5-2 上客からの予約
「ヴェル~、予約が入りましたわ」
朝一、この台詞から私のお仕事が始まります。
私が勤めております高級娼館『楽園の扉』は完全予約制を採用しておりまして、予約の有無の確認から入ります。
人気絶頂の頃はそれこそ、五十日ほど先まで予約が埋まっている事もありましたが、流石に今はそこまで予約が入ることはございません。
せいぜい、一週間、十日先の予約が埋まっていれば良いところです。
それでも、金払いのよい昔馴染みはついておりますので、稼ぎは決して悪くはありません。
妹分のジュリエッタはむしろ、今が旬とでも申しましょうか、予約がぎっしりでございまして、お店が休みの安息日を除けば、一月先まで予約でいっぱいでございます。
私の後釜と考えますれば、当店の看板娘として、申し分ありませんね。
さて、そんな今日は久々の予約なしの日かと思いましたら、取り持ち女、すなわち娼館のまとめ役でありますオクタヴィア叔母様からの予約を告げる声。
当館が完全予約制をとっておりますのは、準備をしなくてはならないからでございます。
客の好みを把握し、酒や料理を用意。場合によっては、“内装”も凝ったものにする必要もあるため、時間が必要なのでございます。
完璧なる奉仕を標榜しております当店としては、やむを得ない措置。
まあ、こうした“敷居の高さ”もまた、客に喜ばれたりします。
なにしろ、敷居を高くしておけば、“客の選別”ができて、程度の低い客と出くわす可能性が減るのですから、雰囲気がぶち壊しにされることもありません。
文字通り、“楽園の扉”をくぐれるのは、ほんの一握りだけでよい。
そう考える上流階級のみが集まるのが、当店でございます。
「それで叔母様、どなたの御予約でしょうか?」
「司祭様からです」
「うわ……」
思わず口から漏れ出ましたはしたない言葉。
司祭様、そう呼ばれる客は一人しかおりません。
私が通っております教会の司祭ヴェルナー様でございます。
「うわ、とは何ですか。お客様に対して失礼ですよ」
「理由はお分かりでしょうに」
「金払いが良いので、問題にもなりませんね。ささ、準備なさい」
そう、叔母様の言う通り、ヴェルナー様は金払いに関して言えば最良とも呼べる御方です。
なにしろ、元はユーグ伯爵家の当主様で、ある日突然家督を息子に譲り、そのまま神職に就かれてしまった変わり者。
伯爵家の御隠居様とあって、懐具合は豊かなものでございまして、金払いが一切滞った事がないのはそういうことなのです。
「それに、“身内”からの依頼ですからね。気楽に、それでいてきっちりとこなしなさいな」
「だから余計に嫌なのですよ~」
「代わってあげられたらよいのですが、生憎と、こちらはすでに老体。しかも、“義兄”ではね。世間の目もあります」
「私からしても、義理の伯父なんですが?」
「つべこべ言わず、準備なさい、ヴェル」
有無を言わせぬこの口調。お婆様がお亡くなりになった今となっては、この叔母だけが唯一、私が頭の上がらぬ女性です。
ちなみに、義兄だの、義理の伯父だのと言うのは、叔母上の夫、すなわち、我がイノテア家に婿養子として入られたヴィットーリオ叔父様の兄が、件の司祭ヴェルナー様であるからです。
義理とは言え、姪を抱きに来るのかと眉を顰める方もおされるでしょうが、色んな意味でヴェルナー様は“変人”なのでございます。
(昔は聡明な方だったですけどね~。……あ、今も聡明ですわね、普段は)
そう、神職としては極めて優秀なのです。
祭事の作法から祝詞にいたるまで、ほんの僅かな修行でそれを覚え、信者への受け答えもまた慈悲に適うもの。
そのため、皆から慕われており、その説法を聞くために港湾都市ヤーヌスの至る所から参拝者がやってくるほどです。
ただ、それは“表面的な事”なのです。
裏では、とんでもない“変態”と言うか、“変人”と言うか。
ともかく、“私と叔母上だけ”がそれを知っているのでございます。
なにしろ、その“性癖”を曝け出すのが、この娼館、さらに言えば私と過ごす時間だけなのですから。
たまに、時間と場所も弁えず、私に熱視線を送ってきますのも、どうにかして欲しいと思う事もありますが。
「では、準備いたしますね」
「来店するのは、いつも通り“日没後”ですからね」
「はいはい。では、“葬式”の準備をいたしますね」
そう、これから行う準備はお葬式。
部屋の内装を切り替え、その中を“霊廟”にしなくてはなりません。
厳かな祭壇、煌めく燭台、そして、棺。
その棺に安置されます死体は、この“私”。
そう、これからやって来ますヴェルナー様は、ある種の死体愛好家なのでございますから。