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第三十六話「さまよいの道」

 グレンドールは、痛みをこらえながら地上をさまよった。

 元から世界から見放された人間だ。今更しいて生きようとは思わない。誰が救ってくれるとうのいだ。普通の人間なら到底生きてはいないはずの高さから落ちたにも関わらず、体を改造し続けた結果、すでにグレンドールは、常人を越えた力を手にしていた。

「あの男は……!」

「捕らえろ!」

 兵士たちが遠くから護符を手に近づいてきた。四天王ともあろう敵がなぜ、一人でこんな場所をうろついているのか分からないという恐怖もあった。

「捕らえろ」 力ない声を、かろうじて絞り出す。

 グレンドールは、一切抵抗しなかった。ほとんど力を失っていたのだ。

「俺が怖いのか?」

 義手の部分を縄で締め付けられた。

 それでも、グレンドールは一切身動きしなかった。

 彼は王都の地下牢に放り込まれた。

 ガドールに見捨てられたとは思わなかった。むしろこれでリクス・カレイドに一層近づけたのだから。

 元からアレクシオのことなど眼中にない。彼らが人間を軽蔑するようにグレンドールも魔族に

 復讐だけだった。その復讐を果たした時、この命も尽きるべきなのだとアレクシオは確信していた。


「グレンドールが捉えられたそうだな」

 やって来たアルフレッドに、コルネリオは告げた。

「はい」

「予想外だな。まさか無抵抗で捕えられるとは」

 いつも沈着なコルネリオも、少し冷や汗をかいていた。四天王を生け捕りにしてしまったのだ。命を奪ったよりも厄介なことになった。

 まだグレンドールは、なぜ自分が魔王軍から追放されたか一言も明らかにしていないのだという。

「どうすればいいと思う。これは我々の一存で決められることではないと思うが」

 廷臣は、感情に任せて声を張り上げた。

「奴は我々の同胞を多く殺したのです。即刻、処刑を!」

「これが奴らの罠だとしたらどうする?」

 そこで口を挟むルベン。

「グレンドールのことを良く知っている者がいるでしょう」

「リクス・カレイドか」

 グレンドールと相対し、生還した過去がある。そして最近もボスカルボを倒す道筋をあかすため、彼の目の前に現れたという。

 コルネリオは即決。

「彼に会わせてやれ。奴なら我々のあずかり知らぬことを告げてくれるはずだ」


 グレンドールが地上に落ちたのを確認した後、アレクシオはガドールの元に参内して得意げに告げた。

「閣下。あなたの覇道を邪魔する者はいなくなりましたよ」

「いや、まだあの男には我々の覇道を敷設する装置になってもらう」

「なぜです。今まで我々を妨害してきたではありませんか」

「あの男にリクス・カレイドを殺させるのだ」

「なるほど。その時に彼も用済みになるのですね」

 ガドールは不敵に笑う。

「あの男はずっと私を利用していたつもりだったらしいが、本当に利用されていたのは奴の方だ。私は決して利用されはしない」

 常にこの魔王は姦計を張り巡らし、自身に摘み取って来たのだ。

 アレクシオは恐ろしいが、同時に頼もしさを覚えた。これくらい危険なお方でなければ、俺が仕えるには面白くない。


 リクスは非常に重苦しい気分だった。

 グレンドールに会わなけばならないのだから。

 リクスは、非常に驚いていた。まさかまた彼に会うことになるとは夢にも思わなかったからだ。

 しかし、思えばあの男は純粋に敵であるとは言い難い所があった。

 あの時、ビルガメシュに引き合わせてくれたのはグレンドールだった。

 彼がいなければリクスたちはボスカルボを倒すこともかなわなかった。

 グレンドールは、単なる敵じゃない。あいつには明らかに何かある。無論、彼を味方だとは思っていないが、それでもどこか気心が通じ合っているような気がしていた。

 だがそんな風に思っているのはリクスだけだ。周囲はみな、グレンドールを単なる強敵としか思っていない。その強敵を生かしてやる道理はない。

 ライラがぼやく。

「さっさと殺しちゃおうよ。ただの敵なんだし」

「だが、そうすればまた別の四天王が補充されるだけだ」

 ベネディクトが言った。

「奴らにとっては四天王の一人が倒されたくらいで痛くもなんともないはずだ。アレクシオをどうやって倒すかも考えなければならない。あいつは雷を自在に落とせるんだぞ」

 ハーゲンが言う。

「アレクシオなら何とかなりますぜ。だが本当にどうにもならないのはハイドリエンなんだ」

 ハイドリエンの弱点を探らなければならない。現状、人間に、あの水の魔物に対抗する手段は存在しない。数を揃えれば勝てる相手ではないのだ。

「私、リクスと一緒にあいつが生み出した水面に溺れそうになった時、あいつの記憶のかけらを見た気がするの……」

「そりゃ本当か?」 ハーゲンが、思わず身を乗り出す。

「うん。ハイドリエンの心の領域に一瞬だけ踏み入った。あいつの過去がうっすらと見えた」

「本当に?」

「まるで他人の夢の中に忍び込んでいるような感覚でさ。ハイドリエンの水をもう一度浴びることでしか、きっとあの意識には接続できないと思う……」

「じゃ、じゃあ、どうするって?」

「ハイドリエンの水を浴びてしまったあの人は、元の人格を失ってしまったのよね。でもグレンドールならもしかしたらそれに耐えられるかもしれない」

「いや……その……テレーゼ、そういうことを言うのは分かるけどさ。急に言うのはよしてくれ。僕はまだあの記憶を思い出さないようにするので精一杯なんだ」

 リクスは、悪寒がした。

「うん。リクスにとってはすごく辛い提案になると思うけど……」


 リクスとテレーゼは、地下牢に案内された。予想にたがわず、薄暗く重苦しい空間だった。床も天井も灰色で、目をこらさないと境界線もはっきりしなかった。そして、壁の壁龕にともされた火だけがわずかな照明の役割を果たしていた。

 リクスにとって、このような場所を訪れるのは初めてだったが、テレーゼにとってはそうではないらしい。テレーゼはうつむいて、床の方ばかり眺めて歩いている。

「姿勢が悪いぞ」 リクスが注意しようとすると、

「聞かないで」 テレーゼは鋭い声で言ってしまった。

 檻の向こうにグレンドールは、ぞんざいに扱われていた。思ったより悲惨という感じではないが、それでも到底礼節をもって扱われているとは言い難い。

 リクスは、グレンドールの姿を見て心配そうに声をかけた。

「ひどい傷じゃないか。大丈夫か」

 四天王は四肢を柱にくくりつけられている。

「大丈夫なわけがないだろう。四天王とはいえ人間なんだぞ」

 テレーゼはリクスの横でグレンドールの顔を冷たくにらむ。

「ねえ、リクス。こいつを信じるの?」

「互いに戦ったことがあるからな。少なくとも軽口をたたく奴じゃない」

 それから、グレンドールの方に視線を向け、

「君と戦ったのは、カスタ城塞の時が初めてだった。その時、君は、僕を殺そうと思えばできたはずなのに、そうしなかった」

 リクスは、さらに鋭い声で詰め寄る。

「なぜ、僕たちをそこまで助けるんだ? もしかして、それがばれたから追放されたのか?」

「確かにそれもある」

 テレーゼは、ひたすら青年の様子が不審に見えてならなかった。

 この男を、リクスほどには信じることができなかったからだ。

「あなたは、どちらの味方なの?」

「どちらの味方でもないね。俺は、ただ自分の利益を追求して生きて来ただけだ」

「よくそんなんで神聖帝国の幹部が務まったわね」

「あのお方は単なる忠臣など欲しがられないからな。常に挑戦してくる部下がお好きなのだ」

「ガドールはそれほどにも、実力のある人間が欲しいんだな」

「別におかしな考え方じゃない。人間の王国では基本的に才能よりは血筋の方が重要だ。才能がいくらあっても、王侯貴族との繋がりがなければ出世できない奴らがやまほどるんだから」

「人ごとに、先祖代々受け継いだ才能を磨くべきなんだよ。親方から一生懸命に学ばなきゃいけないじゃないか」

 リクスは、率直に言った。

「俺はそういう存在にめぐまれなかったからな。自分の経験から何もかも学ぶしかなかったんだ」

「まあ、僕も、そういう一面はあるんだけどね」

 頬をかきながら。そしてまた居住まいを正し、

「神聖帝国から追放されたってことは、また元に戻れるって可能性もないわけじゃないんだろう?」

「どういうこと? また奴らを強くしたいわけ?」

 だがテレーゼの言葉に耳を貸さず、リクスは自分の言葉を貫いた。

「僕は君の力になりたい」

「はあ!?」 テレーゼが本気で困惑していた。

「人を助けるのに理由なんていらないだろ」

 それは、ルクレールの本心というわけではなかった。ただ、あのリクス・カレイドの物の考え方に習ってそうしたまでのことだった。

 これまでもルクレールは、リクスの姿を思い出しながらその真似をして行動してきた。結果として、精神性がだいぶ本当のリクス・カレイドに似て来たのをルクレールは自覚していた。それが我ながらやや空恐ろしくもあったが、そうしなければ精神の均衡をここまで保つことはできなかったとも思う。

「人を見捨てるのにも理由は必要ないがな」 グレンドールは冷たく。

「何言ってるんだ。僕たちは長い付き合いじゃないか。ほら、こう……」

「やめなよリクス。こいつはあんたの嘘に乗ってくれる奴ではないんだ」

 グレンドールは、リクスを得体のしれない人間だと思った。これまでも彼に対し、ていのいい道具として利用する以上の価値など見出していなかった。

 ましてやリクスの方では、こちらを単なる敵としてしか考えていないとばかり思い込んでいたのである。だが、この少年はどうも単純に理解できないやつらしい。

(何なんだ。なぜ、俺はこいつのことを知りたがっているんだ) その興味に、グレンドール自身が困惑していた。

 改めて、彼はリクスの顔をまじまじと見つめた。

 あの時に比べてリクスはいくぶんか変わっていた。まだあどけなさのあった顔は以前より肉がそげてほっそりとして、目の形も若干鋭くなった。そして、ややこけた顔の輪郭、眉によるしわが、激しい戦いの数々とそれにともなう苦悩を想像させた。彼はいつの間にか歴戦の戦士となりつつあった。

 だが、変わらないものもあった。前に進もうとする意志が。その心の強さは前よりも洗練され、たくましくなったかのように見える。

 この少年の本質は、何も変わっていない。

 グレンドールは、目をそむけそうになった。

(俺がもっとこいつに早めに会えていたら、俺は別の道を歩めていたのだろうか)

「俺に力を貸してやるとか言ったが、一体それをしてどうするつもりだ?」

「神聖帝国に戻してやることもできるだろう。そっちの方で平和に暮らしている魔物や人間もいるっていうし」

「全員が全員ってわけではないけどな。それに……今更帰れないさ。もう裏切り者になっちまったんだから。もうどこにも俺の居場所なんかない。そんなものはとうの昔に失ったんだからな」

 テレーゼは、リクスほど気長にグレンドールに付き合ってやる温情を持たなかった。

「じゃあ、どうするつもりなの? あんた、これからどうやって生きていくわけ?」

「決まっているだろう。どうせ誰も腹いせに、奴らをお前たちに倒させる筋道でも教えてやるさ」

 まだ、リクスに打ち明けるわけにはいかないと思った。

 リクスを仕留めなければならない。

 ガドールとの約束を果たさねばならない。

 時間が足りないのは分かっている。だがとにかく、

「ハイドリエンを倒したい。そしてそのすべを知るための旅に同行してほしいんだ」

「ほう……? どこにだ」

 リクスは、口ごもった。

 テレーゼは、はっきり言った。

「フレーベル王国の首都、ベルンハイネ。あそこに行きたい。あなたなら、ハイドリエンの水にも耐えきれるかと思ったから」

 グレンドールは、やや黙ってから、

「いくら俺でもやれることとやれないことがある。第一、お前らの主君がそんなことに賛成すると思うか? ハイドリエンの恐ろしさを――」

 そこでルクレールの表情に気づき、グレンドールは言うのをやめた。

「僕は知っている」

 グレンドールにもう断る理由などなかった。それに、どうせあの時間はやって来てしまうのだ。

 それまでにリクスとの決着を付けなければならない。そしてその時こそ……。


 マルセル邸に戻った。

 ライラが無邪気な言葉で問うた。

「ねえねえリクスさん、グレンドールってボコボコにされてたの?」

「いやっ……別にそんなことはないよ。拷問とかはされてないようだった」

 ライラはがっかりして口をすぼめる。

「なーんだ。四天王なんだから、さしずめひどい目に遭わされたと思ってたのに」

「捕虜だからね。一体どんな扱いをすれば偉い人たちも困っているんだと思う」

 ベネディクトがリクスに問うた。

「で……本当にベルンハイネに行くのか? かなり困難な道だぞ」

「グレンドールは嘘をつく奴じゃない。少なくとも僕に協力することについては本気だ」

 リクスは必死に説いた。

(よほどあの男に入れ込んでるんだね。まるで魔法にでもかかったみたい) ライラは邪推する。

「僕とテレーゼとあいつとで……。ライラはどうする?」

「分かったよ。行くよ。道に迷わないようにする方法は私が詳しいから」(残酷な物は逆に見て見たくなるし)

 そしてベネディクトが、

「じゃあ俺たちはアレクシオを倒す方法を模索するつもりだ。奴は国境付近の要塞をいくつか攻撃しているからな。また現れるとも限らない」

「でも、どうやって?」 テレーゼが訊く。

 レカフレドはしたり顔で、

「それならビルガメシュさんが残してくれた資料がありますから。それを使って彼に有効な護符を作成するんです」

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