第十九話「死者の軍団」
ビストロは涙を流していた。
罪を負うことで、彼らを罪から逃すことができるのだから。
「おお、神よ、感謝いたします……」
ビストロは高らかな声で叫んだ。
「さあ、死せる者たちよ、彼らに免罪の機会を!!」
王都の練兵場を彼らは襲った。まさにこの日、王都や他の都市からやって来た兵士の集団が大規模な演習を行おうとしていたのである。彼らはまさにそれを狙った。
ゾンビは、人間を始めとする生命体を素材として生成される魔物の一種である。従来、ゾンビを生み出すのには複雑な魔術による処理が必要であり、また凶暴な性格から使役するのはほぼ不可能とされていた。
だが、このゾンビは違う。まるで軍隊のように整然と行進し、目前の敵を殲滅するために合理的に行動する。
誰もが、そのような敵を目にしたことがなかった。
ルベンは懸命に抗戦した。
呪文を唱え、剣先に魔法の火をまとわせる。
「死者どもめ……! 燃え尽きるがいい!」
炎の波が彼らを焼いた。死者たちは悲鳴もあげずに倒れ、塵と化した。
だが、その程度敵の手を食い止めることなどできない。奥から後続がぞろぞろと湧いて来る。
「くそ……! 『カスティナの英雄』は何をしてやがるんだ!」
彼らが悪いわけではないことを、ルベンは知っている。
あの後、コルネリオはカスティナの英雄たちに悪印象を持つに至った。テレーゼが、人ではない存在と知った公爵は、そういう者を囲っている彼ら全体を、国家にとってふさわしくない物だと判断したのだ。
それゆえに、コルネリオはこの状況でも彼らに救援要請を出そうとしない。
人間の嫌悪感は、時として合理的な損得すら超越してしまう。たとえそのためにどれだけの犠牲が出たとしても。
マルセルは苦虫を嚙み潰した顔で立ち尽くしている。
リクスもアンナも、いても立ってもいられない表情でマルセルの意固地な様子をにらみつける。
「出動要請がまた来ておりません。みなさんは要請がない限り交戦は認められません」
「冗談じゃない。もうこのあたりまで被害は出ているんだ」
ベネディクトはやけに冷静。
「俺たちは結局使い勝手のいい道具なんだ。頼られていないのさ」
「なんでそんなに落ち着いていられるんですか!」
「俺たちは元から大した存在じゃないだろ。身分の怪しいものたちの集まりじゃないか」
アンナが天を仰いで、
「それがこの社会では絶対とされているんですね。まるではるか古代の社会に逆戻りしたようではありませんか」
「じゃあ何だ、昔はそうじゃなかったとでもいうのか?」
アンナは抗弁するように、
「確かに私が生きていた時代にもそういう価値観の人はいました。」
それ以上にリクスを心配させるのは、ライラの姿が見えないことだ。あの悪党のことだ、混乱に乗じて悪行を働いていないといいが……。
死者の軍団と兵士の戦いを見物しながら、古びた教会の尖塔の上、ひそかに屹立してアレクシオはほくそえむ。
上層部と連絡がとれない限り、奴らは動けない。
その上層部が、テレーゼとその一味を呼び寄せないからだ。
アレクシオは、テレーゼがこの戦いにおいて最も危険な存在だと知っている。あの半獣を何としてでも確保するのが大事だ。
半獣は人間に恨みを持つものが多い。テレーゼも説得すれば神聖帝国の味方になってくれるはずだ。アレクシオはそう目星をつけた。
リクスは、ホールを出て行こうとした。
テレーゼが慌てて、
「ねえ、あんた、どこに行くつもり?」
きっとした表情で、
「ライラを探しに行くんだよ。それが目的なら別に問題ないだろ」
もうそれ以上、リクスに答える余裕はなかった。憎い悪人であるが、大切な仲間でもある。
「リクス!!」
アンナとテレーゼがほとんど同時に彼の名を叫んだ。リクスはすでに駆け出して行った。
リクスはほとんど人影のない街並みを歩いた。もう住人は遠くに避難したらしい。
だが、空気の中に血の匂いがするのをリクスは気づかずにはいられなかった。
そして、ライラが鼻歌を歌いながら、向こうから来るのを見た。
ライラは酒やら香水の瓶やら両脇に抱えていた。リクスに近づくと、屈託のない顔で、
「混乱に乗じてさ、店から盗んできたの。ねえ、あんたも一服やる?」
リクスはわなわなと震え、少女をにらみつける
「ライラ……やっぱり君は……」
「あったりめーじゃん。まさか私が二回や三回くらい厳しい目にあったくらいで改心すると思ってんの?」
ライラの顔は思い切り嘲笑した。
「ライラはねー、あんたたちとは住む世界が違うの。あんたたちみたいに、悪に手を染めなくても生きていけた奴らとはわけが違うの!!」
怒りに駆られ、我を忘れそうになったが、慌てて深呼吸。
この子は、まっとうな理屈でさとすことは絶対にできない。不本意だが、鉄拳で裁く他ないのだ。そしてあいにく今は、その場合ではない。
「構わないさ。後でとことん償わせてやる」
ライラはにやりと笑って、
「やれるもんならやってみなよ。私はどこまでも自由に生きてやるんだから」
リクスは、憤懣やるかたない顔で、前を向く。すでにあちこちから火の手があがっている。
「この向こうだ。みんなが戦っているのは」
リクスはもう、ライラに対する重圧から解放され、この苦境を打破するための別の重圧にのしかかられている。
「今はとにかくコルネリオから私たちの戦う許可を引き出すことが大事なんだよね。ま、それは私が何とかしてみせる」
うつむいて、ひとりごつライラ。
「大丈夫かな、クロエ……」
道中で、すぐに敵に遭遇した。
ゾンビだ。包帯から、白濁した眼球がのぞいている。
腐敗臭。明らかに、触っただけでだめだということがありありと分かる。
「近寄っちゃだめだ!」
ライラがナイフで敵の胸を切り裂くが、すぐに傷がふさがれてしまう。
「やべっ!」
突如として上から足蹴りがゾンビの眉間を打ち砕いた。生ける屍はそのまま地面に倒れ、灰を残して蒸発していく。
テレーゼだった。
「あ、ありがと!」 顔をほころばせるライラ。
「ほら、見てよ。こいつらも一緒だよ」
後ろには、ハーゲンとアンナもいる。
「この街を救えるのは俺達しかいないからな。ここで見捨てるわけにはいかない」
だが、肝心な一人がいない。
「ベネディクトは?」
「ついていかないみたい。許可が下りていないからって。あとレカフレドもマルセル様を守るために残ってる」
傭兵として、決して求められている以上のことはしないのだろう。
それが彼の行動様式なら、否定する理由はどこにもない。リクスは、自分たちが思うほど一つになっていないことに、慨嘆せざるを得ない。
ゾンビの大群がいた。
「くそ、まだいるのかよ!」 悪態をつくハーゲン。
「私の力が役に立つかもしれません」
アンナは一人、大群の前に進み出た。
「何するんだ、アンナ!」 リクスがアンナの服の裾を引く。
だが、アンナはいたって真面目な表情で、
「彼らはゾンビであって、死よりマイナスの状態にいるということですよね? つまり、回復させて死というゼロの状態に戻せば、動きを止めることができるかもしれません」
「……よく分からないけど、そんなことが可能なのか?」
アンナは両腕を広げた。すると、青白い光が彼の腕から胸にかけて前に照射された。
その光を浴びると、ゾンビたちはみるみるうちに朽ち果てて行った。わずかな間に、彼らの屍はわずかな灰を残し消え去った。
アンナはその光景を見る内に、目をそむけてしまった。心の中の何かが壊れそうになった。
(人を癒す力を、こんなことに使ってしまうなんて)
「怖ろしいな」 ハーゲンはつぶやいた。
だがそれが、相手にとって辛い発言であることも、そろそろハーゲンは気が付いていた。
「だが普通に使えば、今の技術は人を治すのに使えるんだろう。お前さんが生きてた頃の技術がどれだけすごかったか分かるよ。俺もそういう時代に生まれたかった」
アンナの顔に、やや平静が戻ったようだ。
別に、相手を立てるためにそう言ったのではなかった。リクスたちと色々顔を合わせている間に、そういうのが良くないことだとされていると感づいただけでしかない。
だがそれは確かに、ハーゲンの心の奥底を無自覚の内に作り変えていた。
突然地面が大きく上下に揺れる。
「よーくがんばってるじゃねえか、『カスティナの英雄たち』よぉ」
アレクシオが着地したところに、巨大なくぼみができていた。
「お前が、今回の事件の首謀者なんだな!」 憤って前に出るリクス。
「その通り! 雷の四天王アレクシオとは俺のことよぉ!」
リクスは棍棒を向ける。
「そこをどくんだ。伯爵どのに助太刀に行くんだ」
アレクシオは、
「だがここから先は通さないんだぜ。なにせ本丸がいるからな!」
電撃が落ちて、石畳に亀裂が走る。アレクシオは、同時に空に飛びあがり、彼方に消えていく。
ゾンビもまた、電撃を受けた。その直後、ゾンビの動きが急に俊敏になり、一気に東西南北からリクスたちを包囲し、襲いかかる。
「円陣を組むんだ!」 とっさに叫ぶリクス。
リクスの棍棒が敵の首を突き、骨を折る。
ライラのナイフが軽快に敵の目をつぶし、みぞおちを突く。
テレーゼが腰をひねり、かかとを叩きつけて敵の脊髄を砕く。
ハーゲンの剣が生ける屍の脚を斬る。
アンナが手をかざし、相手の頭に癒しの光を浴びせて土塊に変えて行く。五人はそれぞれの力を生かし、
アレクシオはいっそのこと巨大な雷撃を五人を一網打尽にすることも可能だった。だがまだ、それよりは彼らの力を奪いたいと考えていた。そのためには、まだ手段を温存しておかなければならない。出世のためには、焦ってはいけないのだ。
テレーゼは言った。
「アンナ、私はあなたに詫びなくてはいけない」
「え?」
「体がどうかなんて、気にする必要はないのよね。そんなことより、何が良くて、何が悪いか、意見が一致してる方が大事。そういう所で、やっぱり私たちは同じ人間なんだって」
アンナとテレーゼは顔を見合わせて、したり顔を浮かべあった。
マルセルの屋敷は厳重に門を閉めていた。ゾンビたちに決して内部に侵入されないようにしなければならない。そして仮に奴らが現れればすぐに倒せるように、門の前でレカフレドとベネディクトが控えていた。
マルセルはただ、リクスたちの帰りを待つばかりだった。
レカフレドは手を組んで、祈っていた。
「何を祈っている、レカフレド?」
彼はゾンビたちに気づかれないように、低い声で答えた。
「いえ、リクスどのたちが無事であることを祈っているのです」
「そこまであいつらに入れ込んでいたわけではないだろう?」
「私も最初は、彼らとは短い付き合いになるとばかり思っていました。今でも、短い付き合いかもしれません。けれど」
「奴らとはただ単に同じ時間を過ごしただけさ。別に特別に心惹かれる出来事があったわけでもない」
「リクス・カレイドのことですよ。彼はテレーゼを救い、ライラを捕え、私たちの元に引き連れてくれました。あの三人のおかげでベルディオも討伐できました。これは実に幸運なことですよ」
「ああ。とんでもない偶然だ。こんなことは再現可能性のない事象だ」
「まるでエンヘドゥアンナさんみたいな話し方ですね」
「そうか? そういうお前も随分リクスに影響されているようだが」
だが軽口をたたき合うのもそれまでだった。
ゾンビが門を叩く音がした。
「奴らのおでましだ」
しかし、慌てることはない。この程度のことは、すでに計算済み。
ベネディクトは剣にある護符を貼っていた。上質な赤い布でできていて、表面に幾何学的な模様が彫られている。斜線で構成されたそれは炎の形をかたどっていた。
「火の精霊の護符だ。門を少しだけ開けて、奴らをおびき寄せてから一気に放つ。準備はいいな?」
「ええ」 レカフレドは笑った。すぐ隣りに、リクスたちが付いてくれている気がした。
「娘にもあいつのことを語ってあげなきゃな」
ビストロのナイフが縦横無尽に暴れまわり、兵士たちの首筋を次々と切り裂いていった。それは、ビストロにとって大きな罪であり、償いであった。ビストロは、喜びの左目と悲しみの右目、そして改悛の口元を浮かべ、返り血を浴びた。
この間、コルネリオ軍はひたすら押される一方だった。
ゾンビたちは単に敵を殺すだけではすまさなかった。彼らは
ずっと迫りくる敵を切り払い続けて来たルベンも徹底を余儀なくされた。アルフレッドは、その様子を見て、思わず心がくじけそうになった。
これだけ多くの犠牲を出しながら、まだ公爵は首を縦に振らないのだろうか。
「どうかご指示を! 『カスティナの英雄』たちに……」
アルフレッドはコルネリオに懇願する。
「だめだ。私は自分の信念に忠実でなければならない」
「たとえ命が脅かされてもな。今更それを変えるわけにいくか!」
ゾンビは明らかにビストロを守るように動いていた。
見るからに理性など何もない人の成れの果てであるにも関わらず、その内面に、明確に主への忠誠心がほの見えるのだ。
死を恐れていない。人間ではないのだから、人間の感情で動くことがない。
ビストロはまさに聖者の行進を先導していた。
アルフレッドの乗っていた馬の首を刺し貫いた。伯爵も落馬してしまった。
コルネリオもいよいよ冷や汗を隠さないわけにはいかなくなっていた。
だが、アルフレッドにはとどめをささず、ビストロはナイフを捨て、静かに歩き出し、
「お願いです。どうか私の命を、しとめていただけないでしょうか?」
コルネリオの前でひざまずいた。




