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第三十二話「対立と思惑」

 ハイドリエンは、唇を激しく噛んだままガドールの前に立っていた。

「テレーゼ・マイニンゲンを捕えることができませんでした……」

「邪魔が入ったからだな」

 主君の前で感情的にふるまってはならない。それは分かっていても、いや分かっているからこそ、ハイドリエンは奥底にわだかまるこの気持ちを押しとどめることはできなかった。なぜ、臣下同士の内紛を平気でこの方を許しているのか、と。

「はい……グレンドールのしわざでございます! あの人間が私の行動を邪魔しなければ、今頃、私は!」

 ハイドリエンはグレンドールへの憎しみに沸き立っていた。

「グレンドールを罰してくださいませ!」

「なぜです! 彼は我々の道を阻んでいるではありませんか」

「私は彼に期待しているからな」

 ガドールは静かに言った。

「はるかな高みに昇った龍が崩れ落ちる所が見たいからだ。貴様も見たかろう?」

 大したことでもないかのようにそう言った。事実、魔物の戦いにおいては無数にそういうことがあった。

 下克上。昔から多くの者がそれに挑んできたが、その成功例はほとんどない。

「なぜ人間風情にそうも心をお許しになるのですか?」

「人間だから面白いのだ」

 ハイドリエンは不満がないわけではないが、ガドールの言葉ならそれなりの理由はあるだろうと考え、引き下がった。


 それから、グレンドールが呼ばれた。

「何の用ですか?」

 グレンドールの心がわずかにざわついた。ガドールの不敵な、からかう表情にグレンドールはただならぬものを感じた。

「ハイドリエンが実に憤っておったぞ。貴様がいなければリクス・カレイドもテレーゼも亡き者にできた、とな」

「さようでございますか」 グレンドールは何の感慨もないかのように言った。

「貴様は四天王なのだ。もう少し自分の行動に責任感を抱いたらどうだ」

「ではなぜ、私をすぐ処刑なさらなかったのです。なぜ、ハイドリエンの行動を他の幹部に公開なさったのです。まるで、予期なさっていたかのように」

「奇怪ですな。閣下は私たちを仲たがいさせ、決して反抗しないようにしておられる」

「競わせているのだ。私の跡を継ぐ強き者を選定するための必要悪だ」

「だがそれにしては、なぜあの少年に固執する?」

「私はリクス・カレイドという者に興味があるのです。彼こそは、我らが神聖帝国の片翼を担うに足る傑物だ」

 グレンドールの顔色が急に変わった。それまでひた隠しにしてきた感情を一気にあらわにした。

「そしてお前を倒すことができるかもしれない人間でもある!」

 グレンドールは、覚悟を決めていた。

「もはや貴様に用はない!」

 グレンドールは義手を引き抜いた。鉄棒から激しい熱と共に火柱を吹いた。

 ガドールは宙を浮き、彼の攻撃を一切回避した。

 グレンドールは魔王が浮かぶ方向に火柱を向けたが、ガドールに当たる様子は一切見えない。


 ガドールは右腕をグレンドールに向け、左手に持った護符に何かを言い聞かせる。

 その直後激しい衝撃波が起きて、グレンドールは壁に向けて弾き飛ばされた。

 背中に激痛が走り、まともに立ち上がることができない。

 何とか声にもならない声を絞り出し、ようやく言葉となって出てきたものは、

「閣下……あなたは、強いお方だ」

 ガドールは、下降し、音もなく地面に着陸する。

 闇の中にガドールの哄笑が響き渡る。

「ふあっはっは! そのようでは、まだ倒すには足りないな!」

 実際ガドールにとってグレンドールなど脅威ではなかった。

 彼にとっては、何もかもが自分の手駒なのだ。そして自分自身もまた、大いなる目的の駒に過ぎない。

 強さと力を求める闘争の中でたまたま生き残り、幾千万を統率する地位を投げ渡された。そんな物は努力や血統などでつかみ取るものなどではない。

 故に、ガドールはは自分の持つ権力に固執などしない。集団の力を実現する機関に過ぎないと最初から思っていたから。

 ガドールは少しだけ近づくと、グレンドールに哀れむような一瞥を向けた。だが一瞬だった。すぐに向き直り、武骨なつくりで豪華さなど何も感じさせない王座に座り、元の姿勢に戻った。

「ガドール……」

 あの男に、どれだけの人間が挑み、散って行ったか。それを想うと、こんな所で空しく折れるわけにはいかないと思った。

 だが、あの男は無数の挑戦を受けてそのつど生きたのだ。自分程度の人間がかなうわけもないと四天王は知っていた。

 しかし、それであきらめていいのか。人間のだろうが魔物のだろうが、あの魔王の体は尽きせぬ怨嗟を浴び、なおも壮健なままでいる。

 グレンドールは昏睡状態に陥ってしまった。


 ハイドリエンは深い海の中にいた。暗闇の中で、人間の女を模した影がひっそりと淡い光を放っていた。

 かつてフレーベル王国の首都があった場所の、はるかな底。

 そこにはハイドリエン以外の魔物は何もない。魚や海藻の姿すら見えない。ハイドリエンの絶大な魔力は、彼以外の何かがこの空間に干渉することを頑強に拒んでいた。しかし、ハイドリエンにとってはこれがもっとも心の落ち着く空間なのだ。

 ハイドリエンにとってはガドール以外にこの世で頼ることのできるものなどいなかった。ガドールだけが、彼に生の目的を与えることのできる唯一の存在だった。

 ハイドリエンもまた、滅びゆく種族の中の平凡な一匹だった。水の中で、静かにたたずみ、数百年間変わらない姿のままひっそりと暮らす精霊だった。

 物心ついた時には、水の精霊はほとんど姿を減らしていた。フレーベルやルステラでは沼地を平原にする事業が着々と進んでおり、ハイドリエンの同胞は住処を追われた。

 ハイドリエンには妹がいた。自分とほとんど変わらない姿だ。

 人間が湿地だった場所を囲い込み、水たまりを完全に蒸発させた時、妹も泡になって消えたのだ。それを目の前で見た瞬間から、ハイドリエンの心の中にはただひたすら人間に対する恨みだけがあった。

 そして彼は、人間たちにも自分と同じような苦しみを抱えた者たちが多くいると知っていた。そしてその苦しみを、何としてでも倍以上にして味わわせてやらずにはおかなかった。

 リクスに対して言ったのもそうだ。

 かつての自分と同じ境遇に追い込むことで、かつて味わった孤独と絶望を味わわせてやるためだ。そしてその時に、救いは与えない。

 その救いとは――

「私の元に来ないか?」

 ハイドリエンもまた干からび、消滅しそうになった時、ガドールがいた。ハイドリエンにとって彼は最初、弱々しい魔物にしか見えなかった。こんな男に到底自分を救う力があるとは思えなかった。

「私に何の用?」

 ハイドリエンは弱々しい声で問うた。

「お前は人間を憎んでいるだろう? 力が借りたい」

 しかし、だからといって滅びるのを待つことはできなかった。

 水の精霊であったハイドリエンには、無論ながら水を操る力があった。水面に荒波を起こし、渦をかき混ぜることなど容易だった。しかし、それを使ったのは他の魔物に食われそうになった時くらいだ。

 かつては魚や水草を愛で、平和に生きて来たハイドリエンも、神聖帝国の中でその力を暴力に使うこととなった。人間の乗る、貨物を積んだ船を難破させるようになった。そして、強風を起こす翼を生やした魔物と協力し、波を巻き上げて港町を襲った。

 ハイドリエンはそう長い時も経ずに、人間にとって恐怖の対象となった。

 フレーベル王国を滅ぼした時、ハイドリエンの名声は神聖帝国において不動のものとなった。

 ハイドリエンはすっかりガドールの信奉者となった。魔物たちの多くが同じようにして出世していったのである。


 だがそれと同じように生きることなどできなかったのが人間だった。

 内通者のウィリアムも含め、神聖帝国の配下には少なくない数の人間が仕えていたが、彼らはルステラなど人間の国からも神聖帝国の魔物からも白い目で見られていたのである。そしてそれはグレンドールにしても同じだった。

 グレンドールは息を荒くしながら、漆黒の天井を眺めた。

 この空間では、純粋な威圧感以外何もない。全てが、ただ命令に従え、破壊せよ、という意思を強制するかのように視界に迫って来る。グレンドールはそれにもう慣れたつもりでいたが、やはり少しでも気が引けるとぞっとしない物があった。

(俺はまだ人間の心が残っていたのか) グレンドールは自分の青さを自覚した。

 その青さは、遠い昔の傷に由来するものだ。神聖帝国によって彼の愛する故郷と家族は奪われたのである。

 グレンドールは力を求めた。

 神聖帝国に復讐したかった。だがそのためにはまず神聖帝国の力を借りねばならなかった。

 単なる一介の兵士としてだ。彼以外にも、神聖帝国の元で付き従っている人間が多かった。その大半はただ生活に迫られてか、あるいは高給に惹かれて神聖帝国に参入したものだったが、ガドールに魅力を感じた者も少なからず存在した。

 グレンドールは、四天王になるまでガドールの姿を目にしたことが全くなかった。

 決して強そうに見えないあの魔物が、どのようにして軍勢の頂点に上り詰めたか。グレンドールはやはり不思議でならなかった。

 だが、ガドールにまみえた時、彼は殺意を覚えたのだ。

 とにかくあの男の行く末を見届けなければならない。リクス・カレイドだ。

 あの男なら俺の願いをかなえてくれるかもしれない。そう思ってあれこれと手を尽くした。しかし、ついに露見してしまった。

 ハイドリエンも、ベルディオも、アクセロンも、いつ滅びてもおかしくない種族だった。

 だが俺は所詮人間だ。彼らと同じ光景など見れるはずもない。

「まだ、そんな所にいるのか?」

 グレンドールは、はっとした。哀れむような目でグレンドールを見下ろしていた。

「リクス・カレイドを殺せ。貴様がもっともやりたくないことだろう?」

 ガドールは冷たく言い放った。

「それを果たすまでは、貴様を楽には殺してやらんよ。何しろこれまでも私の監視の目をかいくぐって奴に会いに行ってきたんだろう?」

「……さようでございます」

「だろうな。お前はそういう人間だ」

 だが彼には、これ以上人間と無意味なやりとりをするつもりはなかった。

 ガドールは装置を持っていた。黒光りする銀でできた、板のようなものを。そしてそれをグレンドールのうなじに張り付けた。

 グレンドールは驚いた。そして恐怖を感じた。

「何をなさったのです?」

「時限爆弾だ。古代人が使っていた護符の一つだそうだ。もし貴様が今から二週間以内に奴を仕留めなければ、それが爆発する。その前に任務を果たせ。良いな?」

 恭順に満ちた声の中にも若干の反感をこめながら、

「承知いたしました。しかし……」

「何だ?」

 高ぶりそうになる感情を抑えつつ、平静を装う。

「奴を始末する直前に、どうか閣下にその瞬間を目撃していただきたいのです」

 ガドールは穏やかに言った。

「将来の敗北者のはなむけだ。乗ってやろう」

 ガドールはそこから去った。

 グレンドールは腰を上げた。なおも背中の傷が疼いた。

 ここはガドールに監視されている。

 この場所が一体どこなのかはそもそも四天王ですら知らない。そしてそのありかを知ることははっきりと禁じられている。

 ガドールは徹底的に、情報を外に漏らさず、敵に居場所をつかませる可能性を摘んでいる。事程左様に臆病な魔物なのだ。

 グレンドールは、通路の黒い壁を叩いた。その内、若干叩いた時の音が低くなっている箇所があるのに気づいた。

 ここは薄い壁がある。そこに鉄の棒を強く叩きつけた。何度も同じ場所を狙うと、しばらくすると、壊れた。

 かすかに何かが見えた。海と、険しい山がかすかにのぞいている。つまりここは空中なのだ。

(奴はこれを古代人の技術で浮かせていたわけだ)

 ガドールとその部下が集うこの場所は空にある。しかし、誰もその姿を見たことがない。それもまた、古代人の技術を使い、見ることができないように仕向けていたのだろう。

 アレクシオがいた。

「何をかぎつけ回っているんだ、人間」

 グレンドールは驚くというよりは怒りの目でアレクシオに詰め寄った。

「貴様、いつからそこにいた」

 アレクシオは肩をすくめ、

「ガドール様以外がこの場所のことを詮索したらいけないって決まりじゃなかったか?」

「その通りだ」

 アレクシオは舌打ちした。

 元から人間を軽蔑しているこの全身金属のこの魔物は、グレンドールが怪しげな動きをしていることが甚だ耐えがたかった。

「お前は俺が最初から好きじゃなかっただろうが、俺もお前のことが好きじゃねえんだ!」

 アレクシオが腕から雷を発射した。壁にひびが入り、破片がグレンドールの頬をかすめる。

「おらおら、どうした! てめえも閣下を裏切っている間にすっかり忠誠を誓ってるふりが下手になったな!?」

 グレンドールは、ひたすら敵の攻撃を回避する他なかった。

 そして雷撃の一つが壁の隙間に叩きこまれ、衝撃と共に大きな穴を開けた。

 グレンドールは、壁に吸い込まれ、そのまま大地に向けて落ちて行った。

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