5-11 ご隠居様は修道院へ
棺が開き、ヴェルナー様が外に出ますと、また棺の蓋が閉じられました。
この狭い棺の中に二人でぎゅうぎゅう詰めになっていたかと思うと、今の快適な事と言ったら言葉にできませんね。
死者が思わず生き返ってしまいそうな気分でございます。
「父上!」
「おお、ヴィクトールか」
棺越しに二人の声が耳に入って来ました。
ヴィクトール様も鍵穴から室内を覗き込んでいましたようで、棺から父親が出てくるのを見て、慌てて入ってきたご様子。
ご安心ください、ヴィクトール様。
依頼はちゃんと果たしましたゆえ。
「ヴィクトール、私は隠居する! ユーグ伯爵家はお前に任せる! そして、私は神と対話するのだ!」
「えぇ!? 急にまたどうして!? 隠居して神職にでもなるおつもりか!?」
「その通りだ! 神よりの啓示を受けた! これを果たさずして、サーラに顔向けが出来ようか! 妻があの世で待っている!」
うむ、棺の板越しに聞こえてくるヴェルナー様の声には、しっかりとした張りが戻っておりますね。
元気になられた証です。
まあ、ヴィクトール様は父を覚醒させた“神の声”の正体を知っておりますので、おそらく私の入っている棺を凝視している事でしょう。
「よ~し、早速、相続の手続きをしてこよう」
「え、ちょ、え!? 本気なのですか、父上!?」
「無論だ! 神の使者たる死告天使ザラキエール様に誓いを立てたのだ。出家せずにはいられない!」
そう言って軽快な足音と共に部屋を出て行かれました。
そして、棺に近付く足音が一つ。
パカッと空きますのその中には、天使に扮した魔女が寝転んでおります。
蓋を開けましたのは、もちろんヴィクトール様。
「あ~、生き返る~。やっと現世に戻れましたか」
「そんな事、言っている場合じゃないですよ、ヌイヴェル殿!」
まあ、父親の変わり果てた姿を見れば、そういう反応になるでしょう。
未練や執着を断ち切りすぎて、行くところまで行ってしまいました、というわけですからね。
「ヴィクトール様、父君を正道に戻しましたが、戻しすぎて着地点が大きくずれてしまったかもしれません」
「そうだぞ! 隠居して、神職になるつもりのようだ! 何をどう話したら、ああなるというのだ!?」
「神の御心をお伝えしただけですわ。死を告げる天使として、ね」
死は誰にでもやってくるものです。
ただ、遅いか早いか、それだけの違いでしかありません。
しかし、“未練”や“執着”があるからこそ、死者と生者の間には巨大な壁が生じ、現世に拭えぬ傷や騒動を引き起こしてしまうのです。
私はそれを知るからこそ、幾重にも絡まるヴェルナー様とサーラ様の絆を、“口八丁”で解してあげたのですから。
「ヴィクトール様、お考え下さい。あのまま、御父君が棺と共に暮らすよりかは遥かにまともになった。そうお考え下さい」
「そ、それはそうなのだが、いくらなんでもやり過ぎでは!? 私が考えていた着地地点とは、あまりに離れすぎておりますぞ!?」
「このくらいは許容してください。魔女のイタズラとでも思ってくださいな」
「いや、しかしだな……」
「大丈夫です。ヴェルナー様は博識で聡明なる御方。きっと立派な神職になられることでございましょう。それこそ、死告天使の御加護がありますわ」
まあ実際、ヴェルナー様にはとんでもない魔術の才能があったのですから。
あのぎゅうぎゅう詰めの棺桶の中、嫌でも“お肌の触れ合い”が発生いたしましたので、我が魔術【淫らなる女王の眼差し】が発動いたしました。
じっくりと調べられる時間もありましたので、それを開花させられるよう手を打ったというわけです。
(きっとその力が目覚めてしまえば、最高の司祭様になりますわ)
なお、そんな事を考えた私でございますが、しばらく後に後悔する事となります。
目論見通り、元気になられたヴェルナー様は家督をヴィクトール様に譲り、そのまま修道院に入られました。
元々、博識で聡明であった事に加え、そこに“篤き信仰心”まで備わったのでありますから、神職として瞬く間に頭角を現しました。
そして、“優秀な司祭様”にはなりましたが、それは表面的な話。
私にとっては“次なる厄介事”の幕開けとなったのでございます。