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5-4 死が二人を別つ

 時を遡ること、数年前になります。


 その日は私の親戚にあたりますヴィクトール様の来訪を受けてございました。


 ヴィクトール様はユーグ伯爵家の若様。


 伯爵家当主であるヴェルナー様の一人息子であり、次期当主となられる御方でございます。


 当時は齢二十歳にもならない方でございましたが、利発的で礼儀正しく、性格もいたって温和。


 次代の伯爵家も安泰だと、家臣や領民からももっぱらの評判。


 そのヴィクトール様が急ぎ相談したいことがあるとのことで、先触れもなく馬で駆って来られたのでございます。


 何事かと思いましたが、ひどく思い悩んだ風でございましたので、屋敷に招き入れ、応接間にてお話しすることとなりました。


 ユーグ伯爵家は親戚筋に当たりますので、事前に来訪を知っていれば食事でもご用意いたしましたのに、茶菓子程度では申し訳ない気分でございますね。


 大したおもてなしもできませんでしたが、ヴィクトール様は微塵もそんな事は感じていられないご様子。


 むしろ、焦りと言うか、悩ましい雰囲気を全身から出しており、悩み事を聞いて欲しいと言う態度がありありでございます。



「まずは先頃の母の葬儀にはわざわざのお運び、恐縮でございました」



 ヴィクトール様は椅子に座りながら頭を下げてまいりました。


 貴族でありながら、こうした謙虚で礼儀正しさと細やかな気配りが評判でございまして、私も縁者ということもあって何かと懇意にさせていただいております。


 しかし、前にお会いしたのは、話の通り、ヴィクトール様のお母君の葬儀でありました。



「ヴィクトール様、滅相もございませんわ。御母堂様の件は本当に残念でなりませんでした」



「突然の事故、でしたからね」



「はい、本当に残念で仕方がありません。改めてお悔やみ申し上げます」



 それは一月ほど前でございます。


 ヴィクトール様のお母君であるサーラ様が、事故でお亡くなりになられたのでございます。


 この御夫人は非常に美しく聡明な方で、夫であるヴェルナー様とはとても仲睦まじい夫婦と評判でした。


 所用で出かけられた際、運悪く土砂崩れに巻き込まれ、乗っていた馬車が飲み込まれてしまいました。


 崩れた土砂や落石で馬車が潰され、お亡くなりになられたのです。


 体の方は奇跡的にほぼ無傷でございましたが、頸部にだけひどい傷を受けてあらぬ方向に曲がってしまい、帰らぬ人となってしまいました。


 私も葬儀に参列いたしましたが、棺にすがりつくヴェルナー様の姿が今も頭の中に焼き付いてございます。仲の良い夫婦の突然の別れ、それを嘆かぬ者などおりますまい、と。


 なにしろ、この夫婦、社交界一のオシドリ夫婦とも言われ、公式の場には必ず夫婦で寄り添って現れると言うほど、深い愛情で結ばれておりました。


 それが突如として失われたのでございます。


 その嘆きは如何ほどのものか、想像できぬほどでありましょう。


 たまたま仕事の関係で別行動をしていたときの悲劇でございますから、ヴェルナー様は、「一緒にいてやればこんな事には……」と嘆く有様。


 その絶望する姿に、かける言葉などございませんでした。



「それがお恥ずかしいことながら、あれから父ヴェルナーが狂ってしまわれましてな。母の棺の前から動こうとせず、日中は神に祈るか棺のすがりついて泣いています。そして、夜が訪れると、母の眠る棺に入り込み、一緒に寝入ってしまう始末。ほとほと困っております」



「あれからずっとでございますか!?」



「はい。ろくに食事も摂らず、棺の前にぴったりです。領地の執務に関しては自分が代行しておりますが、流石に家臣への示しや、世間体を考えますと、あまり好ましい事ではありません」



「なるほど……。サーラ様の件で、そこまで思い詰めておられましたか」



 サーラ様が無くなられて一月近くたっております。


 今は冬とは言え、腐乱が心配でございますね。醜くただれる前に埋葬しなくては、死者の名誉にも関わってまいります。


 これは急いで対処せねばと、頭を全力で動かし始めました。



「お二人の仲を考えますと、悲観にくれるのも分かりますが、いつまでもそれが続くようでは周りに奇異の視線で見られましょう。手早く埋葬されるのがよろしいかと」



「ヌイヴェル殿の仰る通りです。しかし、今度は墓石にでもしがみつくのではと憂慮しております」



 いかにもありそうな事に、私は思わず苦笑いをしてしまいました。


 埋葬は当然にしても、ヴェルナー様とサーラ様の間にある絡まった縄をほどかなくては、死者の世界に引き込まれてしまうやもしれません。



(少し回りくどい方法ですが、お二人の名誉のために“一肌”脱がねばなりませんね)



 どうやら今回は親類縁者としてではなく、魔女として悲観にくれましたる伯爵様をお救いする必要がありそうです。


 まあ、この程度の厄介事など、“手慣れたもの”でございますよ。

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