4-19 残された謎
今夜は本当に忙しい日でございました。
アルベルト様が結婚して、舌の根が乾かぬの内に離婚でございますからね。
腹を抱えて笑いたいところでありますが、さすがに人前でそのような“お下品な振る舞い”はいたしません。
なにより、元・花嫁とその兄がまだ部屋の中にいますからね。
「まあ、でも、さすがにこのままオサラバっていうのは、いささか不義理に過ぎますわね」
「労苦を思えば、“いささか”ですまないとは思うぞ」
「え~、でも、アルベルトさん、謎かけの答えは、そこの“自称”魔女から聞いたんでしょ? じゃあ、実質タダじゃないですか」
「いや、後で超高額請求がやって来る」
アルベルト様は気が重そうですね。
現在歓楽街においてお祭りが実施されており、その資金はプーセ子爵家が担う事になっていますからね。
命に係わる大事でしたし、そこは“正統なる対価”として、お諦めください。
「なるほどね~。その業突く張りなところは、カトリーナを彷彿とさせる」
「まあ、お婆様譲りの強欲さは自覚がありますわね」
「でも、そこが妙なのよね~」
そう言うなり、ユラハは私の姿をジロジロ眺めてまいりました。
何かがおかしい。そう言いたげに。
「妙とは、如何なる意味でありましょうか?」
「ん~。何と言えばいいか、カトリーナの孫って、男じゃないの?」
「男孫もいます。今、この塔の入口で見張りに立っているのがそう」
「あ~、あれね。確かに、そういう雰囲気はある。カトリーナの面影が、どことなくあるわ。んで、あなたの方が“年上”なのよね?」
「はい。それが何か?」
「でも、それだとおかしいのよね~。カトリーナがさ、私との勝負で賭けの対価として用意したのがあの男で、『初孫を賭ける!』みたいな事を言っていたのよ」
ユラハのこの言葉に、私は首を傾げました。
お婆様の視点で“孫”と言えば、私かディカブリオの事を指しています。
お婆様には娘が二人います。私の母と、ディカブリオの母の事です。
しかし、“初孫”という言葉は、私にこそ当てはまります。
七つも年下のディカブリオの事ではありません。
(にも拘らず、ディカブリオを“初孫”と呼んだ理由は何か?)
ここが分からない。
言い間違えるはずはありませんし、かと言って“付加価値”を付けるために、ディカブリオを初孫と騙ったのか。
あるいは、私が“孫”ではないのか。
考えるほど、訳が分からなくなって参りました。
そこに、首無騎士ガンケンがヌッと近付き、私の姿を凝視してまいりました。
脇に抱えていた首を差し出し、私の顔の目の前まで近付けました。
はっきり言って、怖い!
「ヌイヴェル、と言ったな。お前、“母親”はどこにいる?」
「……雲の上」
「なるほど。“天の嫁取り”か」
「祖母からはそう聞いています」
「フンッ! 魔女カトリーナ、お前はとんでもない事をしでかしてくれたようだな」
そう言うと、ガンケンはおもむろに指輪を差し出し、それを私に与えてきました。
特に何の変哲の無い銀製の指輪のようでしたが、なんとも形容しがたい不気味な魔力が備わっているようです。
見た目と質感の不一致に、思わず呻いてしまいました。
「その指輪を付けて、私の名を呼べば、たちどころに飛んできてやる。“雲上人”とやり合う時には、あるいは必要になるかもしれん。妹の呪いを解いた、その礼とだけ言っておこう」
「でも、呪いをかけたのはそもそもお婆様ですが?」
「だが、別人だ。と言うか、そもそも本当に“祖母と孫”なのかも怪しい。“雲上人”が絡むと、いつもろくな事がない」
「それはあなたが“集呪”だからでは?」
「“雲上人”は“集呪”を消し去る使命を帯びているが、やり方を間違えている。ゆえに、こちらも大人しく消されてやる気はない」
何やら意味深な言葉ではありますが、今の私には理解の及ぶ事ではありません。
何より、“私と祖母が本当にそういう関係なのか”という疑問の方が、頭の中に渦巻いています。
容姿は良く似ているので、何の疑いもなく“祖母と孫”という事になっています。
しかし、その間に挟まる“母親”の不在。
カトリーナの娘、ヌイヴェルの母、そこが“空白”。
その空白の理由は「雲の上に行った」という祖母の言葉だけ。
後で知った“雲の上”の意味。
(これは思わぬ拾い物。“雲を掴む話”が、もしかすると手に届く場所にやって来たのかもしれない)
長年の謎だったものが、“幽世の力”に触れることにより、薄ぼんやりとですが見えてきました。
お婆様と同じく、“世界の理への干渉”を成せるかもしれません。
これは面白いと、受け取った指輪を“右の親指”に取り付けました。
少し大きめの指輪でしたが、指に通した途端、縮んで大きさが調整され、ピッタリな形になりました。
「右親指の指輪は“困難に打ち勝つ”事を意味する。“奴ら”への宣戦布告か?」
「それは相手の出方次第です。恐らく、謎に迫れば迫る程、より困難な道のりになることでしょう。ですが、ガンケン様、あなたが背を押してくれました」
「気まぐれだ。あと、雲の上でふんぞり返っているアホ共への意趣返しでもある」
「それでも、これ以上にない助勢でございます。事あらば、遠慮なく呼ばせていただきますわ」
「魔女が魔女として目を覚まし、あるいは世界が再び改変を始めたのかもしれんな」
そう言って、ガンケン様はユラハの肩を掴むと、そのままふわりと浮かび上がりました。
重厚な鎧を身につけながら、軽々と浮かぶ様は、やはり化物であり、幽世に属する存在なのだという事を見せ付けてきます。
「ではな。またそのうち、な」
「できれば、再会しない方がお互いのためかもしれませんわよ?」
「クククッ、それはそうなのだが、果たしてそれにお前自身が耐えられるかな?」
「好奇心、謎への挑戦、それは蜜であり、同時に毒でもある、と」
「そうだ。好奇心は足取りを軽くするが、ともすれば足元を掬われる事にもなる。努々それを忘れるなよ」
フッと風が吹くと、そこにはすでに二人の姿はありませんでした。
本当に夢か幻かと思うほどの出来事でしたが、そうではない事は右親指にはまる指輪がそれを物語っております。
これは現実! 夢でも幻でもなく、実際にあった事なのだ、と。
開け放たれた窓からは、まだ続いております祭りの歓声が入ってきましたが、どうにも私の耳に入っては横滑りしていき、言い表せぬ虚しさを感じてしまいます。
自分はいったい何者なのか?
謎かけを解いたと思ったら、別の謎がまた一つ。
世界はそうやって循環しているのか、などと柄にもなく考えてしまいました。