表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/404

5-9 神への祈りは自由意志で

「天使殿は夫婦の絆を否定なさるのか!?」



 ヴェルナー様の怒りに震える声が、棺の中に響きました。


 ただでさえ狭い棺の中で、こうも大声で叫ばれた耳が痛いでございますね。


 さっさと立ち直っていただかねば、むしろ私の方がもちません。


 ほんと、息苦しいのですよ、棺桶の中って。


 いや、まあ、ヴェルナー様の怒りは分かります。


 夫婦の深き愛が罪過を呼び起こすなど、あってはならないのですからね。



「伯爵よ、私とて夫婦の睦まじい関係を否定はせん。それは素晴らしいものだ」



「そうですよね!? 何故、それを否定なさるのか!?」



「否定はしないと言ったぞ。要は、その有様に難色を示しているのだ」



「我ら夫婦に何か問題でも!?」



デウスの前で婚儀の誓いを立てようとも、仲違えしてしまう者もいる。しかし、お前達夫婦は違う。そういう意味では、ヴェルナー殿とサーラ夫人は理想的夫婦と言えよう。二人揃って教会に出かけ、祈りを捧げる姿はデウスも見ておられる。善行と祈り、デウスもお喜びになられておられる」



 離婚だの愛妾だの、人の欲望に果てはなく、醜悪なること世間にいくらでも散見できますからね。


 なにしろ、私の“あがり”はそこから頂戴しているわけですから、よく存じ上げておりますとも。


 私の稼いだ金は薄汚れている。その自覚は大いにあります。


 神の子を売り飛ばした銀貨三十枚よりかはマシでございましょうが、それでも汚れた銭であることは知っております。


 しかし、それによって人を救っているという自覚もございます。教会を綺麗にし、飢えた貧民に食べ物を与える際に、私の懐より出資しておりますから。


 汚れた銭による“善行”を神がどう判断されるのか、それこそ、神のみぞ知る、でございましょう。



「しかし、ヴェルナー殿、お前の嘆き悲しむ姿を見て、サーラ夫人は困惑しておるのだ。ずっと棺に縋りつく様を目の当たりにし、このまま自分一人だけ天上の世界に旅立つのは心苦しい、とな」



「ならば、すぐにでも神の御許へ旅立ちます!」



 すぐにあの世へ行く、すなわち自殺すると仰いますか。


 それはいけません。絶対にダメでございます。


 自殺は自身に対する殺人であり、周囲の人々に“癒し難い傷”を与える殺傷行為となります。残された苦しみから逃れるために、残される人々への苦しみを強いる行為は、断じて許容すべきではありません。 


 何より、私が困ります。


 と言うか、ヴェルナー様に回復していただくと息子のヴィクトール様にお約束したのですから、それを破っては立つ瀬がございません。


 なんとしても、正道に立ち返っていただきますよ。



「自殺はならんぞ。それこそ、デウスに対する最大の侮辱だ」



「では、私はどうしろと!?」



デウスはすでに永遠を約束されている。汝が魂よ、デウスを待ち望め。生きることを憎むことなく、命を選ぶのだ」



 残念ではありますが、私の力ではここの辺りが限界です。ヴェルナー様を正気に戻すのには足りませぬ。


 ならば、神の力を借りましょう。


 神との対話、すなわち聖職者として教会なり修道院なりに入り、その後の人生を過ごされるのがよいことでしょう。


 幸い、跡継ぎのヴィクトール様は聡明な方なので、家を継いでも問題ないでしょう。後顧の憂いなく、修行に励まれて、残りの人生を全うしていただきましょう。 



「ヴェルナー殿、お前の罪は重い。死者への冒涜はデウスへの冒涜であり、魂の行く末に揺らぎを与えるものだ」



「ですが、妻を一人行かせるなど……! 私が代わりに地獄へ行きますので、どうかサーラには御寛恕のほどを!」



「落ち着け、伯爵。デウスは慈悲深い。悔い改める者を決して見逃すことなく、手を差し伸べられるのだ。夫婦の厚い絆は結構なことだが、周囲の迷惑を顧みぬ身勝手な振る舞いは感心せぬ。自由な意思によって罪を犯したならば、自由な意思によって悔い改め、正道に立ち戻るべし」



「それがサーラとの再会に繋がるのですか!?」



「祈りと研鑽の先に永遠があり、永遠の先にお主の愛する者との再会が待っている。ならば、永遠の歩みとて恐れるべきものではないはずだ。犯した罪を悔い改め、デウスに祈りを捧げよ」



「祈りを……。神への祈りを……!」



 呻くように震えているのが伝わってきています。


 妻への未練を断ち切り、神への祈りと修行によって立ち直る。


 これさえ成せば、棺に縋りつく日々は終わりでしょう。


 ですが、これから過酷な修行の日々が待っています。


 その先には奥方との再会が待っているのであれば、いかなる辛苦の日々であろうと、耐える事もできましょう。


 あとは、あなた次第でございます、ヴェルナー様。



「さて、ではこの暗闇とも別れを告げるとしよう。その前に、一つ申し付けておくことがある。此度の件はお主の弱さが招いたことだ。それを忘れぬためにも、寝る際は棺の中で寝るようにするのだ。かつて犯した過ちを心身に刻み、それを修行で克服してみせよ」



デウスがそれを望まれるのならば。天使殿、ご助言感謝いたします」



「長く険しい道のりとなろうが、決して神は汝を見捨てる事はない。何度も言うが、自由なる意思こそ、神の望み。ならば、自由なる意思によって、正道に立ち返り、人としてあるべき姿となれ」



「ハハッ! 我が不甲斐なさを恥じ入るばかりでございます。これではサーラに笑われても、致し方ありますまい。惚れ直すほどに強靭な心を手にし、再び見えるその日まで、私は研鑽を続けます」



「よろしい! では、努々(ゆめゆめ)その心意気を忘れてはならんぞ!」



 これにて説得は終了。


 まあ、ここからどれほどの修行を積まれるかは分かりませんが、このまま生ける屍として存在するよりかはマシ。



(と言うか、元気にはなりそうですけど、隠居からの出家って流れになりそうですね。ヴィクトール様はどう思われるやら)



 元気になるようには処置しましたが、その後の事までは約束していませんからね。


 そこは家族で話し合ってくださいな。


 ……まあ、私も親戚筋ではありますが、血は繋がっておりませんし、これ以上は突っ込めませんので、悪しからず~♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ