5-13 見破られた正体
ヴェルナー様が司祭としての名声を高めていたある日の事、私はささやかな悪戯心を起こしてしまいました。
それとなく教会を訪れ、礼拝堂の脇にあります懺悔室へ。罪を告白し、神に赦しを貰う神聖なる場所にございます。
そこに“なんとなし”に入ってしまいました。
懺悔室は“告解”を行うための小部屋でございます。
左右二つの入口があり、片方からは信徒が、もう片方からは神職がそれぞれ入っていき、信徒は自らが犯した罪を告白して、神職がそれに許しを与えるという儀式のようなもの。
この際、互いの顔を見せないのが取り決めとなっており、別の入口から入ったり、あるいは腰かける椅子や机の間には壁があり、顔が見えないようになっています。
あくまで、“神に対しての罪の告白と赦し”であり、そこに司祭の恣意的な思想や見解を入らせないためです。
告白してきたのが知己だと知れれば、受け手の神職も戸惑うでしょうからね。
そんなわけで、私はヴェルナー様の司祭としての見識や力量を測るべく、敢えて告白者となり、懺悔室に入ったというわけです。
(さて、特に理由もなく、懺悔室に入りましたが、どんな罪を告白しましょうか)
なにしろ、私は魔女にして娼婦。
やらかした案件、あるいは謀った出来事などいくらでもありますから、ある意味で話題には事欠かない有様です。
どれが一番良いかしらと考えておりますと、反対側の入口が開いて、そして、閉まる音がしました。
薄い壁の向こう側に人の気配があり、しっかりと中に入った事を確認。
魔女と司祭様を隔てるのは、薄壁のみ。
声が通るよう、小窓はありますが、相手の顔を見る事はできません。
(さながら、あの“棺の中”の再現といったところでしょうか)
なにしろ、あの密室で二人きりで過ごした中でございますからね。
まあ、ぎゅうぎゅう詰めであったあの時とは違い、今は空間的余裕があり、隔てる壁があり、快適と言えば快適。
さて、では茶番と言うか、儀式と言うか、そんな事でも始めましょうかと口を開きました。
「神の恩寵篤き司祭様、私はとんでもない罪を……」
「天使様じゃぁぁぁ!」
「ひえ!?」
まさに予想外の反応。
いきなり席から立ち上がったかと思いますと、薄壁の向こう側にいましたヴェルナー様が、その薄壁に向かって体当たりをかましました。
それなりの作りになっておりましょうが、信仰心に“狂った”司祭には通用せず、見事にぶち破ってきました。
飛び散る壁の残骸、奇声を上げる司祭、私は椅子から転げ落ち、後ろに倒れてしまいました。
「……ありゃ? ヌイヴェルか?」
「規則違反ですよ!? 告解においては、相手の顔を見ないという決まりが」
「天使様、降臨! 天使様、再臨! ヌイヴェル、お前が天使だったのかぁぁぁ!」
規定違反についての文言は、全く耳に入っていないご様子。
完全に狂ってしまっています。
(と言うか、なんでバレたの!? 声色はあの時は変えていたし、姿も見られていないはず。なのに、それでもバレてしまったの!?)
そう言えば、うっかりしておりました。
ヴェルナー様は聡明な方であり、頭脳は極めて明晰な御方。
託宣をもたらしました死告天使の声を、しっかりと頭に入れていたという事でございましょう。
(今にして思えば、あの日以来、ヴェルナー様と声を交わした事がありませんでしたね。これはうっかりですわ)
自分の迂闊さと、ヴェルナー様の実力を甘く見ていたようです。
しかし、正体が狂気の体当たりによって暴かれた以上、誤魔化さないわけにはいきません。
このままでは、今を時めく高名な司祭によって、天使として祭り上げかねませんので、断固拒否でございます。
(いや、本当にそうよね。まかり間違っても、魔女が天使になってはいけない。これ以上にない神への冒涜ですわ)
まあ、すでにその冒涜行為には手を染めましたが、人助けなので問題なしという事にしておきましょう。
そういう事にしておいてくださいね、神様。
「司祭様、ヴェルナー伯父様、落ち着いて聞いてください!」
「ぬ!? 次の託宣か!?」
もうダメですね。
完全に狂ってしまっています。
私を死告天使と認識しているようです。
それを上手く利用して、誤魔化すしかないでしょうね。
「司祭様! 私は死告天使であって、死告天使ではないのです!」
「それはどういう意味だ!?」
「私は死告天使が現世に降り立つために必要な憑代です! かの天使が地上にて職務遂行するための、一時的な仮の宿りというわけです!」
もうこれしか手はありませんでした。
天使は基本的には霊体であり、物理的な接触は不可能。
そのため、超常的な現象を引き起こして人々に気付かせたり、あるいは夢の中に出てきて“お告げ”を与えるとも言われております。
しかし、何かしらの理由で地上に降りねばならない際には、人の体へ一時的に憑依して、奇跡を起こす事もあるのです。
(まあ、実際にそんな現場に居合わせたわけではありませんので、天使の具体的な行動や思想など、知りませんけどね)
とは言え、もはや狂信の領域に到達しつつある目の前の司祭に、天使だなんだと祭り上げられるよりかはマシ。
あくまで“器”であって、“天使そのもの”ではない。
そういう事にしておかなくては、話が余計にややこしくなってしまいます。
ほんのささやかな悪戯心が、身バレとその後の混乱を引き起こすとは、とんだ災難でございましたわ。
まあ、身から出た錆ではございますが。
我ながら、なんとも研鑽の足らぬ事だと嘆いた次第です。