたちとはお別れね」 故に、テレーゼは嘘をつく。再びひどい目に会う可能性を避けるために。

 リクスは、そんなテレーゼの思惑には少しも気づかなかった。

「そっか。もう少し君とは一緒にいたかったんだけど……」

 宿を出た。空は澄み切っていた。世界の混沌とした状況などまるで素知らぬふりをしている。

 だが、急に鐘の音が響いた。甲高く、つんざくような音色。城壁の尖塔から聞こえてくる。三人の心臓に衝撃が走る。

「まさか、敵襲?」

 市民が慌ただしく通りを駆けて行った。

 鎧を着こんだ男たちが城壁の上に集結する。

 もう、奴らが来たというのか。焦るリクス。

「私は神聖帝国の四天王の一人ベルディオ!」

 宙に人間が浮いている。その足元には、茶色い枝のような何かがうねりながら地上へ続いている。

「な……何なんだよあれ!」

「貴様らが大人しく降伏するならば、命だけは助けてやる。だがもし抵抗しようというのなら……」

 石畳が砕け、地面から突然蔦が伸びた。それは明らかに何かの意志に従って、曲がりくねり、次々と数を増やしていく。

 教会が木に覆われた。

「おい、まじかよ!!」「このままだと私たちは……」 群衆のおびえる声。

 ベルディオはさらに続ける。

「……何が起きるか分からん。猶予は三日間だ。いいな!!」

 そういうと、彼は、城壁に隠れ、下へと消えて行った。

 リクスは、震えることしかできなかった。

 四天王だ。神聖帝国の尖兵を従える四人の幹部。その一柱が、この街を狙っている。

「うっわ。どうするの、リクスさん?」 ライラが、心底嫌そうな声で。

 リクスは率直に言った。

「そ、そんなの、……戦えるわけない」

 これは本当の言葉だ。恐怖を感じている時に嘘など出てくるはずもない。

「戦えない?」 ライラは失望した顔を浮かべた。

 テレーゼは、二人の顔を見て、憮然と立ち尽くすばかりだった。

 彼には、この時のリクスが演技などではなく心の底から恐怖しているのが分かる。きっと、四天王の恐ろしさを身に染みて知っているのだ。

 リクスは今にもここから逃げたがっている。だが、奴らの包囲のせいで、この都市から出られそうにもない。テレーゼは、途方に暮れてしまった。

 宿から大通りに出た時には、すでに街の様子が一気に物々しくなっていった。鎧を着こんだ男たちがせわしなく通りを歩き回り、城壁の上から金属の音や馬の鳴き声が聞こえてくるようになった。

 昨日のどこか殺気立った雰囲気の正体はこれだったのだ。街の人々はいずれこの日が来ることを察知していた。

「ああ、何で私はまたこんな目に……」 手で顔を覆うテレーゼ。

 そこに、鎧姿の二人が通りかかった。

「困ったぞ……戦える奴が少ない。奴ら、この時を待っていたんだな」

「援軍を呼ぼうにも、隣の街から遠い」

 その時、ライラがとてつもなく不敵なしたり顔を浮かべていた。

 間髪を入れず、ライラは堂々と叫んだ。

「ここにいまーす!!」 リクスの手をつかみ上げ、大声で叫ぶ。

「この人はね、私のお兄ちゃん! 超強いんだよ、私を助けてくれたし!」

「は、はあ!?」 リクスもテレーゼも面食らって声が出なかった。

「君は、誰だ?」

「あ、あと、このお姉ちゃんもすごいんだよ!? ものすごく速く動いて戦えるの!」

「ちょっ、ちょっと!」

 テレーゼは慌てて否定しようとしたが、ライラが早口でまくし立てる。

「きっとこの二人なら、この街を救えるかも!?」

 兵士の一人が、首をかしげる。

「そりゃ、どういうことだ? 何か証明するものがあるのか?」

 ライラは、勝手にリクスの武器を脚から抜いて解説を始める。

「見てよ、この武器を。これ、色んな所にジョイントがあって組み合わせられるでしょ?」

「おい、やめろ、よせ!?」 きっとなってリクスはライラにつかみかかろうとしたが、衆人環視の前で小さな女の子に腕を揚げることはさすがにできなかった。

 兵士はリクスとテレーゼの全身をつらつらと眺めた。

「この体格、明らかに戦いの経験があるようだな。どう思う、レカフレド?」

 レカフレドと呼ばれた男は、短くこう。

「参事会まで来てもらおう」


 数時間後彼らがいたのは、由緒正しい石造りの建物。一階の控室に通された三人は、そこでしばらく一言も交わさず、あまり心地よくはない古びたソファの上、楕円形の机の一端にそって座っていた。

 控室はやや広く、あと数人は入れる空間がある。壁の一面には黒板があり、その側に都市を示す旗が立てかけられている。

 リクスは、

「とんでもないことをしてくれたな。僕はあの時、もうここから逃げようとばかり思ってたのに」

「だってー、私はリクスさんの戦いぶりをもうちょっと見たかったんだもん。テレーゼさんに助けられたから、ごく少ししか見られなかったんだし」

「戦いぶりが見たいから?」 リクスは思わず拳をにぎりしめそうになる。

「はーいごぺんなさいごぺんなさーい」

 リクスはますます腹を立てた。

「謝って済むことじゃない。君はあいつらの恐ろしさを知らないんだ」

「知らないなら、経験するしかない。私は、経験してないものの怖さなんて理解できないんだから」

 テレーゼはしかし、思い当たる節があった。

「元はといえば、あんたがライラのことを妹って言ったからこんなことになったのよ」

「そ……それは……」

 図星。リクスはさすがに言う言葉がなかった。あの時の自分の発言を後悔した。こういうことになるから、嘘なんてつくべきじゃない。

「でもまあ、あんたらと一緒に長くいられるなら、そんなに悪い気はしないかな」

(違う……僕にこんなことできるわけがない)

 リクスは黙り続けた。

「……ふざけるなよ」 顔を片手で半分隠し、小声で。

 その日だ。その日を、ずっとリクスは記憶に焼き続けていた。

 決して誰にも教えたくない、あの日。

 あの日を、また経験しなければいけないというのか。

 テレーゼは、リクスを今にもか細いまなざしで見つめる。

 ライラはにこにこして自分の世界にひたっている。

 リクスにはライラを責めるつもりはなかった。ここにいる人々を見捨てることに、何の呵責も感じないほど自己中心的にはなれないからだ。

 リクスが耐えがたいのは、責任を負ってこの先しばらく忍ばなければならないこと。

(これが僕の始めた物語なら……僕はその運命を受け入れるしかないのか)

 扉が開いて、最初に声をかけた男が入って来る。

「君たちが、志願兵だね?」

「はあ……そうですが」 テレーゼがリクスの辛そうな様子を見やりつつ。

「兵力は貴重なんだ。できることなら、君たちの力が欲しい」

「ういっす! もちろん私は気力もりもりっすよ!」 ライラは敬礼して、自慢げに。

 そしてリクスの背中をゆさぶり、

「ほらお兄ちゃん!! あなたも十分に戦えるよね!」

「え? ああ……うん」 リクスは、自身なさげに。

 次第に、他の兵士も集まって来た。黒板の上に地図が掲げられ、円卓の中央にも街周辺の地形を示す地図、敵と味方の位置を示す駒が設置される。

 レカフレドも入ってきた。

「君の力は?」

 テレーゼは迷った。彼らに、このことを教えて良いかどうか迷った。

 ライラは、無邪気に笑っている。何とも安心できない笑みだ。そうやって人を安心させてどれだけ裏で騙してきたのか。

「……半獣だ。でも、安心してくれ。この子は悪い人じゃない」

「本当なのか? それは」とハーゲン。

 テレーゼは躊躇したのち、自分からフードを降ろした。

「私は、この力を今でも恐れているんです。もしかしたら今この瞬間に力に乗っ取られるかもしれないって」

 人々がざわめいた。

 レカフレドが相方に言った。

「俺は獣人が嫌いなんだ。俺の親父はあいつらにひどい目にあった」

 ライラが肩をすくめる。

「こいつもその一匹なのか? なら生かしておけねえな……」

 相方はレカフレドの肩をつかみ、たしなめる。

「よせ、ハーゲン。俺にはそう危険な子には見えないぞ」

 場の空気がどんどん険悪になってくる。だがそこへ、

「やあ、お前ら!」

 場違いな声が急に流れてくる。

「この俺が来たからには、もう大丈夫だ!!」

 それまでテレーゼに対して向けられていた恐怖や敵意が、瞬時に去った。

「ベネディクト殿だ!」

 緑色の髪、浅黒い肌。肩幅は広く、頼もしげな雰囲気を放っている。

「すまないなあ、みんな! つい到着するのが遅れちまった!」

 歯を見せて笑う。

 リクスもテレーゼも、見知らぬ者の登場に、ただただあっけにとられるばかりだった。それに対して、

「ベネディクトって……まさかあの、ベネディクト?」

 何か知っている様子のライラ。

「し、知ってるの?」 テレーゼが訊く。

「この辺で活動してる、凄腕の傭兵。本物を見るのは初めてなんだ」

「ん、そいつは? 獣人か?」

 その時、ベネディクトはテレーゼの存在に気づく。

「あ、あの……私は……」

 リクスは、立ち上がって、

「その通り、彼は獣人だ。でも安心して、暴れ出すことなんかない。僕はきちんと、力を制御しているのを見たんだから」

 ハーゲンはなおも、警戒を解かない。

「ベネディクト殿、いいのですか? 神聖帝国は数体の獣人を懐柔し、仲間につけしていると聞きます。いずれこの娘も奴らに引き込まれるに違いありません」

「いや、違うんだ。彼は神聖帝国から逃げてここに来たんだから」

 リクスは、大声で反論。

「彼は神聖帝国に敵意を抱いている。力はまだ不安定なものかもしれないが、必ず神聖帝国への抵抗のために戦ってくれるかもしれないんだ」

 テレーゼは、どういえば分からなかった。無論、神聖帝国に従えるわけがないのだから、奴らからいくらでも逃げ回ってやろうとは思う。

 しかし、奴らに対して戦えるのか? また、あの力を使わなければならないのか? 恐怖を感じる。しかし、この状況ではそれを伝えることもかなわない。

 溜息をつきながら、少しの間目を泳がせるベネディクト。

「とりあえず、先に名前を聞きたい。話はそれからだ」

「リクス・カレイド」

 そう言って、少年は傭兵に手を伸ばした。

「ベネディクト・ゴドウィンソン。一体ここに何の用だ?」

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