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第十三話「葛藤」

 戦争で最も物を言うのは数だ。奇策などというのは戦局を一時的に変えることはあっても最終的な決着を左右することはほとんどない。

 リクスは、それを痛いほど理解した。

 ここでは、ただ衝突と暴力だけが人間を支配している。人間がそれを行使しているのではない。むしろ力によって人間は使われているのだ。

 その力に突き動かされた結果、敵も味方もひたすら命を蕩尽する。

 戦の神が荒れ狂う。それを鎮めるのにどれだけの犠牲が必要か、想像するだけで身の毛がよだつ。


 城塞の方でも、状況は慌ただしかった。

「おい、城門はきちんと閉じたな?」

「鼠一匹も通すな!」

 城壁の上、兵士たちが慌ただしく動き回っている。

 決して戦況は芳しいものではなかった。味方が後退してきているのではないか、という噂が流れていたからだ。

 剣と槍の打ち合う音がだんだん大きくなってきていないか、という恐怖は実際誰にもあった。ただただ、味方の健闘と無事を祈ることしかできなかった。


 両脚の装甲からひきぬいた棍棒をつなぐ。長くのびた棍棒の先端は素早い速度と一点への衝撃で、絶大な武器へと変化する。

 それを利用して、リクスは的確に敵の鎧を砕いた。たとえ相手の体そのものに損傷を与えることはできなくても、この棍棒の一撃は相手の骨に強烈な振動を与える。リクスはひたすら敵の急所を狙った。振り回している間にも、棍棒の握り手を微妙に変えることで流れるように相手の弱点に正確に尖端を叩きこみ、ひたすらこちらの行動を予測させない。

 覚悟はしていたが、いざこうして戦うとなるとあまり気分のいい物ではなかった。

 テレーゼは、鉤爪を装備していた。

 半獣としての本能が、彼に敵と戦う力と闘志を与える。

あの状態になると、確かに強い。だが、膂力が強化されるあまり防御その物は極めて脆弱になる。

 テレーゼは、自分の力を過信しなかった。そして、頼りになる人間がいる。

「リクスは、後ろをお願い」

「分かった」

 テレーゼは再び体の奥底に力を集中させ、封印した力を解き放つ。

 その瞬間から、すでに彼は敵の中に嵐となって荒れ狂い、血の足跡を残した。

 三秒たった時にはすでに敵は怖気づいた。

 テレーゼは、自分の力に恐怖した。

 六秒目、彼は敵の群れから離脱した。七秒目、彼は味方の中に駆け込み、棍棒を振り上げて味方に襲いかかろうとした敵兵を殴りつけた。敵兵の後頭部に大きなくぼみができた。

(すごいな……) リクスは、テレーゼの戦いぶりに、おののくしかなかった。普段はどこか気弱に見えるテレーゼも、この十秒間だけはまるで人が変わったように凶暴になる。

 そしてその十秒後、テレーゼは、リクスによりかかった。

「見て、敵は後退していくよ」

 リクスはテレーゼを安心させるように声をかけたが、獣人の面影を深く残した相手の顔はひどくやつれ、怖ろしく見えた。


 アンナは城塞の内部でいたが、決していたずらに過ごしていたわけではない。

 一室に負傷した者たちが運ばれてきた。中には捕虜として捕まったものもいた。

 誰もが少なくとも数か月の怪我は負っていたが、アンナの指から光がほとばしると、負傷兵の傷が次々と癒えていった。

 誰もが、怪我をしたはずの部分を手で触って、不思議そうに目を丸くした。

 アンナは言った。

「申し上げたではありませんか。私には力があると」

 そこには、敵に対する憎しみはほとんど感じ取れない。ただただ、全てを俯瞰するような態度がほの見えている。

「たとえ魔物であろうと人間であろうと、同じ空の下で暮らす命なんですから……」

 アンナは消え入りそうな声でいった。

 ハーゲンは、おびえた顔を浮かべた。

「回復魔法ではないな。一体何なんだ、お前は?」

 アンナは、説明した。

「自動修復システムを応用したものです。軍事的な用途で搭載されたものですが、このシステムが機能する理由は当時でも原理が説明困難とされていました。そんな機能でも搭載されているのは、ひとえに私が使い捨ての実験材料だったからですね」

 相変わらず、現代ではよく理解できない用語が混じる。

「よくわからんが、お前、恐ろしいんだよ」

 ハーゲンはますます、人ならざる者一般への恐怖を増幅させたのだった。


 しかし、この戦いにおいてリクスたちはさほど重用されていたわけではなかった。四天王を討伐したという功績のためにたまたま一目置かれているだけに過ぎないのだ。

 失望したような目つきだった。

 馬上で、指揮するのは伯爵だ。国王からも信任されている人物である。しかし、実際の戦闘――それもこれまでの経験が通用しない相手となっては、さすがにその能力は発揮しがたかった。

 彼は、敵がどんどん増えていくことに気づいていた。そして、味方の士気が下がりつつあることにも感づいていた。

 その中に合ってただ一人、焦りも感じず気ままにふるまっている者がいる。ライラだ。

「ライラ、こういう時役に立つんです! どーか一役買わせていただけないでしょーか!」

 ライラは、身分の違いなど気にせずに軽く叫ぶ。

「貴様のような小娘に、何ができるのだ」

 伯爵は高慢な人物だった。貴族としての立場に対する矜持が、下々の者たちへの無自覚な見下しにつながる。

 何より、ライラは本来ならば罪人として処断されるべき人物である。

「敵を撹乱するなら、ライラに任せてよ」

 笛を吹きならした。すると敵も味方も苦しみだした。

「おいっ……味方まで巻き添えにするな!」

「だってライラの笛、そんな器用なことできないし……」

 フランクールはこの手で罰してやりたい所だったが、敵味方の怒号が絶えずなりひびき、流れ矢が飛んでくるこの場所ではまともに叱りつける余裕もない。

「次同じことをやったら承知せんぞ!」

「はいはーい」

 伯爵も、ライラも、相手に対して並々ならぬ反感を抱いた。

 ライラは低い笑い声をあげながら、

(よーし、ここらへんまで何とか生き残ることができたし、さっさととんずらかましますかぁ)

 ライラはリクスやテレーゼと違い、敵から人々を守ろうとする大義にさして興味がなかった。元から自分の命が一番大事なのだから、


 敵の速度がやや遅くなってきた所で、王国側はついに敵の分断を図った。あらかじめ、味方にはある時間でわざと後退するように指示していたのだ。

 これに乗じて神聖帝国軍が城塞へ向かって進むと突然、左右の崖から岩が滝のように降って来た。

 下敷きになって死んだ者は数知れない。

 神聖帝国軍もさすがに動揺を隠せなかったようだ。

「全くこのためにあらかじめ中に岩を埋めて置いてよかったぜ。これで当分の間は奴らも入ってこれないはずだ」

 ハーゲンが気炎を吐いた。だがレカフレドは安心できない。

「だが魔物たちのことだ。この積もった岩の上を歩いて渡って来るとも限らない」

「ああ、どんなことがあってもおかしくない。だからどんなことが起きてもいいように、あらゆる可能性について考えておくんだ」

 レカフレドは塞がれた道を眺めながら言った。

「もうすぐ次の敵がやって来る。気は抜けていられないぞ」


 空の漆黒に、次第に紫色が混じって来た。

 夜明けが近いのを感じた。

 リクスは武器や顔が血で汚れたのを見て、表情を曇らせた。

 ベネディクトは問うた。

「この戦いの目的は何だと思う?」

 リクスは言った。

「敵の総大将を討ち取ることだ」

「ああ。だがそいつはこの遠くにいる」

 遥かな軍勢の後ろを指さした。もはや、一人一人の顔すら識別できないほどの遠さだ。

「これまでの戦いだと総大将同士が一騎打ちで戦って勝敗が決まることはごく当然のことだった。だがあいつらは違う。奴らはただ、遥か遠くで綿密に計画を立てながら、戦闘はひたすら下っ端に任せている。だから、どれだけ敵を倒した所でまた別の奴らが現れるだけだ。決して敵の軍団そのものをばらばらにすることはできない」

「なら、僕が直接そいつらの元に出向いて戦えばいい」

「馬鹿言え。殺されるだけだぞ」

 リクスは、無論自分が荒唐無稽なことを言っていると自覚していた。

「僕は英雄になるために生まれて来たような気がするんだ。今ここであいつらを倒さないと、自分の使命に背くんじゃないかって」

「ただの蛮勇だ」

「でも、英雄ってのはいつだって危険な賭けに勝利して、生き残って来た奴らのことをいうんだ。僕がその一人になれるとは微塵も思わないけど、ここで退く理由になんかならない」

 ベネディクトには、リクスが本心でそれを言っているのかどうかわからなかった。


 神聖帝国軍側も、巨大な落石のためにしばらく進軍をあきらめた。だからといって、戦意が減退したわけではない。

 むしろ逆だ。こうでもしなければならないくらい、敵は追い詰められている。それが分かると、むしろ

「ルステラ軍め、最初からこの道を破棄するつもりだったのか?」

「愚かな……みすみす打って出る道を少なくするというのか?」

 生き残った者たちは、話し合った。

「ルステラはただでさえ反撃の糸口を奪われてきているのだ。そしてこのカスタすら捨て去ろうとしている。時間の問題なのだ」

 必ず、この戦いに勝利しなければならない。それは重圧ではあるが、しかしこの試練を乗り越えた時に味わう栄光は何よりも美味。

 たとえその栄光をつかむのに犠牲を払えば払うほど、それは名誉の死に転じる。

 人々は意気軒昂として、

「そうだ! 俺達が必ず勝利するんだ!!」

 口々に勝利を叫ぶ。犠牲になった者たちに報いるために。


 その晩、リクスは城塞の指令室を訪れた。彼の目的は、最初から決まっていた。

「敵の指揮官の姿を見たいだと?」

 伯爵は怪訝な顔を浮かべていた。それはすぐ、相手を否定するような、いかめしい顔色へと変じた。

「今回の神聖帝国軍は四天王が率いていると言います。しかし彼は後方におり、決して姿を現しません」

「そうだ。だから、どうするというのだ?」

「四天王に、決闘を申し込みたく」

 一瞬だけ、沈黙。その次に一同の動揺。

「馬鹿な!? 貴様は死にたいのか?」

 リクスは、相手の殺気立った顔つきにも動じなかった。

「我々が戦いを申し込んでいるにも関わらず、彼らは卑怯にも応じようとしません。ならば、こちら側から仕掛けてみるのも良いと思いませんか?」

 誰もがしばらく、沈黙していた。この青年の発言が一体どこからくるものなのか、どうにも知りかねていた。

「正気か……」

 年の入った騎士がリクスを見て、言った。他の面々と違い、彼だけはリクスを非難するような視線を向けなかった。

「リクスくん。君はベルディオと戦い、生きて帰って来たんだったな」

「成功しても失敗しても、神聖帝国軍をますます刺激するぞ。さらなる攻勢に出ることも予想される」

「私も騎士団で修行した身ですから、危険な賭けであることは深く承知しております」

「ルベン、この若造を信頼するのか?」

 伯爵はため息をついて、

「この賭けは極めて重大だぞ。我々の命運がかかっているんだからな」

 もし、これが失敗したらどうする? 伯爵は考えた。

 誰の責任にするか、それが問題なのだ。

 伯爵は王にも忠誠を誓っており、この戦いは王からの信用を得るか失うかの瀬戸際にある。そしてもしこの任務が失敗して、その責任が伯爵のものになったら、伯爵はたちまち王国での地位を失ってしまうだろう。そして、それは神聖帝国にもさらなる侵攻の機会を与えてしまうことになる。

 だがもしこの少年だけが乱心して、勝手に四天王の命を狙おうとしたものだとすれば、それは伯爵にとってはただの不運に過ぎなくなる。そして、神聖帝国に対しても、これは末端の兵士が勝手にしでかしたことで、我々ルステラ軍のあずかり知らないことだという名分が立つ。それならば、いっそリクスに全部の責任をなすりつければよいのだ。四天王の一人を討った以外には何の

 そして伯爵以外の者たちも同じ考えだった――貴族たちは、これから起きる出来事を全てリクスのせいにしたがった。

「いや、実にリクス殿は勇猛な者だ! ぜひとも、かの四天王をもう一度うちとることができれば、」

「私も賛成です」

「賛成だ!」

 フランクールは左右を見渡し、

「ならば、私にも反対する理由はないな」

 リクスに大して命令を下す。

「敵の指揮官を見つけて――あわよくば、腕前を見てこい? いいな?」


 何と無責任な奴らだろう。

 リクスは、へどが出る気分だった。

 そろそろ、日が昇る頃だ。

 リクスは、空を眺めた。王都への途でながめた空よりも、もっと澄み切って、涼しくて、殺伐とした空だった。

 ルベン――例の年老いた騎士が近づいてきて、言った。

「申し訳ないな。あれが王国の人間の全てだと思わんでほしい」

「何をおっしゃいます。僕はただ、敵の首魁をこの目で確かめたいと思うだけですよ」

「神聖帝国軍の全容はいまだ謎に包まれているからな。その指揮官を特定するだけでも十分な武勲となるだろう」

 そこに、テレーゼとアンナが走って来た。

「リクス!」「リクスさん!」

 テレーゼはリクスにつめより、

「正気なの!? 私たちがベルディオを倒せたのは本当に運が良かっただけ。また同じことなんてできるわけない。ただ、殺されるだけ」

「それでも、やるしかないんだ」

 なぜそういう衝動に突かれるのか、リクス自身もよく分からない。ただ、誰かに言われた気のする言葉が口をついて、

「僕の言うことを誰も信じてくれないからさ」

 ルベンは、リクスについてよく知っているわけではない。それでも確かに、この少年について確信をもって言えることがあった。

 この少年は、何かを恐れている。そしてその恐れを隠すかのように、死地に飛び込もうとしている。

 まるで、その恐怖の根元に何か後ろめたいことがひそんでいるような……。

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