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5-1 偽装する魔女

 どうも皆さま、初めてお会いする方は初めまして。以前にお目にかかられた方は、お久しぶりです。ヌイヴェルでございます。


 今日も今日とて、お仕事でございます。


 いくつもの顔を使い分け、色々と美味しい話を頂戴するのがいつもの事でございますが、今日の仕事はその中でも“本業”とでも言うべきもの。


 すなわち、高級娼館『楽園の扉(フロエンティーナ)』において、娼婦としてのお仕事でございます。


 私は高級娼婦コルティジャーナを生業としておりまして、いわゆる上流階級の皆様方に寄生して生きている女吸血鬼でございます。


 まあ、吸い上げるのは血ではなく、銭ではございますけどね。


 死とは恐ろしいものにございます。なにしろ、誰も体験したことがないのでございますから、未知なるものへの純粋な恐怖がございます。


 人は死ぬと神の御許へと導かれ、生前の行いによって、天上世界(パラディーソ)へ導かれるのか、はたまた冥府ハデス、さらに奥の地獄ゲヘナへと落ちていきます。


 どちらに行くのか、人は分からぬものにございますれば、信仰と善行によって天国への道を舗装するのでございます。


 私は自身の罪過の深さを知っています。


 娼婦として伴侶以外の殿方とい、魔女として魔術で人々をたぶらかし、吸血鬼として生気と財貨を吸い上げてございます。


 そして、最後は男爵夫人としてニッコリと微笑む。


 控えめに言って、悪党でございますわね。


 己の罪過を知るがゆえに、私は救いを求めて教会へと足を運ぶのでございます。


 司祭様の前で懺悔し、罪の告白をして、神に祈りを捧げるのです。


 地獄ゲヘナに落ちるのは嫌でございます。ですから、今日も金貨を差し出し、贖宥状を買い求め、死後の席次を得るのでございます。


 魔女にして、吸血鬼。ああ、なんと罪深い存在なのでしょうか。神様、ああ、今日も罪深い私をお許しくださいませ。


 などと心にも籠らぬ祈りを捧げに、安息日には教会へと足を運びます。


 しかし、実際のところ、お祈りや寄進などというものはポーズ。


 ささやかな”偽装”でございます。


 良からぬ事を企んでいるとは思わせないための、外面の形成でございますね。


 きちんと毎週の安息日に教会へと足を運び、熱心に祈りを捧げ、それ相応のお布施を置いていく者が、よもや教会の密事を探っていようとは思いますまい。



(そう、あの日から、私は教会を疑うようになっている。と言うより、その背後にいるであろう“雲上人セレスティアーレ”に対して)



 あの人はもちろん、“魔女の館(わたしのうち)”にある塔の部屋。そこへやって来た人ならざる幽世の存在が、不意に来訪してきたときでございます。


 アルベルト様に謎かけ(リドル)を出し、その結果を以て結婚を迫ってきました人外の兄妹、首無騎士デュラハンガンケンと、魔女ユラハ。


 この二人とのやり取りの中で、私の祖母であります大魔女カトリーナが、かつて行っていたであろう様々な謎が浮き上がって来たのございます。


 貴族のお歴々を言うに及ばず、天上におわす“雲上人セレスティアーレ”、あるいは悪鬼が跋扈すると言われる地下の世界・冥府ハデス


 その人脈の広さは、私が想像していたよりも遥かに深い。


 そして、そのお婆様の“やらかし”、あるいは“悪行”が世界を変えてしまった。


 かつて大っぴらに行われておりました“魔女狩り(カッチアーレ)”は控えられ、魔女や魔術師と呼ばれる存在が、大手を振って歩けるようになりました。


 しかも、かつて魔女を率先して駆り立てていた教会が、むしろ魔女を公認したのですから、その変化は社会情勢に大きな衝撃を与えたのは、もう三十年以上も前の話。


 そう、“私が生まれるのを前後して”、それらが動き出したと言う事です。


 だからこそ、私は探らねばならない。調べなくてはならない。


 私の出産直後に雲の上に行ったであろう母の事。


 私自身の生まれの事。


 そして、教会の裏にいる“雲上人セレスティアーレ”の動向や考え。


 謎を解き明かすのには、まだまだ知るべき事が沢山ございます。


 しかし、下手に教会に手を出しますと、却って藪蛇になる可能性がございます。


 “雲上人セレスティアーレ”が本気になれば、たかだか男爵程度の貴族、捻り潰されて終わりでしょうからね。


 そんなわけでございますから、少なくとも表向きは“従順な子羊”を装っておかねばなりません。


 教会に足げく通うのも、その偽装。


 ……が、その際には毎度困った事が起きるのでございます。


 そう、教会におります司祭様がその原因でございます。


 さて、それでは今宵の話は、私と、その司祭様の不思議な関係についてお話しいたしましょうか。


 私が抱えております客の中でも、“一番の変人”にして“恐るべき魔術”を行使する御方、司祭ヴェルナー様についてのお話しでございます。


 どうぞ覚悟して、お聞きくださいませ。


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