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第二十二話「秘密の語らい」

 リクスが通う行きつけの酒場。

 この頃、リクスは何となく口数が多い、とテレーゼは感じていた。リクスは別に寡黙な人間ではないが、生死を賭けた戦いの連続に何か思う所でもあるのだろう。

 明日生きているかどうか分からないからこそ、言いたいことは何でも言っておかねばならないのかもしれない。

 特に、リクスはアンナのことを誉めそやす頻度と言ったら異様なほどだった。

「アンナがいてくれなかったら僕はここまで頑張ってこれなかったかもしれない」

「私も、リクスがいてくれたからここにいる」

 二人が仲睦まじく語らっている姿に、誰もが注目していた。

 テレーゼは、二人がこれまで以上に親し気になってきているのを見て羨ましいと思った。

 テレーゼにとってリクスはそういう感情を向ける相手ではなかった。出会い方にしても、その後にしても、リクスは基本的に戦友としてテレーゼの前に立ち現れて来た。テレーゼは、異性に対して大切にしたいと思ったり、心惹かれたりしたことはほとんどない。

「本当に仲いいわね、二人とも」

「別に、これくらい話してもいいじゃないですか。リクスさんをエンヘドゥアンナさんは色んな局面で助けてくださったんですから」 レカフレドがまんざらでもない様子で。

「ライラ、みんながそうやってすっごく嬉しいよ!」

 ライラの声が聞こえる。

「ほんっと賑やかだね、リクスは!」

 リクスは陽気に答える。

「そりゃそうだよ。戦いが終わったし、うまい酒が飲める! これだけで充分幸せじゃないか!」

「そうだね! けどさ――」

 ライラは、首を下に向けて、

「……何で、私が宙に簀巻きにされてるわけ?」

 ライラはくるまれ、吊るされていた。全く身動きがとれない上に、天井のはりにくくりつけられているので床との距離が相当ある。

 ライラは恐怖のあまり暗く、すすけた天井を眺めるのがせい一杯だった。

「そりゃ、前にあんなことをしてくれたからじゃないか。やっぱり君は何をしでかすか分からないから、今度こそ当分の間は動けないようにしてあげないといけない」

「はあ?」

 テレーゼはばつの悪い顔を浮かべている。

「まあ、これまでも悪さはしてきたし、それ相応の償いはすべきだけど……やり過ぎじゃない?」

「もちろん、このままにしておくつもりはないよ。あとで例の仕事をやってもらうから」

 リクスにも全く何の呵責がないわけでもない。ライラがこれまでにどれだけで勝利に貢献してくれたかを考えれば、確かにある程度罰を緩める余裕はあるだろう。

 それにライラの容貌が可愛らしいのが怖ろしいのだ。彼は自分の魅力を理解しており、それを使って許されようとすることを厭わない。

 リクスはライラに対して手厳しくいようと思った。

 あたりに沈黙がさした。ライラは険しい表情を深めるばかりだし、テレーゼはライラとリクスに視線をかわるがわる移して冷や汗をかいている。

「盗人ぉ!」

 突然、見知らぬ少女が店内に荒々しく駆けこんだ。誰もが驚いて、黒髪をいただく少女の目を凝視する。

「ちょっとクロエ、助けてよぉ!!」

 ライラが知らない少女を見下ろし、涙ながらに叫ぶ。しかし少女はライラに耳も貸さず、

「まさかあなたがそんなひどい人間だったなんて、知らなかったら良かった!!」

 少女はそれ以上何も言うことなく、出て行ってしまった。

 アンナは困惑した。

「だ、誰?」

 ライラは縄から抜け出ようともがきつつ、

「以前助けてやったのに、何て奴だ! 復讐してやる!!」

「やめなよ。そんなことしたら縄がほどけて床にぶつかるよ」

「ちくしょおおおお!!」

 ライラは叫んだきり、静かになった。

「懲りない奴だ」 ベネディクトが静かに言った。

 ここまで来るとレカフレドもさすがにばつの悪い表情を浮かべ、

「さすがに気の毒だと思いませんか? 降ろしてやった方が……」

 ベネディクトに懇願する。

「だがあいつは……」

 ベネディクトとの相談がだらだらと平行線をたどっている間に、アンナがリクスに誘う。

「ねえリクス、二人で旅行でもしてみない?」

 リクスは驚いた。基本的に内向的なアンナが自分からこういうことを切り出すのは珍しいかあ。

「え? でも、まだ混乱が収まったわけじゃない。みんな、あの騒ぎでひりついているし」

「そういう時だからこそ、心を落ち着かせる時が必要なんじゃないかしら?」

 アンナの笑顔がいつも以上に輝いて見えた。

 やきもちをつくライラ。

「くっそー、お前らばかりいい気になりやがって。私にもさせろよぉ!」

「ライラには笛の演奏で駄賃を稼いでもらうよ。君が持っている魔法の笛は、ベネディクトさんに預かってもらってるからね。じゃあ、テレーゼはライラの監視をよろしく」

「うん。まあ……」

 複雑な面持ちでうなずくテレーゼ。

 ライラに冷淡なリクスに若干引いていたのもあるが、実の所その感情は普段と違うアンナの様子の違和感にも向けられていた。

(アンナってあんなにきゃぴきゃぴしてたっけ?)

 だんだんこの世界での生活に慣れてきたのもあるし、リクスにだいぶ心惹かれているのも分かる。

 

「でもどこに行くの?」

「自然がある所がいいな! 私、街以外の所が見たいから」

 王都の近くにある山に登った。小鳥のさえずりや川のせせらぎにアンナは耳を傾けていた。

 リクスにとっては見慣れた光景だが、アンナにとっては実に感動を覚えるものらしい。

「き、きれいだね」

 アンナにとってそこで見たり感じたりすることのできる全てが新鮮だった。

「すっごくきれいよ! 私が生きていた頃は写真でしかその存在を知ることができなかったから。でも、リクスたちはそれを生身で知っているのよね」

「写真って?」

「写真というのは――」

 アンナの説明はどこまでも続いた。リクスにとって、実はその説明は半分も理解できないものだったから、途中でほとんど聞き流していたが、その無理解を悟られるわけにはいかなかった。

(逆に僕は、アンナの話でしか、アンナがいた時代の姿を知ることができないんだよな……)


 昼になると、弁当を食べた。塩パンだ。塩胡椒をまぶした新鮮な豚肉に、トマトも中にはさんだ、実に豪華なパン。

「リクスは、どうして戦おうって決めたの?」

「うーん、分かんないな。ただ、目の前に困ってる人がいたら、ほうっておけないから、かな?」

「そうなんだ」

 少しだけ暗くなり、星が見え始めた。

 リクスは空を見た。そして一際輝く一つの星を指さして、

「アンナは、あの星の名前とか知っているの?」

「うん。かつては、実際に星にたどりつくために沢山の船がこの地上をたって空の向こうに旅立っていったの」

「すごいな……」

 リクスは、アンナの話を本当のことだと信じて疑わなかった。

「でも、そのほとんどは帰ってこなかった。他の星に人が住むのってものすごく大変で、かりに街を建築させることができてもそれを維持するのが困難だったから。結局、地球の隣にある星に住むのが」

「じゃあ、月とか、他の星にはまだ人が住んでいるかもしれないってこと?」

「いや、そういうのも多分数千年前にもう滅びてるかも。私たちは、他の星を探検することは好きだったけど、そこに作った街を維持するのはそんなに得意じゃなかったから……」

 アンナは、それから急に話題をそらして、

「そうそう、同じ所で勉強してて、気になってた男がいたんだ。私の方からアプローチをかけるかどうか迷ってたんだけど、あいつの方も私に何となく気があるかのように見えたのよ。それなのに、あいつが相談もなく他の星に行くって言った時は、ついかっとなって、振っちゃったけどね!」

「未練はなかったの?」

 リクスは気になって、

「全然。あいつ、提出課題のことはきちんと伝えてくれたのに、旅のことはちっとも連絡してくれなかったから!」

 最初に会った時に比べると信じられないくらい、アンナは明るく話していた。

 自分からぐいぐい話す方だと思わなかったので、リクスは最初気おされたが、それでもアンナの話には興味津々だった。

「私、本当はここに落ちた時にもうだめかと思ってた」

 静かに横で語り始める。

「もう、地上は私の大切な人なんて誰もいなかったし、もう意志の疎通もできない人たちばかりだと思ってたから。でも、そうじゃなかった。テレーゼやライラがいたし、あなたがいたから」

「僕が?」

「もちろんよ。私はあなたと出会えて本当に良かった。また、こうやって遊べたらいいな」

 アンナは空を眺めながら言った。リクスもそれにつられて空へ頭を挙げた。あの星の一つ一つに、アンナの同胞が足を踏み入れたとは、到底信じがたかった。

 だが、アンナが人間として生きていた時も、現代とさほど人間の質そのものは違っていなかった。どうせ、他の星に住むことができたとしても、星同士で戦争を起こしてしまうに違いない。

「だから、ずっとこうしていたい。いつまでもこんな時が続けばいいのにな……って」

 リクスは思わず、アンナの方に顔を向けた。いつものアンナとは違って、顔色が若干赤かった。

 リクスは心ときめきし始めた。

 そしてアンナの腕をつかみ、その上によりかかった。こんなことを、したいわけじゃないのに。

 リクスは、アンナはこんなこと嫌がるとばかり思っていた。だがアンナは突然リクスの後ろに両腕を回し、一気に力を入れる。アンナの意外と柔らかい胸の先がリクスの感触を刺激し、リクスはアンナに思いもよらぬ欲望を抱いてしまう。

「んん!?」 必死でそれを自制しつつも、全く予想していなかった展開のせいで、リクスは全く反抗できなかった。アンナよりずっとあるはずの力が抜けてしまった。

「誰も見ていないんだから、これくらいいいじゃない。明日が来るかどうか分からないんだし」

 リクスは焦った。別に酒に酔ったわけでもないのに、実際頭の様子がそうなってしまったように鈍くなっている。このままでは、勢いのあまりアンナを押し倒してしまいそうになる。

 さらに悪いことに、アンナは少しも拒む様子を見せない。

 リクスは恥ずかしくなってしまった。

「こんなことされたんだもん。話しちゃうかもしれない」

「まさか」 アンナがいたずらっぽく笑う。

 リクスは、金縛りのように動けなかった。だが一瞬頭が冴えた瞬間、思い切り、アンナを引き離し、星空を仰ぐ。

「いや、やっぱり話せないや。俺、こういうこと慣れてないからさ。やっぱり、君だけとの秘密にしておく」

 最悪の場合、テレーゼならまだ大丈夫かもしれない。

 だがライラに知られたらとんでもないことになる。


 夕暮れに日が落ちる頃、二人はとうとう帰り道を歩き始めた。

「ねえ、リクス。今日は楽しかった」

「うん。僕もだ」

 アンナはうきうきした表情で語る。

「私、今日が人生で一番楽しい日だったかも。だからこそ、こうやって笑い合えるのも、これが最後になるかもしれない」

「え?」

 顔はそこまで張り詰めているわけでもないのに、声はだんだん低くなって、

「私たちは、命がけの戦いをしてるんだから。次は、ないかもしれないでしょ?」

 リクスは、アンナからそう言うことを聞きたくなかった。

「アンナ! そんなこと言うな!」

 片手で頭を抱え、それをかろうじて離す。

「僕はアンナがいてくれたから、過酷な戦いをのりきれたし、辛いことがあっても耐えられたんだ。でも! アンナがいなくなるなんて、僕には……俺には……」

 その後が続かない。

「リクス。ずっと思ってたことを話そうか」

 アンナは静かに言った。

「リクスは、どうしていつも嘘をつくの?」

「俺は嘘なんてついてない」

 アンナは静かに言った。

「違う。本当のことを知られるのを恐れてる。本当の姿を隠して、嘘でぬり固めてる」

 リクスは、動揺した。アンナにそんなことを言われるとは夢にも思わなかった。

 アンナにそんなことを絶対に言ってほしくなかった。どこかで、アンナには自分の都合のいいことだけしてくれるという甘えがあった。

「どうして……そんなこと言うんだよ」

「私は、ありのままの自分でいることを許されなかったから。世の中を維持し続ける贄として、望んでもいない立場を演じるしかなかった。リクスには、嘘をつく必要のない人でいてほしいの。私以外のみんなには」

 リクスは、低い声で問うた。

「……エンヘドゥアンナ。君は、それくらい辛い境遇にいたのか?」

 アンナは、口元は緩んでいるが、目は笑っていなかった。

「分からなくていい。私はどうせ、誰にも理解されないまま生きて来たんだから」

『僕なら君を理解できるよ』とリクスは答えかかった。そして、やめた。

 こうして一日は、愁えを含んだ形で終わった。

 酒屋にたどりつく時にはすでに日が落ちかかっていた。


「おいリクス! 楽しんできたようだな!?」

 ベネディクトがいた。

 傭兵が他人の逢瀬を冷やかすとは、実に珍しい。

 リクスは内心を悟られないように、わざとらしく大きな声で、

「楽しかったよ! 本当に、アンナにしか話せないことが沢山あった。ここじゃ色んな人が見てるから」

「ええ」 アンナがうなずう。

 レカフレドが両手に金貨の入った袋を持っている。

「見ろ。ライラがかなり稼いで来たぞ。これで奴が盗んだり壊したりする分を弁償できるな」

「ふざけないで。ライラはねー、ちっともこれで豊かにならないんだから。この金貨の内、私の分は一枚もないんだから」

 頬杖をつきながらテレーゼ。

「まあその分は、伯爵が俸給を支払ってくれるからそれまで待つことね」

「何で私だけ、こんなひどい扱いなの!?」

 ライラはナイフを抜いて振り回し始める。

「私の他に誰か簀巻きにされて吊るされてみろよぉぉ!!」

 その時、ライラは突然電撃に打たれたかのように床にくずれ落ちる。

 ベネディクトが指先で護符をつまんでいる。

「護符の力だ」

「あいつは全く懲りないなぁ、テレーゼ?」 ハーゲンが言った。

「本当に」とテレーゼ。


 リクスはその日、すぐに寝てしまった。寝てしまいたかったが、なかなか眠気が来なかった。

 アンナの言葉をどうしても反芻してしまうのだ。

『リクスには、嘘をつく必要のない人でいてほしいの』

 嘘をつくのが癖であることは知っている。

 昔はそんな癖がなかったのも知っている。なのに、ある途中から

 それがなぜかを考えるのが、とても恐ろしかった。それを突き詰めると、自分が自分でなくなりそうだった。

 だからリクスは、もうすでに次の戦いについて考えている。そうやって、アンナに言われたことを必死で忘れようとする。

 隣でアンナは、リクスが寝付いた後もまだ起きていた。

 そもそもほとんど機械の体だから、寝る必要がないのだが。アンナは、リクスがどうしても寝られないことを危惧していたが、意外とすぐ眠りについたことに安心していた。

 アンナは枕元に立つと、こう告げた。

「ごめん、リクス。私はそろそろ機能を停止してしまう。衛星からのエネルギーの供給が切れたから」

 リクスからの返事などはなから期待していない。

 元から、ここにいること自体が異常なのだ。大地に激突した時点で、アンナは宇宙船の崩壊に巻き込まれて機能を停止しているはずだった。それなのに、人間たちと会い、リクスと会った。そして仲良くなった。

 けれどそれは全てあってはならないことなのだ。別の時代の人間が、交わっていいはずはない。もう私は、ここを離れなければならない。

「もう私がいなくても、リクスは大丈夫だよね。大切な仲間たちがいるから」


 ◇


 やがて、戦いに出る日が近づき始めた。

 ベネディクトは説明し始めた。

「次に俺たちが赴くのはトロイゼン城塞だ。そこを奪還しようってわけだ。聞く所によれば、ボスカルボという新しい魔物を木の四天王に任命したらしい」

 ライラは久しぶりに外に出られることに、とてもうきうきしていた。

「ようやく戦えるんだね。王都じゃなくて、戦場で」

「ああ、今回は俺たちが攻め込む番だ」

 アンナはいつになく真剣な面持ちをしていた。戦いを好まない彼は基本的にこういう話を聞く時実に不安げな顔をするのだが、この時だけはそういう心配そうな面持ちがなく、むしろ覚悟を決めた様子があった。

 リクスは、いつもと違うアンナの顔に恐怖を覚えた。

 あの時のことを考えている場合ではないと、もう一度ベネディクトの話に耳を傾ける。

「ベルディオの時は有利に戦えた。だが今度はそうもいかない。なにしろ敵は小さいんだ」

 異口同音に、

「小さい?」 いぶかしむ一同。

「虫みたいに飛び回るんだとよ。だからそもそも見つけるのが難しいし、簡単に狙える敵じゃないんだ」

 ハーゲンは気炎を吐いた。

「どんな敵だって打倒してやりますぜ」

「ええ。やりましょう。」 レカフレドがかっこつけて。

「あっはっは、そんな奴、この私がひねりつぶしてやるよ!」 ライラが豪快に笑う。きっとリクスたちに味わわされた屈辱を、神聖帝国に大して晴らしたいのだろう。

「ねえ、アンナさん? あなたもそう思うでしょ?」

「まあ、確かに」

 ライラが身を乗り出して尋ねてくるので、最初は困り顔だったが、アンナはそれでも気を取り直して静かに言った。

「仲良くしてあげてね。リクスと、みんなと」

 ライラは、自動的に相手の望む回答を返した。

「そちゃもちろん、仲良くするよ。仲良くして、戦えばいいんでしょ」

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