5-12 死者の声を聴く
あの日、ヴェルナー様は奥方のサーラ様との再会を求め、神との対話を、神職になる事を志されました。
驚くほどの速さで相続の手続きをして、息子のヴィクトール様に家督を譲り、すぐに修道院へと入られました。
まさに何かに憑りつかれたかのように、急かされるかのような出家。
この状況を作り出しました私を除きまして、皆大慌てでございました。
まあ、慌てている内に、全てを片付けて修道院に入られた、ヴェルナー様の手腕と意志の固さは流石と言うべきでございましょうね。
これで終わっていればめでたしめでたしだったのですが、厄介な続きがございます。
それこそが私が目指したものであり、そして、意図せぬ方向に動いてしまった話。
ヴェルナー様は身一つで修道院に入られましたが、そこは元伯爵家の当主でございますから、頭が回る上に大いなる信仰にも目覚められたので、奥様との再会のためにメキメキと頭角を現されました。
たちまち評判の聖職者となられ、しかもヴィクトール様からの“多額の寄進”もありましたので、港湾都市ヤーヌスにある教会を一つ任される事となりました。
自身の能力の高さと後援者のしっかりとした援助、これで異例の速さでの司祭叙任となったのでございます。
そして、これが更なる評判を呼ぶ結果になりました。
なぜならそれが、ヴェルナー様の秘めたる魔術を呼び起こすための条件だったのですから。
あのぎゅうぎゅう詰めの棺桶の中、私はじっくりとヴェルナー様の事を調べる事が出来ました。
そこで知ったのが、ヴェルナー様の魔術の才と、それを呼び起こすための条件。
ヴェルナー様の魔術、それは【死の先を行く者】。
その効果は“死者の声を聴く”というもの。
死後三日以内であれば、大抵の遺体から声を聴きとれるというものでございます。
そして、発動の条件は“墓守となり、常に死を纏わせる事”です。
教会の司祭は墓地の管理者でもありますので、広義の上では墓守。
念のために、“棺桶の中で眠る”という、死者を間近で感じる事の出来る所業もやらせまして、隠れていた才を目覚めさせる事ができました。
そこからヴェルナー様はさらに躍進。
当初は貴(奇)人の司祭の奇妙さが、さらに磨きがかかったなどと思われましたが、すぐにそれも払拭されました。
死者の声を聴けるということは、“殺人事件”などでは部類の強さを発揮してしまう能力です。
たちどころに犯人を探し当てるなど、もはや司祭の枠を超え、治安機関の切り札的な存在になられてしまいました。
死者にしか知り得ない情報と言うものもございますし、ヤーヌスでは殺人事件がめっきり減ってしまったほど、その効力は抜群。
「これは神よりの恩寵である! 司祭の力こそ、神より与えられし奇跡の象徴!」
教会の上部もこれを讃え、ヴェルナー様を大いに賞賛なさいました。
ほんの一昔前ならば、魔女や魔術師として、あるいは“悪魔憑き”として処断されておりましたでしょうが、時代は変わったのです。
司祭が魔術を行使しようが、教会は何のお咎めなし。
魔女狩り、火炙りというのがまかり通っていた時代と異なり、今は神の奇跡としてもてはやされる時代なのです。
ヴェルナー様の名声はたちまち方々で囁かれるようになったほど。
まあ、その奇跡、加護を顕在化させましたのは、天使に扮した魔女でございますけどね。
狙ってやった事とは言え、ここまで上手くいくと逆に寒気すら覚えてしまいます。
死者の魂から言葉を聞ける能力はたちまち評判になりました。
また、その魔術を抜きにしてもヴェルナー様の神職としての才覚と信仰心はずば抜けており、典礼が行われます安息日には、教会に信徒が詰めかける事もままあるようになりました。
(これにて一件落着。ヴェルナー様は秘めたる際に目覚められ、今や街中に轟くほどの名声を得ました。身内の箔付けで、その“おこぼれ”でもいただこうかと思いましたが、むしろ大き過ぎて扱いに困りそうなくらいですわね)
妻との死別で悲観に暮れていた中年貴族を助け、その危機を救ったのは私。
天使に扮して第二の人生への助言を成し、それも見事に実りました。
これでこの件は完了。
そう思った“油断”が、思わぬ“続編”を生み出す結果になってしまいました。




