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第二十八話「路頭の兄弟」

「グレンドールに見逃してもらって、命からがら、モンタナ鉱山から逃げて来た、というわけね」

「はい、そうなんです。でも全然どこに行くとか考えてなくって、だから道に迷っちゃって……」

 テレーゼは、二人の話をじっくり聞いた。

 グレンドール。ガドールに仕える四天王でありながら、人間である。そしてカスタ城塞で、リクスを仕留め損ねた。

 もしかしたら、グレンドールはリクスをわざと逃がしたのではないか? だが全ては憶測に過ぎない。

「でも、まさか『カスティナの英雄』と会えるなんて光栄だなぁ。ずっと噂には聞いてたんですよ」

「私、そこまで大層な人間だとは思ってないけど」

「ここまで来たのは何でですか? 偵察……ですか?」

 テレーゼは、ここまでやって来た経緯は二人にあまり話さないように決めていた。まだ彼らが追ってきている可能性がある。それにあの時のことは思い返すだけでも辛い。

「私も、敵に捕まって来たから逃げて来たの。そんなに強い敵でもなかったけど」

 内心の葛藤を悟られないように、わざと強がって見せた。

「とても強い敵だったでしょうね……」

 ヴィクトルはテレーゼの苦難に思いを寄せた。

 テレーゼもまた、鉱山で働かされ続けた二人の苦しみを、深く自分の過去に照らし合わせて、

「私が二人を安全な所まで連れて行ってあげる。この体、意外と頑丈だからね」

「でも、いいんですか?」

「なにせ、普通の人間とはいっぷう違うからね。こう見えても莫大な力を秘めている」

 テレーゼは、ヘクトルとヴィクトルを両脇に抱えた。

 元から半獣であるために普通の人間より持ち上げる力は強いのだが、それが前より強くなったような気がする。

(体が軽い)

「ひいいぃ!」 ヴィクトルは、もの凄い速さで世界が後ろへ流れ、消える様子に驚き、めまいがした。

「叫ぶなヴィクトル。テレーゼさんに聞こえるだろ!」 ヘクトルが叱咤。

 テレーゼは、前よりも身軽になっていたことに驚いていた。

 アレクシオによる改造の結果だと思うと素直には喜べなかったが、とにかくこの力を利用せずにはいられない。

 三人は、

 険しいしわでくねった、灰色の空がどんどん淡く、青くなっていった。

 あたりがどんどん暖かくなっていった。

「うわぁ、すげえ! さっきいた場所とは大違いだ」

 ヴィクトルは、かなり遠い距離を移動したのだと察した。普通の馬では、一日かけても行けないほどの場所に。

「もう、ここらへんは神聖帝国の領土ではないはずです。恐らく国境地帯ではないでしょうか」

(アンナがいた時代にも、これくらい速く移動できる手段があったのだろうか……)

 さすがにテレーゼにも疲れが見えて来た。ふと、とりとめもない空想をしそうになる。

 だが、まだケルテスまでの道のりは遠い。

「……で、どこに行くの? あなたたちの故郷は?」

「故郷はないんです。フレーベルはもう彼らに滅ぼされてしまいましたから」

 ヴィクトルは、

「……ごめん」

 テレーゼは、軽い気持ちで彼らの傷口を掘り起こしてしまったことを悔いた。

「カスティナがいいかな」 ヘクトルが答える。

 ヴィクトルは申し訳なさそうに頭を傾ける。

「カスティナも今じゃまた危機にさらされているそうだけど。もう少しルステラの内側の方がいいんじゃないかしら」

「僕たちは自分たちで行動したいので……、テレーゼさんの好意はありがたいですけれど、自分の道は自分で切り開きたいので」

「そう。なら私も無理強いはしない」

 テレーゼは、二人の意志を尊重することにした。

 彼らは木の下に座り、しばらく休憩を取ることにした。


 あたりは誰もいない。そよ風が涼しく、鳥の鳴き声がして、平穏そのものだった。

 しかし、人間は争い合っている。この世界の美しさに目もくれず。

 その対比を想うと、ついあの父の姿を思い出してしまいそうになる。それがつらい。

 

 テレーゼは、だんだん熱くなってきて、フードを外した。

 それを見て、ヘクトルとヴィクトルは、目を見開いた。獣耳というものを初めて見た。

 ヴィクトルは、悪げもなしに言った。

「テレーゼさんの耳ってどうなってるんですか?」

 テレーゼは目を見開いた。

 このままだと、つい声を荒げてしまいそうになる。

 胸がしめつけられ、めまいがする。

 好奇心を向けられる。再び、あの男たちの無邪気などよめきがフラッシュバックして、頭がくらくらする。

 やはり、単に恐怖されるより耐えがたいものがあった

 人間の耳の方にはあるべき淵がない。

「見世物じゃない」

 穏やかな声で言うのに力が言った。

 怖ろしい存在だと思わせてしまうだろう。テレーゼは、人間よりも慎重にふるまわなければならないこのくびきが耐えがたかった。

「私はね、この体のせいでずっと色々な人間から無邪気な興味にさらされてきたの。私は、好きでこんな体に生まれて来たんじゃない」

 ヘクトルがまたもやあきれ、

「おいヴィクトル! こんな綺麗なあねさんをからかっちゃいけないじゃないか!」

「ご、ごめんなさい」

「謝って済むことじゃないんだけどね!」

 テレーゼは腕を組む。こうやって受け答えできるようになったのも、リクスたちとずっと触れ合って来たおかげだ。それ以前は、ただただ人と話すことが怖くてならなかった。

「どいつもこいつも、私を商品としてしか見なかった。半獣は珍しい存在だったから、みんな私を、まるで動物のように扱った」

「逃げようとしなかったのか? あんなにすごい力があるのに」

 ヘクトルが気になって。

「確かに、この力を使えば逃げ出せるかもしれないけれど、それじゃその力に目を付けた奴らの思う壺になってしまう。その力を持っている強い化物としてしか認識されないのがとにかく嫌だった。ただ、自分が、哀れむべき存在として過剰に弱々しくふるまうしかなかった。そしてそんな境遇から抜け出せないまま、神聖帝国に狙われるに至ったのよ」

「そして、また、あいつも他の人間と同じように見るんじゃないかと思ってた。でも、あいつだけは違った。あいつは、私をただの私として理解してくれたの」

 リクス・カレイドのことを思い出すと、次第に心が晴れて来た。

「あの時のことなんて、忘れ去られるわけがない。奴隷商人に運ばれる途中で、神聖帝国に襲われて、もうだめかと思った時に助けに来てくれたこと。」

「リクスって、そんなすごい人なんだな」

 ヘクトルは、テレーゼに彼が与えた影響の大きさは察して余りあると思った。

「すごいよ。だからこそ、私はすぐにでもあいつのもとに戻らないといけない。他の仲間も待ってるから」

「でも、何でそんな風に元気に進んでいけるんですか? 辛いこと、たくさんあったでしょうに」

 ヴィクトルの言葉は、テレーゼにとっては意外なものだった。

「元気? そう見えるの?」

「居場所を守るため……だったかな」

 テレーゼは、成り行き任せで彼との戦いに加わったのだった。

 そして、前に進むしかなかった。

 アンナ。仇を返さなければならない。

 まだ、倒すべき敵は多い。


 ライラ・デンゼルは神聖帝国への就職を断られた。ベルディオとの戦いで、他の魔物に顔を覚えられてしまったのだから当然である。

 だが一向に彼は悪びれなかった。

 ライラは必死になって、自分の長所を宣伝(PR)した。

「私すごいんですよ! ほらこう……色気もありますし!!」

「ふざけるな! 復讐してやる!!」

 剣を向けられ、逃げ回ったものだ。どの魔物に当たっても結果は同じだった。たちまち食い扶持に困ってしまった。

 ライラは、食いつなぐためには手段を択ばない。たちまち彼は正義も何もかもかなぐり捨てて、元の悪人に戻っていた。

 そして、偶然にも野原をさまよっていた所でテレーゼたちに鉢合わせした。

「おっ? あいつら、なんだか使えそうだな?」

 女一人にガキ二人。いかにも無防備な状態で歩いているではないか。

 ライラはひらめいた。もはや良心の呵責などなかった。

「よし、奴隷商人に売り飛ばすか。どっちもいい種とはらしてそうだしなぁ、へっへっへ」

 ライラは懐からナイフを取り出し、三人に向かって

「おい、てめぇら! 命が惜しけりゃ身ぐるみ捨てていくんだな!」

「と、盗賊!」

 とっさにテレーゼの背後に隠れる双子。

 テレーゼには、しかし敵が誰なのかすぐわかった。ほど遠い場所でも、くっきり姿が分かるのだ。

「ライラ! なんであんた、そんな所にいるの?」

 ライラの動きが、わずかに

「ちょっと、待って、あいつは――」

「え、テレーゼさん? ええい、仕方がない!」

 元の仲間だと分かった所で躊躇するライラではなかった。

「もうリクスさんなんていないんだし――」

 刃を振り下ろそうとした。

 素手でライラの手首をつかむテレーゼ。

「何っ?」

「あんたの太刀筋くらい分かるよ。もう、以前の私とは違うんだから」

「ちょっと、放してよ!」 ライラは懇願するように叫ぶ。

 テレーゼは、ごく普通の声で尋ねた。

 ライラはもう命乞いをしている

「別に私は怒ってないから。リクスがいないって、どういうこと?」

「だってって……私、もうあの戦いの後で、リクスさんと別れちゃったから。なんかもう、あの女が殺されてすっかり意気消沈してたから、もうあんなのに付き従ってもしょうがないかと思って」

「てか、アンナさんこそアレクシオに操られてそのまま敵の方に行ったんじゃないですか?」

 テレーゼが目の前にいることがまだ信じられないとでもいうような顔をしている。

「あの……アンナさん、この女は?」

「ライラ・デンゼル。昔からそういう奴なの」

 テレーゼは、ライラの肩を叩きながら言った。

 二人はまたもや意外そうに顔を見合わせ、

「ライラ・デンゼルって、魔物を調伏する笛を吹きならすとかいう……」

「話で聞いたことあるけど、まさかまだ子供だったなんて」

「ふ、ふざけないで。ライラはねー、あんたたちみたいなガキになめられるような」

 ライラは憤りを隠せない。

「実はこの子たち、私知らない間に私たちは有名人になってみたいね」

「へー、ならいいじゃないですか。その立場を使って人を簡単に騙せるんですから」

 ライラは一切悪びれることなく、にたにたしながら、

「そのガキ、結構売り飛ばしませんか? 結構高値で売れそうですよ」

 二人は気色ばんだ。

 テレーゼは、これはきつく懲らしめなければならないと思った。

「あっ、そういうのはいいから。あとでみっちりしつけてあげるからね~?」


「すみませんでしたああああ!!」

 ライラは体中を縄で縛られ、涙を流しながら叫んだ。

 テレーゼは、ライラが完全に身動きできない状態であるのを確認すると、満足した表情、腕を組んでその姿を眺める。

「暴れ出さないようにしっかりつかんでおいてね、ヘクトル」

「お、おう」 ヘクトルには、テレーゼが先ほどのしんみりした感じから打って変わってだいぶ元気になったように見える。

 テレーゼは、ライラを見て実際、安心した。懐かしい顔を見て、一緒に行動できるとやはり肩の荷が下りた感じが強い。

「私たちはカスティナに行く。そして、二人とはそこでお別れね」

 それから少女に向き直り、

「で、ライラ。あの戦いの後、リクスはどうしてた?」

 ライラは浮かない顔をしながら、

「エンヘドゥアンナが死んだ後のリクスさんはとても意気消沈していたね。多分、あそこから立ち直ってるとはとても思えないんだけど」

「いや……リクスは、絶対にあきらめなんかしないよ。私にはわかる」

 だが、ライラは首をかしげながら、

「どうかな。あの後私は神聖帝国の偉い人たちの元を何回か訪れたんだけど、リクスがもう力を失って、戦えない状態になったとかいう話をいたことがあるの」

 それはまさに、テレーゼにとっては青天の霹靂。

「何それ? もうちょっと詳しく教えてくれない?」

「いや、私も噂で聞いただけだから! というか、この縄きつすぎない? ライラはねー、こういうきついしごきには耐えらんないんだけど!」

「だめ。あなたが何しでかすか分からない奴だってことはわかってんだから」

「くっそー。テレーゼさんと私はずっと前から戦い合って来た仲なのに、なんでまだこんな野蛮な仕打ちするわけ?」

「ガドールたちに立ち向かって一緒に戦う人って意味では味方だけど、少なくとも心を通じ合わせる点ではそうとも言いきれないからね!」

「あの、テレーゼさん。僕は、ライラ・デンゼルといえば、もう少し大人びた、奥ゆかしい女性だと思っていたんですよ」

 ヘクトルが同調して、

「本当。実際に会って見ると、なんか全然威厳とかないよな」

 まなじりを決して、眉間から山脈を突き上げつつ二人をにらみつけるライラ。

「ガキどもが……その顔覚えたからな……」

(こりゃやばいわね。私たちがいないと何をしでかすか分からない)

「魔物?」

 騎兵が現れる。

「ここで何をしている?」

「このあたりは俺たち以外立ち入り禁止の区域のはずだ。今すぐここから去れ。さもなければ――」

 鎧の隙間に、護符が差し込まれている。明らかに高い魔力を秘めている。

「やばいよ、ちょっと――」

 テレーゼの姿がそこから消えた。

 ライラと双子がそれを認識した直後、魔物は宙を飛んで弾き飛ばされていた。

 四秒後、テレーゼは一行の前に戻り、

「よし、行くわよ!」

 脇腹に手を当てて、告げる。

 双子の兄弟は、何が起きたのか全く分からなかった。

「い、今のは?」

「知ってた? あれがテレーゼさんの特技なんだよ。獣人の力の一部を受け継いでいるの」

 自慢げに語ってはいたが、内心驚きを隠せなかった。

(信じられない。前のテレーゼさんだったらもう少し移動するのが遅かったはず……)

「あまりこの力を使うのは避けたいんだけど、あいつらがうろついているからには仕方がない」

(あいつらに何をされたか、)

 テレーゼはしかし、少しも安心はしない。自分の力が、敵に由来することは、決して気持ちのいいものではない。

 だからこそ、敵を倒すために使う。それがこの自分に宿る忌まわしい歴史へのせめてもの、みそぎだ。

「とりあえず、ここがもうルステラとの近くなのは分かった。カスティナまでの道はあともうすぐよ」


 ◇


「リクスが、戦う意志を喪失しただと?」

 グレンドールは、その情報を聴いて驚いた。そして、焦った。

「だめだ。奴にはまだ、戦ってもらわなければならない。あいつは、まだ強い敵でいてもらわなければならないんだ」

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