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第十七話「幻滅の饗宴」

 コルネリオ伯爵。神聖帝国との戦いで名声を博している人物である。

 その男がちょうど先日、王都に帰還した。今日、彼を歓迎する催しが予定されているのだ。

 リクスたちもこの歓迎会に招待されていた。一般人は入れない敷地の中は高官でごったがえしていた。

 ベネディクトが彼らに色々と言葉を交わしていた。

「お久しぶりですな、リクス殿」

 リクスは初老の騎士に見覚えがあった。渓谷での危険な偵察の時、声をかけてもらった男だ。

「ご無事でしたか、ルベン様」

 リクスはにこやかに笑って久闊を叙した。

「あの時の怪我もエンヘドゥアンナにすぐ直してもらいました。本当に彼には感謝していますよ」

「彼は実に不思議な力を持っているようだね。精霊による魔法でもないそうだから謎だ」

「あの子自身はあまり詮索されたくないそうですが……」

「うむ、そのことについてはあまり聞かないでおこう」

 それから話題は、リクス自身のことに移った。ベルディオとの苦闘、グレンドールと相対した時の恐怖についてリクスはこまごまと語った。

「僕は、まだ精進が足りないと思います。あの時も僕はただ敵におびえるだけで、何もできなかった……」

「君のように若い方が戦いなどで身を蕩尽する物ではありませんよ。『カスティナの英雄』であることに囚われる必要などないのです」

「僕は、『カスティナの英雄』であることから逃げられないです。みんながそれに期待しているから」

 ルベンの声には、愁えがあった。いつ終わるともしれない戦いに、誰もが不安で、その不安を抱き続けることに疲れているのだ。


「楽しそうだね、みんな」

 テレーゼは不服そうに、

「冗談じゃない。私たちはあくまで護衛。ここで楽しむ資格なんかないのよ」

「でもさ、私みたいなクズがこんな所に呼ばれてるなんて面白くない? ライラ、数か月前は貴族たちと一緒にいるなんて想像もできなかった。ほんと、人生って何が起こるか」

 テレーゼにとっては、貴族というものがどういう存在なのか想像もつかなかった。

 ライラにとっては、元から軽蔑してやまない存在だ。だからこそ、彼らと一緒にいても別にかしこまるようなそぶりは見せない。いっそのこと、派手に空気を乱そうかというつもりでいる。

 コルネリオが馬に乗ってやって来た。左右と後ろに、十数人の衛兵を従えて。

「うわーっ、えらそー」

「よせ」 ベネディクトが荒っぽくライラの口を抑えた。

 コルネリオは、いかつい顔のいかにも戦士という顔立ちの男だった。

 その姿を見た時から、ベネディクトはまるで銅像のように少しも身じろぎしなかった。この手の貴人を相手にするとき、どれだけへり下らなければならないか、経験で知っているのだ。この男は、この国で王に次いで有力な人間なのだ。

 ルベンも、アルフレッドも、居住まいを正して礼をした。

 ライラは、大げさに平伏してみせた。

「コルネリオ公爵殿、ご帰還お待ちしておりました」

 アルフレッドがうやうやしく告げた。

「私共は素晴らしい場をご用意いたし――」

「半獣か」

 コルネリオは鈍い声を発した。そして、テレーゼをにらみつけた。

 テレーゼは震えた。

「臭いで分かるぞ。なぜ半獣がここにいるんだ?」

 公爵の声は敵愾心に満ちていた。今すぐにでも、人ではない者を討ち取ろうとする敵意が感じ取れた。

 アンナが、

「この方は人間ですわ。ずっと今まで、私たちを助けてくださいましたもの」

「半分魔物ということは、人間との同胞意識も半分ということだろう」

 ベネディクトが制した。

「今戦っているのは、ルステラ王国と神聖帝国です。なぜそこに、種族の対立を持ち込むのですか?」

「神聖帝国には確かに人間の部下もいる。しかし、その大部分は魔物だ。そして中にはこの娘のような半獣もいるのだぞ」

 ルベンが進み出て、

「お言葉ですが閣下、四天王の一柱ベルディオの討伐はこのテレーゼ・マイニンゲンの協力がありえないことでした。彼を侮辱するのは、他の兵士たちも望まないことです」

「この王国は人間によって作られた。」

 リクスは憤り、脚の棍棒に手を出しかけた。

 だが、ここでことを荒立てた所で何の解決にもならない。ひたすら公爵の疑心暗鬼を

 結局、いつもこうか。私は、どこにいても迫害される……!

 テレーゼはくるりと一同に背を向け、会場を後にした。

「どこに行くんだ、テレーゼ……」

 思わずリクスがついて行こうとしたが、ハーゲンが制止する。

「そっとしておけ。奴の心に任せるべきだ」


「もういい。もうこんな街にはいられない」

 全てが嫌になり、テレーゼはどこかへ歩き出した。

「テレーゼさんは何も悪くありません!」

 アンナが何としてでも彼を引き留めようとする。

「私だって手術を受けて、体は半分人間ではなくなりました。けれども――」

 テレーゼは投げやりに叫ぶ。

「あんたは人間そっくりだけど、私はそうじゃない」

「あんたは元から人間。私とは事情が違う。私はこの体から抜けだせない。あんな奴の種から生まれさえしなければ……!」

 アンナは呆然として立ち尽くしていた。

 リクスは、うつむいたまま、歯をくいしばり、じっと目をつむっていた。

 ずっと一緒にいたせいで、すっかり忘れていた。

 テレーゼを受け入れない人間の方が多いのだ。たまたま耳や頭の形が違うだけで心は、同じ人間であるはずなのに。

 アンナは、テレーゼの背中に、深い悲しみと恨みを感じ取った。それはアンナにとってはあまりに壮絶で、推し量って余りある深い断絶だった。

 古代人は半獣を引き留める意志を失い、うなだれるばかりだった。


 ライラが、慌ててテレーゼを追いかける。

「ちょっと待ってよ、テレーゼさん!」

「いい。どうせ私なんて、どこにもよるべがないんだから」

「そんなこと言わないでよ……。一緒に戦ってきた仲間でしょ!?」(金づるを逃がすわけないでしょ……ライラ、とにかくこいつをたらしこまなきゃ!)

「でも、そいつら以外はみんな敵。敵とは分かり合えない」

 ライラにとっては、テレーゼがどういう過去のせいでそう考えるようになってしまったかなどどうでもよかった。

 テレーゼが

(とにかくこいつからも搾り取れるだけ搾り取ってライラ、逃げなきゃいけないのに……)「敵なんて言わないでよ。私たちが守らなきゃいけない人たちでしょ」

(あ~あ、何でこいつが悲しい顔しないように取り計らわないといけないのやら……)

 だが、二人がそれ以上、面倒な会話を続けることはなかった。

「人間が人間ではない者とつがい、子孫を残す。これは、神の禁忌です」

 ざくざくと土を踏みしめる音。

 枯れた、細くて低い声。弱々しい男の声なのに、なぜか人の心を寒からしめる恐怖を帯びている。

「半分人間であるものは、この世から絶たねばならない。神はそうお命じになられました。ゆえに――」

 テレーゼは振り向いた。

「お救い、いたします」

 背の低い、しわがれた声を発するうらぶれた老人。

 だが、テレーゼの鋭敏な感覚はその老人から危険な何かを感じ取った。

「何なの、あんた!?」

 テレーゼは恐怖に駆られ、叫ぶ。老人は胸に手をあてて、頭を下げ、

「申し遅れました。私の名前は、ビストロ。神の導きを求める者でございます」

 直後、ビストロはテレーゼがいた場所にいた。

 もしテレーゼが反射的にそこから飛びのいていなかったら、きっとビストロの腕が彼の首を折り曲げていたはずだ。

 恐怖が確信に変わった。こいつは、

「あなた方は気高い魂を持ち主のようだ。」

「その償いによって私は……私は……おお……」

 ライラはビストロの腹部を蹴り上げた。

 並みの人間なら、致命傷になるはずの勢いだった。

 ビストロはわずかに後ずさったが、しかしほとんど

「逃げるわよ!」

 テレーゼはライラを両手で抱きかかえた。

 そして、魔獣としての力を発動させる。ビストロはふらつきながらも笑顔を崩さない。

 一秒経った時、ビストロは、銀色に光る刃をふりかざした。

 三秒経った時、テレーゼはライラを腕にかかえたまま高く跳躍する状態だった。

 五秒経った時、二人はビストロから遠く離れた。

 ビストロは、残念そうな目を浮かべた。まるで、相手が罪を償う機会を逸したのを嘆くように。

 後ろからアレクシオが近づき、ビストロの側に立つ。四天王の一柱にとってもテレーゼの神速はまさに絶妙なものだった。

「あの半獣、逃げだしやがった。戦うための兵器として作られたくせにな」

「いや、彼はまさに人間でした。兵器などとはとんでもない」

 ビストロは感心したように、

「あの方を殺せばあの方の魂が私を見守ってくださる。そして私は悔い改め、素晴らしい償いができる。これはこれは……」

「おめえ、いかれてんだよ」

 さすがに、ここまでくるとアレクシオは軽蔑したり嘲笑したりする場合ではなくなっていた。

 ビストロには悪意がない。全てを償いに至る物語として解釈している。人を殺めることは、罪を償って神を見るための功徳なのだ。

 一体なぜそのような信条を持つに至ったのか、アレクシオには全く理解できなかった。そもそも他者の命を奪うのは、目的を達成するためのやむをえない手段であるはずだ。

 だがそれがこの老人にとっては、最初から目的と化してしまっている。

「彼らが生きられるはずだった分を、私が生きることで、この償いを成し遂げるのです。素晴らしいことだと思いませんか?」

 思わず、アレクシオは気おされ、変な息を出した。


 テレーゼが力を解除した時、ライラは彼の両腕の上に乗せられていた。

「えっ……あっ?」

 気が付くと離れた路地裏にいたライラは、テレーゼを見て一瞬何が起きたのか分からなかった。

「ここにいればひとまず安全よ……まあ、ここにいても何の解決にもならないけど」

(良かった。ライラを無事に助けられて) テレーゼはじっとライラの顔を見つめた。ライラには、テレーゼの顔が若干やわらいだ風に見えた。

 ライラは、テレーゼの腕から降りて低い声で尋ねる。

「何で、私を助けたの?」

 テレーゼはしばらく黙っていた。

 実際、答えるのに勇気がいった。彼は人間にも魔物にも所属することのできないことを、誰にもかこつことができないからだ。

 しかし、この世の生けとし生ける者全てがそんなくくりで分断されているわけではない。カスティナの城塞で戦い、ベルディオを命がけで討伐した時、テレーゼには人間と半獣の別などなかった。そこにはいかなるくくりにも束縛されることのない、ただの仲間がいた。

 あの戦いが終わってから、またテレーゼはいつものように半獣として恐れられ、蔑まれる存在に戻ってしまった。だがあの戦いを通して知り合った仲間だけは、テレーゼを一つの生きる存在としてみなしてくれている。

「仲間だからよ。あの時のことを一緒に経験した仲間だから」

 無論、それもまた人間と人間以外という区別に比べれば五十歩百歩に過ぎない。だが、人間ではない者を即座に排除しようとするコルネリオたちの頑迷な精神に比べれば、もう少しましだとテレーゼは信じた。

「それを知らない奴らとは別。少なくとも同じになれる」

 ライラは微笑を浮かべ、

「何か知らないけど……ちょっとだけテレーゼさん、元気になったみたいだね」

「空元気よ。リクスに怒られなきゃいいけど……」


 会食中、リクスは無言だった。

 これまで食べてきたことのないものばかりであったにも関わらず、リクスは何もおいしいと思えなかった。

 レカフレドがこの殺伐とした雰囲気を何とかして打ち壊そうと必死に話しかけていた。


 ルベンは心底辛そうな表情を浮かべ、

「きちんと抗弁することができず、申し訳ない」

「いえ、あの時きちんと言うことができなかった僕の責任です」

「僕はテレーゼを助けるべきだった。以前彼を助けたように、あの時もためらわずに助けられていたら良かった。そうすれば」

 ベネディクトが沈黙を破り、

「助ける助ける、か。あいつはお前に助けられるのを待つだけの騎士物語の姫君じゃないぞ」

「でも、僕が助けたからこそ、今のテレーゼがいるんだよ」

「前から気になるが、一体そういう英雄気取りの心意気をどこで手に入れたんだ」

「広場で上演される昔の英雄の劇を観てたら、いやでもそうなるさ」

「お前はそういう見世物には興味がないだろう。ここに来てから一度も劇場を足を運んだことがないくせに」

「む、昔は見てたんだよ」「いつ? どこで?」

 容赦のない傭兵の詰問に、リクスの言葉がだんだん小さくなっていく。

「ねえ、リクス」

 干し肉をフォークで刺し、口に運んでいたアンナがその動きを止めて。

「あなたは、いつもそうやって自分を良く見せようとしていない?」

 リクスは、まごついた。いつになく、アンナが真剣な表情を見せていたからだ。

 その端正な顔つきに、一瞬だけリクスはざわついた。単に美貌なだけではなく、いかめしい様子を感じたから。

 そして、まだいつものアンナにもどり、

「ごめん……気のせい。とにかく、ライラとテレーゼさんが気がかりだわ」


 他の貴族たちも、実の所あの発言に何も思わなかったわけではない。

「コルネリオ殿も偏狭な方だ」

「古代人とやらも怪しいがな! エンヘドゥアンナとかいうそうだが」

 カスタ渓谷での戦いを知らない者たちが口々に。

「田舎者が、あんな女を連れているとは、もしかしたら悪魔に憑かれているのかもしれん」

 アルフレッドは首を縦に振らない。

「いや、あの娘はほらふきかもしれんが、回復術は本物だ」

 そして、なみなみと注がれたワインを飲み干すと、

「テレーゼの例もあるし、魔物はこの国に有用だよ。そういう奴には生存権くらい与えてやってもいいだろう」


 ◇


 まだ幼い少年だった時、コルネリオは父に連れられ獣人の征伐に参加したのだ。獣人のある集落が、半獣をかくまっているというのがあの戦争の大義名分であったような気がする。

 もうすでに、半獣はこの世にあってはならない存在なのだ。

 だが、コルネリオ少年はうすうす感づいていた。彼らは単に、土地や領主からの恩賞が欲しいだけなのだと。

「息子よ。見ておくがいい」 誰もがいかめしい表情を浮かべるなか、父は優しげな様子で子にささやいた。

 そうでもしなければ落ち着けないくらい、あの戦いは熾烈を極めていた。

 敵の抵抗は激しかった。一匹一匹が大きく、力を持っているだけに白兵戦ではかなわなかった。故に遠距離からひたすら魔法を撃つ方法で攻めた。

 目の前で敵を直視し、殺意を向けないあの殺戮に、コルネリオは不快感を覚えた。

 だが、彼らは憎しみだけでこちらに突進し続けた。住処を奪われまいとする怒りだけで、彼らはこちらに走り続けた。

 そして獅子の頭と毛を持った獣人が、死を恐れずに軍団に突入して、死に際に護符に呪文を唱え、火の精霊を爆発させたのだ。

 間近に近寄られた兵士たちは即死した。獣人の肉塊が地面の草や衣服に引火して、燃え広がる様子が、コルネリオの原風景の一つとして深く刻みこまれている。

 あの時の悲鳴や血を忘れられるわけがない。

 コルネリオの父もその時重傷を負い、間もなく息を引き取った。

 コルネリオはそれから、人間以外の種族に対する憎しみを抱いた。

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