公爵令嬢のプライド
レウルスとの関係は微妙なままだった。
音楽室でやりとりをして以来、2人きりになることもないせいでせいぜい挨拶を交わすぐらいだ。
(でも、今日は授業でカルテット練習が………)
本日の授業は、授業内で組むように指示されたカルテットメンバーによる活動だった。レウルスを勧誘していたのでメンバーである彼と接することになる。
(どんな顔をして練習をすれば…………)
レウルスは音楽にストイックだから音楽に集中してしまえば、先日のこともキレイさっぱり忘れて演奏できるのかもしれない。だが、ルイーズはそこまで集中できる自信がなかった。
バイオリンケースを持って専用の練習室に向かうと、すでにレウルスが練習室にいた。幸い、ほかのメンバーもいたおかげで2人きりにはならず直接、言葉も交わさずに済んだ。
「古典的だけど、ラリハでもやろうか」
ラリハの曲は宗教的なイメージがある曲が多い。いわゆる弦楽器の権威的な曲で、誰もがラリハの曲を弾いたことがあると言われるほどだ。
「レウルス、これチェロのための曲でもあるからまずはお前から弾いてみろよ」
「ああ」
男子学生に言われてレウルスがすぐにチェロを弾き出した。
落ち着いた和音進行が印象的である。
「レウルス、お前やっぱりやるなー。演奏旅行に行っていたんだろ?」
レウルスの演奏に感心したらしい男子学生がレウルスに話しかける。
「そうだ。学ぶべきものはたくさんあったよ」
レウルスが珍しく柔らかい笑みを浮かべて答えるものだから、男子学生は嬉しそうに会話を続けていた。
(レウルスの愛想が良いなんて。どうしたのかしら)
今まではどこか気難しい印象で近寄りがたい雰囲気を放っていたのに、今日のレウルスは親しみやすい笑顔を浮かべている。対応もソフトだ。
「お前、もっと気難しいやつだと思っていたけど、なかなかいいやつだったんだな」
男子学生も同じことを思っていたらしく、ストレートに言う。
「……演奏旅行に行って気付いたんだ。音楽を心地良く聴いてもらうためにも、余計な部分は削ぐべきだと」
「余計な部分って、お前が無愛想だったことを言ってる?」
「そうだ。ワザとしていたわけじゃないが、不快な気持ちを持たれないためにも愛想は良くしようと」
「気付くのが遅いぞお前!あとは痩せたらもっといい感じだな!」
「ハハ」
笑って会話をするレウルスは別人のようだった。ほかのメンバーもレウルスに親し気に話しかけている。
(演奏旅行で気付いたと話していたけど、言動が変わったのは昨日、今日ぐらいのことじゃない)
自分の知っていた、愛想は悪いが心を許した人には優しいレウルスが遠くにいってしまったような気がした。
.......授業が終わると、メンバーたちが次の授業に向けてすぐに練習室を出て行く。ルイーズも急いで練習室を出ようとしたが、手間取ってレウルスと2人きりになってしまった。
「ルイーズ、さっきのところだが、もう少し曲の構造を見て……」
レウルスが普通に話しかけてきて、アドバイスしてくる。
「.......あ、よく練習しておくわ。アドバイスありがとう」
レウルスが音楽に真面目であるのはよく分かっていた。
(レウルスにとってはキスなんかよりも音楽の方が大事なのよね.....)
ずっとモヤモヤしていたのに、気にしていたのが自分だけだったと思った途端、恥ずかしくなった。
「ルイーズも音楽にもっと真面目に取り組んだ方がいい。余計なことを見るな」
(真面目に取り組んだ方がいい........?余計なことを見るな..........?)
ルイーズは嫌味を言われたのだと思った。
「………余計なことって? あなたって勝手だわ」
そもそも、最初にキスしてきたのはレウルスだ。それに呼応するようにキスしたのは自分であったとしても、始まりは彼だ。
(人の気持ちをかき乱しておいてなんてことを言うのだろう)
「あなたは気にしなくても私は………本当に勝手ね。最低.....!」
ルイーズは恥ずかしさから腹が立った。バイオリンを手早くケースに収めると、練習室を飛び出す。
あんな会話をしておいて、一緒にカルテットを組むなんて無理だと思い、ほかの生徒と交渉してメンバーを替わってもらった。
(私はレウルスと近づき過ぎたのかもしれない。もともと彼は音楽を通してでしか私と対等に付き合おうとは思っていなかったのに)
おかしな空気にしたのはレウルスだ。彼はあの場限りのつもりでキスしたのかもしれないが、自分は大いに振り回されている。
(私は簡単に割り切れないのに………)
いずれにせよ、ルイーズはレウルスの身勝手な発言に怒りを感じずにはいられなかった。
(顔を合わせたくない)
そう思ってルイーズはレウルスと距離をとるようになった。レウルスはあれから顔を合わせると、なにかを言いたそうにしていたが、ルイーズは彼を避けた。
(.........私は舐められるわけにはいかないの)
自分は腐ってもメッツォの由緒正しき公爵令嬢なのだ、というプライドが今のルイーズを支えていた。
それと同時に、アードルフときちんと向き合うことを考え始めていたのだった。
すれ違い
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