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第三十四話「交差する思惑」

 ビルガメシュはライラに連れられ、マルセル邸の前までやって来た。

 王都は、北にある国々と違って開放的で暖かな雰囲気に包まれていた。

 無論、敵との戦争というのっぴきならない事情が人々の顔に影を落としていたが、それでもまだ健気に生きて行こうとする希望が勝っていた。

 尖塔を備えた煉瓦造りの高い建物を見ると、何となくビルガメシュは古代の集合住宅を思い出した。無論、あの規模と高さには及ばないが、よく似ているものだ。

「もしかして、ここ、何となく気に入った?」

「気に入ったというか、懐かしい気分がしてさ」

「ビルガメシュさんがいた時代もこういうのがあったの?」

「もっと大きなのがあったんだよ。あれがずっと残り続けると思ってた。でもその全ては滅びる。神聖帝国もまたそうだ」

 ライラは手を叩き、

「あーね! この先どんな国が現れようと私は、勝ち馬に乗り換えて生きるだけだよ。まあ、自由に生きさせてくれる奴に、だがね」

(ああ、この時代でも人間は都合の良い勢力に乗り換えるということは何も変わらないのだな)

 静かに物思いに浸るビルガメシュに、ライラは顔を向けていなかった。


「リクス!」

 ライラはわくわくしてホールの中に入った。

 すでに一同がそこに集まっていた。

「その人は?」

「こいつがビルガメシュ。見ての通り天空人だよ」

『天空人』と呼ばれることには違和感があった。

 人間や魔物が伝える伝説や噂から、おぼろげながら大昔の記憶が残っているようだが、しかし、実態に比べれば甚だ不正確なものだ。

 基本的には地上に暮らしていたことは変わらない。

 ビルガメシュは何度も躊躇った後で

「エンヘドゥアンナを知っているとのことだが……本当なのか?」

「ええ、知っております。とてもやさしい方でした」

 リクスは澄ました顔で答えようとしたが、一瞬でそれを後悔した。

 彼の方がリクスよりもずっとアンナと付き合いが長いのだ。赤の他人に色々自慢などされたくないだろう。

 ましてや、昵懇の関係になっていたなどとは口が裂けても言えない。

 それを知ってか知らずか、ライラはにやにや笑っている。レカフレドとハーゲンは、相変わらず目の前の古代人が次にどんな珍しいことを口にするか、緊張した面持ちで待っている。

 うつむくテレーゼは。ビルガメシュに対してほとんど目を向けようとしない。ビルガメシュの方も気まずいのか、やはりテレーゼから意図的に目を背けている。一同の雑多な所管には目もくれずに、

「それで? お前は何をしてくれるというんだ?」 一番大事なことを尋ねるベネディクト。

「ああ、これを見てくれ」 突然机の上に円盤――側面に色々なボタンと、殺風景な窓がついている――めいた装置を置く科学者。

 表面の飾りを指でいじると、円盤の上に白い骨格が浮き上がる。

 象のような形をしているが、鼻の部分がやや上を向いている。

「設計図だ。古代の兵器では割とある形のな」

「これは、どんな魔法なんだ?」

 ベネディクトが最も驚いていた。あらゆる技術に精通していると自負しているからこそ、本当に知らない物が現れると驚きを隠せない。

「ホログラム映像だ。触ろうとしてもすけるぞ」

 様々な角度に傾いた。

「すごっ」  つぶやくライラ。

「光の漏れ出る所を見るなよ。まぶしすぎるから」

「だが、実に複雑な構造だな。こんなものを本当に作れるのか?」 ハーゲンが顎に手を当てながら。

 ビルガメシュは言った。

「部品を設計するのは私が心配ない。問題なのは、この時代にある材料があるのかどうか、ということだ」

「プラスチックとか、シリコンといった物はこの時代にはないそうだからな」

 聴いたこともない材料の名前が出てきて、リクスたちは不思議そうに目を見合わせた。

「あんた、神聖帝国に仕えていたんでしょ? そういうのってあいつらが持ってるんじゃないの」

「それを使わない技術を提供していたんだ」

「すごいですよ、ビルガメシュさんは。でも、そうですね……」

 リクスは、この驚異を目にして、色々尋ねたいことはあったが、それよりはビルガメシュの知りたいことを明かすべきだ、と思った。

「あの方のことがお気にかかりでしょうし、アンナの墓を見に行きますか?」

「墓があるのか?」

「ええ。今でも時折、参りに行くんです」

 ビルガメシュは、エンヘドゥアンナが丁重に葬られていると聞いて少し安心した。

「遺体を、きちんと埋葬しているのか?」

「はい。亡くなった直後と同じ姿を保っていて……参るごとに、顔を確認しているんです」

 自分と同じ機械人形は、もはや人間とは違い、死を超克した存在となっている。それならば――。

 その時すでに、ビルガメシュは自分のやることを決めていた。


 ビルガメシュの存在はすぐルステラの上層部の知る所になった。

 ビルガメシュはすでに書き揚げ、ルベンに提出していた。

 ルベンにとっても、彼が考えた兵器についての案は狂人の世迷い言とほとんど変わらない感じがした。

 ビルガメシュは彼らのためにどんなに分かりやすく描いたとしても、完全に理解してもらえるはずはないと思っていたし、実際そうだった。

 アルフレッドやコルネリオにとってはまさに、それは嘘のような話だった。

 アルフレッドですら、少しも理解できず、「天空人とは、狂人か天才か」とつぶやくほどだった。

 アルフレッドより懐疑的な人間となれば、なおさらすんなりと受け入れるわけにはいかない。

「その天空人とやらが香具師やしではないという保証はあるのか?」

 コルネリオはなおも冷淡だった。

「すでにベネディクトから詳細な報告を受けております。それによれば、ビルガメシュなる者が考案しているのは、狙った敵を確実に撃ちぬく兵器……とのことです」

「弓矢のようなものか?」

「いえ、小さな針を飛ばすものだと聴いております。それも連続で飛ばせる仕様とのことです」

 ルベンの言うことは信じられないような気がした。敵を一瞬で全滅させることもできる代物ではないか。

 実際、まだ彼の言葉を事実だと認めてはいないが、基本的にルベンのいうことを否定することはしないコルネリオだったから、その詳細についてはぜひとも知っておきたいと思う所があった。

「だが、遥か空の向こうに移住したという天空人のことだ。一概に否定するわけにもいかない」

 敵が古代人を重用していたのだから、我々が重用しない手段はない。

「だが、問題なのは資源だな。あれを作るには膨大な鉄がいるんだろう?」

「モンタナ鉱山は以前内通者から資源を受け取っていたが、あれも敵に露見してからは余計に手が出せなくなりました。鋼鉄の収集に関しては依然として苦しい状況が続いております」

 だが天空人だ。それくらいのことはある程度何とかしてくれるだろう。

「あいつが本当に詐欺師でないかどうか確かめるべきだ。すぐ呼び寄せろ」


 ついにビルガメシュがコルネリオの執務室に足を踏み入れる日がやって来た。

 ビルガメシュは会議が始まる前に、礼儀に関して様々な注意を受けた。

 研究に没頭する日々を送っていた彼にとって、他者との礼儀に気を遣わなければならないというのは苦痛ではあったが、神聖帝国を倒すための会議である以上は仕方ないと腹をくくることにした。

 何より、それに従わねば殺されるのだ。この国の指導者がどれだけ粗野で怖ろしい人間か、ただそれを想像するだけで下手なことはできないと。

 だが案外、あまり恐怖する必要はなかった。コルネリオも、見知らぬ種族である天空人に対しあまり下手に出ることはできないと思っていた。未知の技術を持っている輩だ。もし怒らせれば未知の方法で襲われるに違いない。

 だからこそコルネリオはいつもの高慢な態度を隠し、へりくだった声すら出して彼に応対する。

「よく来てくださった、超古代の貴人よ」

 ビルガメシュに先に座らせてから、コルネリオもまた座席に座る。椅子はなめし革を張り付け、柔らかいクッションを備え付けた高級品だった。

 そこにはアルフレッドとルベンも同席していた。

「貴殿の設計図を見せてもらったが、一体、あの象は何だ? どういう名前なんだ」

 ビルガメシュはよどみない発音で、

「正式には、『無人式無限軌道追跡砲』という名称です」

 コルネリオの目が瞬いた。

「要するに、人の力を必要としない巨大な弓矢です」

「バリスタのようなものか?」

「バリスタというべきかもしれません。しかし、実弾ではなく、光弾を発射します。かつては、光を撃ちだして戦うのが私たちの時代に存在した一般的な兵器でした」

 彼らに理解できる言葉でビルガメシュは言った。

「かつてはあの砲台を使って計算から射撃まで人工知能に任せていましたが、今同じものを作ることは不可能に近いでしょう」

 ルベンは、ビルガメシュの話をいい加減に理解するわけにはいかないと思い、きちんと理解しようとする。

「そもそも兵器を動かすのに、人間の手を全く使わんわけにはいかんだろう。人工知能とはどういうことだ? 魔物のようなものか?」

 ビルガメシュは、まごついた。もし一から話すとなるといつまでだっても終わらない。

「からくりでできた脳、というべきかもしれません?」

「脳というのは、そこまで重要な臓器なのか?」

 アルフレッドが身を乗り出し、尋ねる。にっちもさっちもいかなくなったビルガメシュは、

「精霊です。ですが、決して自分自身の意志を持たず、人間の言葉に必ず従う精霊です」

 純粋に驚くアルフレッド。

「そんな都合の良い精霊があるのか? お前たちは彼らを強力な力で従えていたのだな」

「何しろ、我々自身が発明した生命のようなものですから」

「だが、それを今君は持っているのか?」 次はコルネリオの方が尋ねてくる。

「心配はございません。人工知能の回路は私の方で用意しておりますから。ですが、武器の装填などはかなりの程度、人員を動員しなければならないでしょう」

「どのくらいかかる?」

「数十人はかかるかと。しかし、敵に正確に当てるための計算は精霊がやってくれます」

「何度も光弾を発射するとなると、相当な数の護符が必要となるが」

「護符の量を増やすだけでなく、護符への呪文を、極めて詳細で正確に唱えなければなりません」

 ビルガメシュは、彼らの使う用語に合わせて語る必要があると感じ、

「護符への呪文は私が用意した精霊が実行してくれます」

『護符』はこの世界において、天空人の技術がかろうじて今日まで伝わっている数少ない例だ。

 特殊な加工が施された薄い羊皮紙に、呪文をそれに向かって発することで効力を発揮する。古代人はもっとそれを複雑な構造にも応用して使っていたのだ。

 そして今の人間も、護符に対して呪文を唱えるという時点で知らず知らず、音声入力の原理を再現している。

 そして今では遺伝子改造で遊ばれた挙句、遺棄された動植物までもが護符を使っている。彼ら自身はあくまで超自然的存在の力を借りるまじないのようなものだと思っているようだが、純粋な科学の産物なのである。

「だが、ボスカルボを殺すにはそれくらい慎重な取り扱いが必要だということは分かった」

 ビルガメシュはこの類の話をあまりしたくなかった。どこまで行っても戦争の道具だからだ。

 超古代の技術がもし本格的に殺人に使われるようになったらと思うとビルガメシュは気が気でなかった。コルネリオたちがそのあたりに変な野望を抱かない所だけが救いだが。

 コルネリオは、それでもまだビルガメシュが本物の救世主であるとは信じかねていた。

 確信が持てるのが、天空人とは基本的に信用のならない存在であるということだ。

(こんな奴らがなぜ滅びたのだ。いや、あまりにも優れた技術を持っているからこそ、あっさり滅びてしまったのだろうな)

 今も昔も人間は愚かだとコルネリオは心の中でひとりごちた。

「我々は全力で君を支援する。しかし、どれだけ君の期待に沿えるかどうか分からない」

「承知しております」 ビルガメシュは沈痛な面持ちでうなずいた。


 神聖帝国領内にある、とある高原。月が空高く上っているが、いまだ昼間のように蒸し暑い。

 ボスカルボは感染者のあたりを飛び回っていた。

 アレクシオはそれを見て、壮観だと思った。

 ビストロの率いた死者の軍団よりはるかに大規模だ。

 ハイドリエンの技に比べれば、大したことはない。水の四天王だけが、他の魔物と違って隔絶した強さを誇っている。

「俺たちはまたルステラに侵攻する」

「いずれにしても今度こそは敵地の奥深くに侵攻するんだ。多大な犠牲が出ることは覚悟しなきゃならねえ」

「心配スルナ。我々は、勝利スル」 耳をつんざく、かろうじて言葉だと分かる鳴き声。

「やれやれ、そんな単純なことしか言えねえのかこの蠅野郎は!」

 粗っぽく毒づきながらも、アレクシオには、この四天王が決して人間たちに倒されることはないという確信があった。

 魔物がどれだけ過酷な生存競争を経てここまでやって来たか、人類は知らないのだ。

 たとえ人間がこの先繁栄する運命だろうと、魔物によってその存続を常に脅かされ続けたという事実に変わりはない。

 そして人間を意地でも脅かそうとするを悪意を持ち続けるのも、ひとえにガドールへの忠誠のためだ。

 人間たちが台頭していく中で魔物はその数を減らしていった。別に人間がすすんで魔物を滅ぼそうとしたわけではない。

 気候や自然環境が、次第に魔物たちの生存にそぐわなくなってきただけでしかない。そこに善も悪もない。

 もはや、この世に存在した証拠すら残せず死に絶えた魔物がどれだけいるかわからない。ベルディオもアクセロンも、同胞を失った数少ない生き残りだったのだ。

 神々は人間たちに時代を渡すのだろう。しかし、黙って滅びゆく義理などどこにもない。

 これは人間たちへの、せめてものへの抵抗なのだ。

「俺たちは伝説にはならない。生きて、人間どもを脅かし続けようじゃないか」

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