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第三十五話「戦士たちの帰路」

『象』の設計にはかなりの時間がかかった。

 そして、地下室、リクスを始めとするカスティナの英雄たちと、一部の兵士だけがその完成品を見ることが許された。

「でっか!」 ライラが高い声を揚げる。

 ベネディクトがその装甲に触りながら、

「本物の象よりも大きいぞ。それどころか象とは色々と体のつくりが違う」

「本来ならもっと小型化ができたが、今調達できた部品ではこれが限界だ」

 ビルガメシュはあちこちを指さしながら解説する。

「この鼻の部分から光弾を発射し、敵を狙い撃つ仕組みになっている。ここにあるのが放熱板で、弾道の計算で出る熱を漏らすのに必要だ」

「知恵熱ってやつか?」 ベネディクトが訊く。

「それに近いな。人間の思考には糖分を消費するが、人工知能の場合は水を消費する。だから冷えた水を入れたタンクを背中のあたりに大量に忍び込ませてある」

 どれだけの職人の苦心があったか、想像するだけでリクスは気が遠くなりそうだった。

「これが計算を完了するのに三十分はかかる。本来の機能なら数秒で済むはずだが……残念ながら、この時代ではそれで精一杯だ」

 ビルガメシュは重々しい顔をしていた。それが破壊兵器を作り上げた罪悪感からか、あるいは彼らの期待に応えかねたからか、リクスたちには判じたかった。

 コルネリオは言った。

「しかし、教えてくれないのだな。その『人工知能』とやらの仕組みについては」

 その部分だけは、完全にビルガメシュが用意した部品だけで成り立っている。そして、ビルガメシュは人工知能という精霊の内部構造を一切現代人に教えるつもりはなかった。

「まだ、この世界はそれを扱いきれるほどの文明レベルに達しておりませんから。それに、悪用されて起きる弊害についての知識の積み重ねもない現状では……」

「よくわからんが、貴様らの神がそう命じているならば仕方があるまい」

「本当ならこれより頑丈象」

 アルフレッドが気になって、

「もし、この『象』を本来の設計で組み立てたら、どれくらいの威力になる?」

「ケルテスから旧フレーベルとの国境に至る地域を単独で制圧可能だ」

 誰もが息を呑んだ。

「もっとも、それを実現するユニットはここにないので実装不可能だが」


 リクスたちは、この計画が漏れないように頑なに口を閉ざさなければならなかった。

 唯一口外しかねないのがライラなので、戦いの日が来るまで外出を許されなかった。

 ごくわずかな人間にしか、『象』のことを知ることはできなかった。誰とにかく一人にも洩らされてはいけないのだ。

 だが『象』ばかりを頼みにしてはいられない。他の武器も強化しなければならない。

 リクスはビルガメシュに頼みたいことがあった。兵器の製造される様子を見物している間に、彼は古代人に打ち明けた。

「この棒を改造することはできませんか?」

 あの人の思いをより強く受け継ぐためには、それが必要だとリクスは感じた。

「分かった。あれを作るよりはずっと簡単なことさ」 ビルガメシュは気軽に請け負ってくれた。


 そして、再びボスカルボと相まみえる日がやって来た。

 この日ようやく一般の兵も『象』を見ることがかなったわけだが、その機能については一切知らされなかった。

「この中に伏兵がいる。それを奴らにつっこませるんだ」

「全力で『象』を死守しろ!!」

 コルネリオは叫んだ。

 リクスは片方の棒で敵の首をからめとり、もう一本の棒で頭蓋を叩き割った。

 あの時と違い、アンナの協力がないのは実に手痛かった。この時にも彼がいてくれたら、どれだけ楽に戦えただろうか。

 敵の数はどんどん増えて行った。ライラが笛をかきならし、嫌な音色を流し込んで『象』に敵兵を近づかせなかった。

「今だ! 撃て!!」

 ボスカルボは逃げ惑っていたが、ついに一本の破壊の光がその小さな体を飲み込み、消し去った。

 ボスカルボは何も考えなかっただろう。ただ避け、生き残ることしか考えなかった。


『象』は巨大な筒の先端からひたすら光弾を放ち続けた。

 人間が次々と蹴散らされていった。

 それは、神話に出てくる光景を彷彿とさせた。人間が神の力の前に、塵のように消え去って行く様子を。

 コルネリオは言葉を失っていた。

 これが古代人の破壊兵器か。いや、これですらその力のほんの一端でしかないなら、彼ら本来の技術はどれほどのものなのか、見当もつかない。

 誰もが非現実的な光景に目を奪われる中、

「犠牲が釣り合ってねえ……」

 ハーゲンは苛立つように吐き捨てた。敵に手痛い目を見せてやろうと思っていたのに、こうもあっさりと勝っていいものなのか。


 左右に振るえ、轟音をけたたましく上げた後、『象』が炎上した。

「これが限界だ。計算で放出される熱に耐えきれなかったんだ」 ビルガメシュが静かにつぶやいた。

 炎のあがる音が、さながら魔物の断末魔に聞こえた。


「あれをもう一台建設することはできないだろうか?」

 コルネリオはアルフレッドに問うた。

「それはさすがにできますまい。どれだけの資源を蕩尽したか分からないのですから」

 これだけの戦果を挙げたにもかかわらず、ビルガメシュは何ら誇る様子は見せなかった。それをコルネリオは不審に思ったらしく、

「貴殿を召し抱えてやってもいいが」

「いえ、それはお断りいたします」

 ビルガメシュは首を縦に振らなかった。

「なぜだ? 神聖帝国にいた時よりもっといい待遇を約束しようではないか」

「私が求めるのは、今この時代から離れることですので」

「天空人は、どうやら我々を野蛮な時代の住民だと思っているようだな」

 コルネリオは自嘲するように言った。

 ビルガメシュは、これ以上彼らと口を利いている意味はないと思った。どこまで行っても、彼らは戦争と政争に明け暮れているのだ。


 リクスにとっても、ボスカルボを倒したことは無邪気に喜べそうになかった。

 あれは、戦いと呼べるものではなかった。虐殺ですらない。もはや、災害か何かだ。あそこに人間の意志は何一つ介在していない。相手の命を奪う覚悟がない。

 見てはいけないものを見てしまった気がした。

 リクスは、しかしそんなもやもやした感情を今回の功労者に対して漏らすことはできなかった。

「ありがとうございます。ビルガメシュさんがいなかったら僕たちは勝利することができなかった」

「そうか?」

「まあ……役に立ってあげられたなら、喜ぶしかないのかもしれないな」

 ビルガメシュの顔に喜びの色はなかった。

「私はこの時代にいるべき存在ではない。本当は、遥か大昔に朽ち果てているべき人間だったんだから」

 リクスは、相手に卑屈になってもらいたくなくて、

「まさか。ビルガメシュさんは、もうこの時代に生きてる人じゃないですか」

「これから、どうするんですか?」

「また、眠りにつこうと思うよ。私も、不本意で目覚めてしまったのだから」

 ビルガメシュは、途方に暮れていた。

 もはやかつての文明は滅びてしまった。ただ、与えられた任務に、完全に機能が停止するまで

「どう言葉をかけていいか分からない。アンナさんも……ビルガメシュさんも……本当は、改造なんてされたくなかったんですよね」

「ああ。僕は、悲しい存在だよ」

 ビルガメシュは、押し黙った。リクスは、単なる人間

「エンヘドゥアンナと話がしたい。もしかしたら回路を修復できるかもしれない」

「それはもしかして――」 ビルガメシュの言葉に、最初思わずリクスは期待してしまった。

「いや、短時間だけかもしれない。私が見た所回路は大きく破損しているからな。もしかしたら記憶のデータにも影響が出ているかもしれない。だが、実際に見てみないからには何も言えない」

 再び、墓の前に二人は来た。地中に隠されたひつぎを開けると、アンナは以前と変わらない姿のままでそこにいた。

「君は……ずっとアンナと一緒にいたいか?」

 リクスは、率直に答えた。

「本当なら、いたいと言いたい所かな」

 しかし、それが

「けれど、アンナは朽ち果てない。ずっと変わらない姿のままだ。僕は、それが怖い。このままだと僕は、ずっとアンナのことを引きずって生きていかなければならないかもしれない」

 リクスの決心は堅かった。

「ビルガメシュさん。あなたに、エンヘドゥアンナさんを引き取っていただけないでしょうか」

「いいのか? 一時は君に心をゆだねた女だぞ」

 リクスは一切表情をゆがめることなく、ビルガメシュの顔を見据え続ける。その瞳に、すでに意味は宿っている。

「……そうか」

 ビルガメシュはアンナの腹をまくった。肌の表面に溝がついていた。そしてビルガメシュは何かの工具を近づけると、溝をなぞった。

 すると溝が開き、その中に、無数の糸や歯車が密集しているのを見て、その異様さに思わずリクスは目をそむけそうになった。

「今から電流を流すぞ」

 アンナの瞳に突然生気が宿り、

「私は!?」 大きな声を出す。

 リクスは喜びのあまり叫びそうになったので、慌てて口を塞いで制止するビルガメシュ。

「私はあの時、リクスにアレクシオに刺されて」

「なぜ、あなたがいるの……? ビルガメシュ」

「君と同じだよ」

 ビルガメシュは重苦しい声で、

「君も改造されていたなんて知らなかったんだ。組織の奴らはよほど秘密にしたかったんだろうな」

 アンナは少しまごついていたが、しばらくして真剣な眼差しに戻り、

「ねえ、手短に話してくれない? 私が倒れてから、一体何があったの……?」

 瞳に表示された輪からして、そう余裕をもって話せる状況にはなかった。リクスはそれを

「僕は、君を失って打ちのめされそうになったよ。でも、みんなのおかげでまた戦えるようになった。それで、今だから話せるけど、僕の本名は、ルクレールなんだ。嘘をついてたけど、本当は勇敢な騎士見習いなんかじゃないんだ。他人の名前を名乗ってただけなんだ」

「そっか」

 アンナはさして、感慨もなさそうに言った。

「リクス。もし戦いが終わっても私のことを覚えてくれてるよね?」

「もちろんだよ」

「私を、このままにしておくの? どうせ、どこかの盗賊に盗まれるのがおちだと思うけど」

「そんなことにはさせないよ。僕がまた宇宙ステーションに戻してやる」

 ビルガメシュの方を見た。急にアンナは隠しきれない感情を振り切って、落ち着き払った顔色を見せた。

 その態度の切り替え方を見て、リクスは何も感じなかったが、ビルガメシュにとってはそれどころではなかった。

「そして……また、お互い、二度と誰かの思惑に囚われずに済むように、何も」

「きっとできるわ。あなたなら」

 ビルガメシュに優しい眼差しを投げかけるアンナ。

「ビルガメシュ。ずっと私のことを想ってくれてて、ありがとう」

「エンヘドゥアンナ……」

「そして……ごめん。私、リクスのことを知ってから、もうリクスのことしか考えてられなかった。あなたがどれだけ私のことを考えていたかなんて」

「いつか……みんなと……」

 アンナの瞳に映し出された輪状の光の、最後のメモリが消えた。

 リクスは無言で手を払い、アンナの目を閉じた。

 ビルガメシュは、後悔した。最初から思いを告げていたら、こんなことにならなかっただろうに。

 こんな、誰一人知己のいない遥かな未来で、孤独な思いはさせなかったのに。

「ビルガメシュさん、ありがとう。おかげで僕は、彼とようやく別れを告げられそうだ」

 あえて科学者から目を背けるリクス。

「君が羨ましいよ。僕と違って、きちんと心を通じ合わせることができたんだから」

「まさか。僕はただ、アンナさんのためにやれることをやり切ったまでさ」

 リクスは、それよりもビルガメシュの今後の方が気にかかった。

「でも、これからどうやって元の空の向こうに帰るんだ?」

「きちんと工具は揃えてある。宇宙ステーションに帰還しようと思う。アンナがいなくなるのが、本当に辛くないのか?」

「辛くないさ。心は繋がってるんだからさ」

 リクスは、ためらいなく言った。

 リクスにとっても、それは断り切れる願いではないと思った。人間はいつか骨となるが、そうならないアンナをこの地上にとどめて置くのは明らかにこの世の理にふさわしいことではない。

「アンナさんを……どうするんだ?」

「修復して、元の人間に戻してやるんだ。そして僕もまた人間になって……いっしょに年老いようと思う」

 だが、リクスは首を縦に振らない。

「アンナさんをもう目覚めさせる必要はないと思う。これ以上辛い思いをさせなくていいじゃないか」

 ビルガメシュは、自分がつくづく煩悩に満ちていることを恥じた。できるだけ私情を挟まず話そうとしているのに、心の中ではリクスからエンヘドゥアンナを取り戻したいというエゴが湧いてしまう。

「……そうか」

 ビルガメシュはそれから再考し、

「いいことを思いついた。地球の軌道上にアンナを載せた棺を運ぼうと思う。そして昼夜、この地球を見守らせてやるんだ」

「なるほど。みんなが平和に暮らせる世界が来なきゃアンナさんが浮かばれないからね」

 ビルガメシュは、アンナを両腕に抱え、星が落ちかかる道を進んだ。それからもうリクスは、一言もこの二人に口を利くことはなかった。

 その日の真夜中、かつてエンヘドゥアンナを運んだ一台の球体が耿々とした光をともしつつ、地面から空へと昇って行った。誰一人、その瞬間を目撃する者はいなかった。

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