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第9話 不毛なサガ ~思わず色んなことに対してツッこんでしまう関西人の血

 突然アホらしくなって、アタシは我に返った。


「アタシ、何であんなに必死になって宇宙人探してたんやろ」


 ちょっとどうかしていた。

 精神状態も不安定だった。


 脳裏にうっすらと残る恥ずかしい記憶──色んなこと叫んで、アパート中を走り回ったような気がする。

 隣りの部屋の女の子にも迷惑かけた。

 明日にでも謝りに行かないと。


 アタシと桃太郎は屋根から落ちた。

 悲しいことに誰も助けに来てくれず、自力で意識を回復し肩を貸し合って足を引きずりながら部屋へと帰ってきたのだ。


「おぅぅぅーーッ!」


 窓の外から奇声が響く。

 更にゴォ~という地響きが。


 考えたら昨日の夜中も変な声が聞こえていた。

 犬の遠吠えとも違う。

 人間がもの凄い声で叫んでいるような。


「眠れへん……」


 何か変なモン住んでるんちゃうか、このアパート。


「桃太郎、大丈夫か?」


 話しかけると部屋の隅でタオルケットにくるまっていた桃太郎が身動ぎした。


「ムム……腰が……」


 屋根から落ちた際の打撲が痛むのだろう。

 その件に関して、アタシは完全に知らん振りを決め込んだ。


 その時だ。


「キャーーーッ!」


 甲高い悲鳴。

 アタシはフトンから跳ね起きた。


 近い!


「キャーーーッ! キャァーーーッ!」


 悲鳴は続く。

 下の階──お姉の部屋からだ。


 アタシはハダシのまま部屋を飛び出した。


「あ、危ない! そちは残って余を守れ」


 スゴイ勝手なことを言いながら桃太郎、アタシの後を付いてくる。


「お姉、大丈夫かッ?」


 飛び込んだ1ー1号室。

 そこに広がる光景に、アタシは凍りつく。


 汚いゴミ部屋の真ん中に座り込んで、お姉がけたたましい笑い声をあげていたのだ。


 そのすぐ傍にうらしま。

 真っ青になってガクガク震えている。


「お許し下さい。おしおきして下さい。お許し下さいおしおき……」


 しっかりしぃや!

 肩をつかんで揺さぶると、再び「キャーッ!」と悲鳴をあげた。


 ……この声、この男の裏声だったのか。


「お、大家殿、何があったのじゃ」


 うらしまでは埒が明かないと判断したのだろう。

 桃太郎がヒーヒー笑い転げるお姉に話しかけた。


「ほら、ご覧なさい」


 言いながらお姉は自分の髪の毛に手をふれる。

 サラサラの長い髪をバッと前面に下ろした。


「キ、キャーーーッ!」


 うらしまの悲鳴を背後に、アタシと桃太郎は身を寄せ合った。

 長い髪が顔面を覆って、そこから目だけがギョロリと覗いている。

 昔見た映画の恐ろしい幽霊のような姿だ。


「な、何やってんの、お姉……?」


 アタシはようやくこの事態を察した。

 寝ていたうらしまを、前髪をダラリと垂らしたお姉が起こしたのだろう。

 うらしまがビビるのも頷けよう。


「あら、わたしは前髪が伸びてきたから切ろうと思っただけよ。あの人が勝手に驚いただけ」


「じゃあ……じゃあ、さっさと切ったらいいじゃないですか!」


 さすがにうらしまが抗議する。

 するとお姉、ニヤッと笑って彼を見た。


「やめとくわ。このままの方が面白いもの」


 ──ア、アンタら……。


 アタシは絶句した。

 これは一種のワールドや。

 完成されたワールドなんや。

 本人たちは楽しいみたい。


 それなら勝手にやってて。

 いちいちアタシを巻き込まんといて。


 欠伸をしながら2人に背を向けた時だ。

 廊下をパタパタ駆けてくる足音に気付いた。


「どどどどうしたんですかぁ」


 ワンテンポ遅れてメガネの女の子が飛び込んできたのだ。

 アタシの部屋の隣りの住人だ。

 たしか専門学校に通っているとか。


「いいい今しがた、すすすすごい悲鳴と、おおおおかしな笑い声がぁ」


 異様に高い音で、しかも息を吸い込みながら喋るから、ヘンな声だ。


「何でもないわよ」


 すました声に振り返ると、お姉の髪は元に戻っている。

 にこやかな笑顔に、さっきまでのケタケタ笑いは微塵も残っていない。


 これがこの人の恐ろしいところや。


「はぁ……」


 女の子がメガネを押し上げる。

 部屋にいる大勢の人間を不審そうに見回した。


「紹介するわ。この子、感電少女。この前引っ越してきたわたしの妹よ。リカ、こちらは2ー2号室にお住まいの……」


「さささ猿鳥さるとりワンです」


 オイオイ!

 ものスゴイ名前の人、来たで!?


「ワ、ワンちゃん? ワンちゃんっていうの? アタシは多部リカ。謝りに行こうと思っててん。昨日はゴメンな、突然侵入して。アタシ、ちょっとどうかしててん」


「リカちゃんは情緒不安定だったんだな」


 うらしまが、したり顔でアタシの肩を叩く。


「1人で押入れに向かってブツブツ喋ってるんだ。福の神様~とか言って。アハハハッ」


「ウフフフッ」


 お姉と2人して笑っている。

 アタシは桃太郎と顔を見合わせた。


 とりあえず、うらしまがムカツクということは置いといて。

 一寸法師の存在が他にバレていないことは幸いだ。


「べべべ別にあたし、気にしてませんから」


 言いながらワンちゃん、桃太郎を凝視している。

 身体が小刻みに揺れているのは、恐怖ゆえの震えか?


 アタシが気にする筋合いは全くないが、何だがすごく恥ずかしくなった。


 話を逸らせようと大きな声を出す。


「ア、アタシ、大阪から来てん。だから関西弁なんやけど、分かる? 気にせんといてな」


「いいいいえぇ」


 ワンちゃん、プルプル首を振る。

 いいえ、と言っているらしい。

 気が弱いのか、アタシらに怯えているのか。


「淀川の河川敷で暮らしてたのよね、リカ」


 お姉が変なフォロー(?)を入れてきた。

 ワンちゃんの震えが小さくなる。

 まぁ、アタシが住んでたのは河川敷じゃなくて淀川沿いのアパートやけどな。


「高校受験に失敗して、逃げるようにこっちへ来たのよね。リカ」


 お姉、余計な情報を暴露する。

 ワンちゃんは困ったようにオドオドとアタシを見た。


「うっそぉー! 高校浪人?」


 デリカシーを一切持ち合わせないうらしまが嬉々としてアタシに迫る。


「そっかそっか。高校、行きたいだろ。リカちゃん」


「そ、そりゃ、まぁ……」


「そうだよな。女子高生になりたいよな。僕だってなりたいよ。女子高生になってキャッキャしたいよ。友だちとキャッキャ。先輩とキャッキャ。後輩とキャッキャ。女教師とキャッ…キャキャァ! ハァハァ…部活とかやりたいよな。陸上部とかいいよな! ブルマ貸してくれ。ハァハァ」


 アタシはうらしまの頭を叩いた。

 スパーンといい音した。


「貸してくれって、アンタが履くんか? そもそも今時の女子高生はブルマなんて履かんわ!」


「じゃ……じゃあ体育の時は何を?」


「ジャージや!」


「ジャージ……ッ!」


 うらしまは夢破れた時の壮絶な顔をした。




 それから数時間後のこと。


 アタシたちは各自の部屋に戻って静かな眠りに落ちている。

 ハァハァいう気持ち悪い息で目を覚ますと、枕元にアホの義兄が座っていた。


「うわ、うらしま! ビックリしたぁ! アンタ、何してんねん。勝手に人の部屋入って来んな!」


 戸締りはした筈だから、お姉の持つ合鍵を使ったに違いない。


「何か夢見が悪い思ったら、アンタか。何しにきて……」


「しっ! 見てくれ」


 うらしまが小声で耳打ちした。

 部屋の隅で寝ている桃太郎を起こさないようにという気遣いだろう。


「ホラ、僕、乳毛が生えてるんだ」


 Tシャツをめくって、アタシに覗けと言う。

 何となく空気に呑まれて、アタシは奴の指差す所を見た。


「ハァ……」


 窓から差し込む月光の下、確かに濃い毛が一本。

 ニョロリと生えている。


 うん。

 乳毛ってやつやな。

 正直かなり気色悪い。


「な!」


「な、って言われても……」


「ナイショだよッ!」


「内緒って言われても……」


 アタシは義理やけどアンタの妹やねん。

 恥ずかしい思いと情けない気持ちに、脳味噌は大混乱や。


 何ともいえない気持ち悪いモン見せられたっていうショックも、ちょっとはある。

 何せアタシは16歳の乙女やからな。


「ギャギャーッ!」


 暫く考えてから、とりあえずアタシは叫んでおいた。

 お姉がやって来てうらしまの髪をつかんで引きずっていく後ろ姿を見送りながら、ようやく気付く。


「高校浪人の義妹を慰めようとしてくれたんかもしれんな、うらしまなりに…」


 根っからのヘンタイやからああいう行動でしか気持ちを示せないけど、それなりに気にかけてくれてるんだ……と、アタシは前向きに考えることにしてみた。



「不毛な見栄~それが女心というやつなの?」につづく

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