第三十八話「近づく決戦」(終)
グレンドールは、はっきりと殺されたがっている。
リクスは、彼を手にかけたくなかったし、むざむざ死んでほしくもなかったが、明白に死に場所を求めている彼の気迫には屈さざるを得なかった。グレンドールはあの魔王を憎んでいる。そして僕たちと戦って死のうとしている。では、僕にどんな方法があるのだ。
リクスがこのことを一同に伝えに行った時、誰もが通夜のような重苦しい雰囲気の中にあった。
「受けて立つ気か?」
リクスは、そこに隠された意味をはっきりと察した。
「お前があいつにかなうとは思えないが……本当にやるつもりなのか?」
ベネディクトは問うた。
「受けて立つよ。でも、これは僕とあいつだけの問題だ。他の人間を巻き込むわけにはいかない」
「どういうこと?」 テレーゼは、この戦いに行ってほしくなかったが、それでもリクスの固い決意をくじくわけにもいかなかった。
「いずれ分かるさ」
テレーゼは怪訝な表情。
「……どういうこと?」
だがもう、それ以上リクスは何も言わなかった。
ハイドリエンは、記憶を読まれたため、ガドールの居城に行き、能力を強化してもらうことにした。
「しばらく、貴様にはここにいてもらうことになるぞ。護衛としてもついてもらいたいからな」
「仰せのままに」
今回、リクスはコルネリオたちの協力を仰がないことにした。今回の件を説明したうえで、リクスは、「私一人に戦わせてください」と奏上したのだ。
「なぜだ? なぜ我々の援軍を断るのだ」
「敵は我々が想像する以上手ごわい相手です。無駄に刺激すれば厄介なことになる……」
顔をしかめるコルネリオ。
「我々はすでに各地で勝利を収めつつあるのだ。なぜ今更敵に配慮してやらなければいけないのだ」
「話にうまく乗らなければいけないと思います。敵とはいえ、ある程度の条件を飲んで戦いに臨まねば無礼でしょう」
リクスは落ち着いた声で語った。グレンドールのことだ、必ず何か意味がある、などとはこの頑固な貴族に素直に打ち明けられなどしなかった。
荒漠とした大地、カスティナの英雄たちとグレンドールがわびしく立っていた。
カスティナの英雄たちからリクスだけが数歩進んだ先に立ち、四天王の一柱と向かい合う。
誰一人、二人の会話に割って入ろうとする者はなかった。
「俺は、お前をここで倒さなければならない。そうしないと命が危ういんだ」
「お前はそこまで僕を倒したいのか?」
「君は強い。ずっと敵との戦いで勝利し続けたんだろう」
リクスは叫んだ。
「だが、僕はここで殺されるわけにはいかないんだ。僕にだって」
「そうはさせない。そうなれば、俺が不名誉な目に会うことになる」
両手の棒を握りしめる。
かつての英雄の忘れ形見を、今こうして持っていることにリクスはあまりにも重い責任を覚えた。
あの時、あの人には救えないものがあった。そして、僕はその人たちの命を受け継いで生きて行かなければならない。
だが、それはグレンドールにしても同じことなのだ。
リクスは、グレンドールの胸を蹴り上げた。そしてリクスの右手に持つ棒が突然伸び、鋭く飛び出してグレンドールのみぞおちを突く。
少年が持っている武器は、もうあのリクスが手にしていた物とは違う。
ビルガメシュが改造してくれたものだ。棒の中に様々な仕掛けが施されており、見た目以上の威力を発揮するように作り変えられていた。
ほとんど同じ重さであるにも関わらずリクスは、その棍棒が前よりも遥かに強力になったことに驚いていた。
グレンドールは、リクスから若干飛び去り、距離を取る。
「どうやら、グレンドールは使命を果たすつもりはないらしい」
ガドールは嘆くように言った。そしてついに、自分の住まう城塞をリクスたちの上空に現した。
巨大な空に浮かぶ砦が現れる。
「あれが……!」 テレーゼとライラが、空を見上げ、突然地上を覆った異様な闇の正体に驚いた。
「グレンドール、何をぐずぐずしている? つまらん遊びをさっさと終わりにしないか」
グレンドールは空を見上げ、言った。
「閣下、どうか軍団を送り込んでいただきたい」
「いいだろう」
ガドールの声が周囲に響き、砦の下に巨大な穴が開く。
リクスは、グレンドールの思いの内を理解し、叫ぶ。
「今だ、グレンドール!」
グレンドールは砦に向かって炎の一撃を放った。
巨木を何本も束ねた、神殿の柱ほどもある太さの火柱が虚空の中に忍び込み、空を切り裂くように光り輝く。
「何だと……!」 火柱はガドールのいる場所までたどり着き、彼の胸に軽くない一撃を与える。
ガドールはのけぞり、その体が玉座にめりこんだ。
しかしガドールも切れ者。とっさに激昂し、
「この、卑怯者が!」
即座に魔法を撃ってグレンドールの重傷を負わせる。
「君は……仲間だよ」 リクスは彼を助ける手立てを必死に打ったが、グレンドールはそのどれも拒んだ。
「いや、俺はあくまでも敵だ。たまたまお前と目標が同じだっただけだ。だからお前の味方になる資格なんかない」
だが、この男はリクスの意志
「だが……最後にこれだけは言わせてくれ。本当はこんなことを言ういわれなんかないが……」
リクスはグレンドールの瞳をまっすぐ見据え、
「頼む、どうかガドールを倒してくれ!」
グレンドールは、こときれた。力なく砂の上によこたわる彼の側に、魔法陣が光り輝きながら刻まれた。
リクスは、彼の意志を受け継いで、地面に移る魔法陣を踏んで仲間と共に砦の中に吸い込まれていった。
その中は暗闇だった。わずかな灯が、壁と地面を照らしている。洞窟のような質感はあるが、地面の模様をよく見るとそれは整然と並ぶ石だと分かる。
ずっとこの砦は空に浮かんでいたのだ。そして魔法の力で誰にも見えないように細工をしていたのだ。
そして聞こえるのは、下卑た甲高い笑い声。
アレクシオが天井から勢いよく飛び降り、姿を現す。
「グレンドールのおかげでここまで来れたようだが、もうここから先は行かせないぜ」
リクスは激高した。
「父とアンナの仇……!」
「よくここまで来たな! お前たちに盛大な葬式をあげさせてやるぜ!」
雷鳴が落ちる。リクスたちは苦戦するが、テレーゼが高速移動で攻撃をかわしながら、アレクシオに攻撃を当てる。
「はっ! すげえな!!」
テレーゼとアレクシオが全力で相手を牽制している間に、ライラやハーゲンが、護符に呪文を言い聞かせる。
護符を何十発も打ち込んで、ついにアレクシオを爆発四散させる。
「ふざけるな! この俺様が……てめえら人間ごときに……!」 アレクシオはその直前、ほとんど声にならないような断末魔をあげた。それが終わる前に耳を潰すような爆音が彼の声をかき消していた。
「仇は……取ったよ」
静かにつぶやくテレーゼ。
アレクシオの体の破片があたりに散らばっている。生き物らしさの欠けた金属のような光沢ではあるが、煙をあげながらもぴくぴく震えている。人間ではないとはいえ、生々しい気持ち悪さをリクスは感じざるを得なかった。大して気にしていないかのように踏み鳴らすのはライラ。
ベネディクトは、淡々と言った。
「これで四天王の三人を倒したわけだ」
勝ち誇るように叫ぶレカフレド。
「すごいですよ! このまま奥まで行きましょう!」
「あまり喜んではいられねえよ。何せ最後に待ち構えているのはあのハイドリエンだぜ?」
ハーゲンは言った。
リクスは、彼と激しい戦いになることは覚悟していたが、やはりその時が本当に来るとなるとどうしても息が荒くなる。
「ライラはねー、こういう時こそリクスにはしっかりしてほしいよね。私たちはこれまでずっと生きて来たんだから、今回だって生きて帰れるって断言しなくちゃ」
「こいつ……」 リクスは思わず笑ってしまった。色々と悪事を冒した奴ではあるが、ライラがいることで安心できる時があるのも事実だった。
テレーゼは、アレクシオの破片をつかんだ。それは、まだ熱を帯びていた。そして、火花がぱちぱちと内側から散っていた。これは何かに使えると思い、そのまま手につかんでいることにした。
さらに奥に進むと、通路が枝分かれして、迷路のようになっていた。壁や床が濡れており、じめじめとしていた。
「うわ、ここ」
ベネディクトは言った。
「手分けして進むぞ」
そこで、レカフレドが提案。
「僕が率先して行こうと思います。みなさんが危険に晒されることがあってはなりませんから」
レカフレドは一人で進んだ。敵がいつ、どこからやって来るか分からないという不安はあったが、そんなことで悩んでも仕方がなかった。レカフレドは、今この瞬間に精神を集中させていた。
そしてふと、戦いのことを考える合間を縫うようにして、これまでのことが静かに頭の中に昇り始めた。思えばカスティナ市で彼らと会ってからいつの間にか長い時間が経ってしまった。ただ、行きずりの関係でしかなかったはずなのに、彼らとは固い絆で結ばれるようになった。
しかし、それもまた終わる時が来ている。いつまでも、彼らと行動を共にしているわけにはいかない。
この戦いが終わったらどうやって生きて行けばいいんだろう? 郷里に帰ったらまた元の番兵に戻るのか。
いや、それでもいいが、それだけでは何かが満たされない。久しく、レカフレドにとってほとんど意識の外に追いやっていた類の思考が次々と浮き上がって来る。
僕にも何かやりたかったことがあったはずだ。たとえば――
「あっ」
水が突然レカフレドの膝にまとわりついた。そしてレカフレドはそのまま転げ落ち、水の中に沈んでいった。
しばらくして、レカフレドが戻って来た。
「おい、どうしたんだ?」
最初にそれを見たのはハーゲン。
「何ともありませんよ!」
「敵はいなかったか?」
ベネディクトが訊く。
「ええ、いませんでした。それがどうかしましたか?」
「お前は、敵を見たんだろう? そして、敵の体に犯されたな?」
「何を言って――」
だが、レカフレドの異常に彼らは気づいていた。
ライラが無礼にも指さし、詰め寄る。
「あんた、瞳に光がない! さては、敵さんに載せられたなー?」
レカフレドは冷ややかに笑った。
「ふん! そう言われては仕方がないな」
レカフレドは彼とは思えない冷たい声で言った。
その直後、レカフレドは倒れ込み、水の中に沈んでいった。
誰もがわなわな震えていたが、今ここで感情をあらわにしている場合ではない。ただ、敵がとほうもない存在であるということだけは分かった。
しばらく進むと、闇とささやかな光だけが存在する空間に、一人の女がたたずんでいた。
「ルクレール」
その声に、少年の感情は張り詰めた。この声を耳にして、恐怖をごまかすことはやはり難しかった。
あの日の光景がフラッシュバックする。
「リクス」 テレーゼが横で。それでようやく、
「僕は、あえてリクスとして君に立ち向かうことにする」
リクスは、ハイドリエンの弱点を見せつけた。それはハイドリエンの妹の肖像だった。
「これは……君の妹だ」
ハイドリエンは叫んだ。
「私は……私はーっ!」
水の奥に逃げ込んだ。テレーゼが素早く追いつき、そこを一気にアレクシオの破片を投げつけた。ハイドリエンは感電した。
そこにさらにリクスが、二つの棒で彼の胸を貫いた。
「もう誰も君の言うことを信じないよ」
蒸発しかけのハイドリエンに向かって、リクスは告げた。ハイドリエンは目玉だけを水面から浮き上がらせ、呆然とした目つきを作っていたが、もう何を言うこともできなかった。最後に、彼はかすかなうたかたとなって消えたのだった。
こうして、ハイドリエンを倒した。
さらに進むと、扉があった。
これを越えれば、奴がいる。彼らの高揚感と恐怖はこの上ないほどに高まっていた。あらゆる苦楽は、全てこの瞬間のためにあった。
扉を開け、ガドールの元にやってきた。
「よくここまで来たな! ここからは私が相手だ!」
ライラの笛も、彼には利かなかった。しばらくの間、ガドールは英雄たちを翻弄した。
ハーゲンが気づいた。この空間の床に、一部塗装が違う色になっているのがあることを。
そこを狙うと、突如として激しい攻撃が止んだ。
床に仕組まれた装置を通して、魔法が発動するようになっていたのだ。
「その程度の小細工で、あたしたちを止められるとでも思ってんの!?」 煽るライラ。
「いいだろう。貴様らに面白い物を見せてやる」
ガドールの分身の中から、テレーゼは本物を見抜いた。そして、本物に一瞬で近づき、飛び膝蹴りを喰らわせた。
だが、それでもガドールにはとどめにならなかった。ガドールの体は小柄だが、生命力はすさまじかった。
ガドールは床を這いながらも護符に叫び、魔法を発動し続けた。
その魔法に当たり、ベネディクトとハーゲンが重傷を負った。
ライラは素早く回り込み、ガドールを背後から切りつけた。
(こいつ、硬い!) ライラは悪態をつく暇もなく、何度も斬撃を羅わせた。
ライラは弾き飛ばされた。
リクスは、何とかして立ち上がり、思い切りガドールの元に走った。
ガドールは爪を振るい、ライラの命を奪おうとした。その顔の横にリクスの棒が突き刺さった。
それがガドールにとって致命傷となった。
もはや魔王にこれ以上戦う気力はなかった。リクスたちにしても、疲労困憊で到底ガドールにとどめをさすだけの身動きはもはやとれなかった。
ガドールは不気味に笑った。
「ふん、私が死ぬとき、貴様らも死ぬのだからな!」
ガドールは血を吐きながらも数歩歩くが、もはやそれ以上そして、こときれた。
「これで……終わりか」
リクスは、ぽつりと言った。
倒したのだ。敵の首領を。だが、誰も喜びはしなかった。誰にも、これで事態が一件落着したなどという楽観的な気分は訪れなかった。
神聖帝国の残党はいまだ健在だ。これから、彼らを徹底的に倒す戦いに突入しなければならなくなる。
「これからだよ。全てが始まるのは」 静かに、しかし重々しい声でベネディクトは告げた。
ガドールの死後、神聖帝国の残存勢力がなお抵抗を続けていたが、ガドールという巨大な支柱を失ってからはどれも散発的でもはや人間たちの支配を打ち崩すには至らなかった。マックスをはじめとするフレーベルの難民が、ハイドリエンから解放された祖国に帰還し、復興を急速に進めた。ライラはあらゆる悪行が明るみに出て、ガレー船の漕ぎ手に就かされ、今日に至るまで櫂を必死にこいでいる。
「ちくしょー! あいつら、娑婆に戻ったら絶対復讐してやるからなー!」 波風にさらされ、赤ら顔に鼻水をすすりながら。
ベネディクトは、ハーゲンと共に国境地帯に割拠する領主の軍勢に加わり、残党の掃討戦に加わっているが、時折たよりをマルセルに送ることがある。マルセルを通して、カスティナの英雄たちは時折連絡をとり合っている。
リクスは元のルクレールという名前に戻り、ある店で働くようになる。店の主人の名前はマックスと言った。
ヘクトルとヴィクトルが彼と一緒に暮らしていたが、二人ともまさか彼があのリクス・カレイドであるとは全く知らなかった。
しかしテレーゼがたまたま入店し、
「リクス……!」
驚きと感動の声を上げ、しばらくそこにたたずんだ。リクスは驚き、ただ思わず双子の方に目をそむける。
双子は異口同音に、
「テレーゼさん?」と驚きの声を揚げる。
「知ってるのか?」 リクスが気まずそうに尋ねた。
「うん。この人が助けてくれたんだ」 ヴィクトルが答える。
リクスはまさか、二人がテレーゼのことを知っているとはゆめにも思わなかった。
ヴィクトルが気になって、
「えっと……ルクレールさんの知り合いなんですか?」
顔をそむけるリクス。
「やめてくれよ。もう僕は英雄でも何でもないんだから」
「英雄でもなんでもない……?」 ヘクトルが反応する。ヴィクトルが居住まいを正す。テレーゼは頬杖をつき、何やら楽しげな様子でいる。
リクスは溜息をついた。だが、まんざらでもない表情だった。もう彼は、こうなったからには堂々と嘘をつくつもりだった。
「しょうがない、じゃあ今から出まかせを言ってやるよ。かつてそこに、王国があった。王国は栄えていた。様々な戦乱を経ながらも、そのつど復興し、ながらく命脈を保ってきた……」




